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12話:駆け落ちの信憑性はありますか



 5月7日。

 衝撃の一夜が明けて、アウリアは冷静になった。

 そもそも駆け落ちの信憑性について、判断材料がないことに気づいたのだ。

 社交界と縁を築いてこなかったし、サラも貴族の事情には通じていなかった。

 

 兄侯爵は今年三十路。

 優しくて見目も悪くない優良物件、持ち込まれる縁談も多いのに浮いた話がなかった。


 一方独身貴族は貴族院に睨まれる。

 パールシアは出生率が低下していて、現在国をあげて、産めよ増やせよと結婚を奨励している。貴族は手本となるべき存在。魔力人形の創生も、国の発展に比べてパールシア人の人口が伸びず、人材不足を補う目的から始まった。それを機に、王家と神殿は対立した歴史がある。

 


 アウリアとサラは早めに朝食を済ませて、会議をした。

 メイド・ピオニーが神妙な面持ちで参加している。


「わたしと兄は似ているのです。性格が。本音は、自分のやりたいことだけをやっていたいのです。両親が亡くなって、若くして領地を継ぐことがなければ、兄は一つの場所に留まる人ではありません。子どものころは、頻繁にいなくなって、領兵が探し回っていました。貴族子息は諸外国を遊学する習わしがあるのですが、兄はそれができませんでした」

 17歳で爵位を継いだので、兄は領地のために生きてきたと言っても過言ではない。

 サラは腕を組んで唸った。

「なるほど。すると、アウリアさまが学問街で自由になされていることに触発されて、自分も好きにしてやろう、今度はアウリアさまの番だ、ということでしょうか?」

「うぅ……それは、ないと思いたいのです。さすがにわたしが領地運営なんて」

「領政官もいますから、侯爵家ともなれば、ご当主が領地で直接指揮を執られるのは、逆に珍しいと思います」

「はい。そうなのですが、アルテ領は代々侯爵が領地で運営しています。領民との距離感が近いのですよ」

「近いとは言われてましても、人口は王都より多いはずですが」

「ええ、それはそうなのですが」

 

 パールシアの人口は5200万人。面積は日本より広くて、人口はその半分。

 国の領土後世は、王家直轄領5領地と貴族を領主とする51領地。

 王都は美観を保つために、人口100万に制限して拡大はしない。

 アルテ領は侯爵領だけあって、約140万の人口を抱える。

 領民と近いと言われても、他領からするとピンと来ないだろう。

 代々侯爵夫妻は毎年、全領地の半分をじっくり視察した。

 視察は時間がかかるため、年の半分は領地のどこかにいた。

 残りは王都の社交界だ。

 転移装置は本邸と王都邸を往来するもので、領地内は馬車や船で移動する。

 超多忙だ。

 他領では貴族領主がここまで熱心に視察に動かない。

 アルテ領主はなぜ動くか。

 最初の領主がそれを始めたから、やめるメリットが見つからなかったのだと思う。

 領主が動けばそれだけ活気づくし、アルテ領は領主を迎える準備をする過程で、様々な発展を遂げてきた。


(あれですよ。国王が領地を巡幸するとなると、道を舗装したり宿場や治安が改善されたりする副産物。新たな特産品が生まれるのも、多くはトップが動いたときなのです)


「お兄さま……疲れたのでしょうか。だから結婚してくださいって、手紙にも書いていたのに」

「はい。それは不思議に思いました。高位貴族の結婚は早いですから」

「わたしを送り出すまではと言って、結局は結婚が面倒だったのです」

「そんな方が、急に、恋に落ちて行方をくらましたと」

「変、ですよね?」

「さあ……恋は盲目とも聞きます」

「ん……」


 あらためてメッセージカードを見ると、兄から真剣さも深刻さも伝わってこない。

 妹の名につける♡がいつも通りで、気楽すぎる。


 兄は下げ眉が顔に張り付いた穏やかで優しい人で、繁殖しない兎のような草食男子。可愛がるのは鶯のような小鳥で、花はタンポポが好きという人。


 ふぅん……

 アウリアは指先でカードをくるんと翻した。

「ドレイヴェン公爵令嬢について、調べる必要があるのです」



 ✦~✦~✦~✦~✦


 デュオクロス特別自治区は王都南端の山の中にある。

 王都中心街までは馬車で二時間かかる。

 デュオクロスをでれば、専用馬車道を走るので快適に進むが、それでも二時間だ。

 そこで王都だけに設置されている、転移ポイントを利用して短縮することにした。

 転移ゲートは大型装置だが、転移ポイントは馬車一台程度の移送となる。


  アウリアは急ぐため、サラに恥ずかしげもなく言った。

「サラ、転移使用料捻出のため、モグラさんに報酬の前借りしてください」


 サラが珍しく驚いたようになった。

「昨日、4月分の報酬をお渡ししましたが、足りませんでしたか?」

「……はい」

 アウリアは消え入りそうな声になった。

「わたしは貯金がないので、転移使用料までは捻出できません。昨日いただいた報酬は、リングを作る資金として確保しておきたいのです」

(来月まで待たせたら、ピオニーが火を噴くのですよ)


 サラがハッとした。

「それはお小遣いです」

(ん?)

 アウリアは顔を起こした。

「モグラ氏からは、白金貨100枚(日本円換算で1億)ほど渡しておけと言われたのですが」

「はひ?」

「現物でお渡しするのは危険ですし、デュオクロスでは使えません。側近の方にお伝えしましたら、生活用のお小遣いが届けられました。そのため報酬はパールシア銀行保管庫に預けています。貴族街なら手形で使えますし、デュオクロスは手数料が高くつきますが、一部手形が使えるお店もあります。書面に記載してある通りです」

 アウリアは唖然として、口が開いたままになった。

 書面は後で読もうと思って、そのままだった。

 浮かれていたのだ。

「白金貨100枚?」

「はい」

「一ヶ月の報酬?」

「はい」

「ああああ、モグラさんのこと、有能な領主くらいに思っていました。勘違いでした!」

 アウリアは狼狽えたが、サラは目をそらして意見を控えた。

「返却してください」

「それはモグラ氏に失礼にあたりますし、今は報酬の話をしている場合ではないかと」

「・・・」


 兄の駆け落ち事件が頭から飛ぶほど驚いた後は、ピオニーの伸びてきた金髪を梳いて、瞳の色に合わせて緑のリボンで結んだ。

「ドコイク?」

「わたしの友人に会いに行くのですよ。変身はダメですからね」

「ワカタ」

 

 アウリアもワンピースのような平民服は脱いでドレスに着替えた。

 ふだんは意識的にまとめる金髪は背に流して、メイクとジュエリーでよそゆきになる。身支度の大仰なことに疲れる。


 正午過ぎに、モグラ邸の小回りのきく馬車で転移ポイントへ向かった。

 サラはモグラさんから、侍女手当に加えて転移フリーパスを支給されていた。

 それは上限なく自由に転移施設を利用できるという夢のパスポート。発行数が限られるので、貴族でも当主クラスしか持てない。


(なんてすばらしい福利厚生!)


 馬車が転移ポイントの門をくぐると、サラは係にパスを見せた。

 転移装置の作動は、訓練を受けた人間にしかできない。

 転移術式を刻んだ魔石メダル――通称転移メダルを埋め込むことで、転移陣が浮き上がって、指定ポイントへ転移する仕組みだ。


 貴族街の転移ポイントから、友人邸までは約20分。

 馬車道を走るため、高速で駆けていく。

 馬車道の路面は土で、馬糞は清掃専門の魔力人形が回収する。

 街はどこからも見えるように高くそびえる時計台を中心に、四つのストリートが延びていて、街路樹は手入れされ、洗練された街並みが続く。噴水公園やオペラハウス、美術館、ドーム型の神殿や宮殿のような貴族学校。

 

 アウリアにとっては珍しい所ではないが、キョロキョロするピオニーのために、窓に向かって座らせて、景色の説明をした。


「アウリアさま、そろそろですが、眼鏡はそのままなのですか?」

 眼鏡を外さないアウリアに、サラがさらっと言った。

「え?」

「学問街では、貴族的な雰囲気を出さないように、変装なさっているのではありませんか」

「変装って、わかるのですか?」

「はい、誰でもわかると思います」

 パールシアの眼鏡はすべてオーダーメイドだ。

 わざわざ変な眼鏡を作るはずがない、というのがサラの考えだった。

 アウリアはハッとした。

「モグラさんも変装眼鏡ですか?」

「もちろんです」

「うわ、即答で、大丈夫ですか?」

「はい、それは察しておられたのでは?」

(……そうですよねえ。自分が変装しているのに、相手もそうだと気づかなかったなんて。でも――)


 アウリアの眼鏡はただのオーダーメイドではない。

 これは決して知られてはならない瞳の秘密を守るための魔道具であり、それがすなわち身を守ることにつながるとして、両親が用意したものだ。

(このことはもう、お兄さまと乳母しか知らない事実なのです。最近はピオニーもですけど)


「幼なじみの伯爵令嬢に会われるのに、それでよいのですね?」

「はい。彼女も眼鏡あってのわたしが、デフォルトなのです」

「で、でふぉると?」

 サラは首を傾げる。

「ふふ、標準装備ってことです」

 と言って、アウリアは笑った。



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