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11話:兄の駆け落ちで妹は詰みました

✦白金貨1 = 金貨2 = 銀貨100


 アウリアはカタログを前に意気消沈していた。

 両肘をついて、苦渋の表情になる。


(これは……問題なのです)


 王都邸の使用人から取り寄せたカタログの価格帯が、予算(銀貨200枚)を大幅に上回っている。

 貴族街はオーダーメイドが基本。

 小物なら金貨1枚で買えるものもある。

 ハンカチ、リボン、幼児向けポーチや手袋。下着類だ。

 仕立屋の生地は絹、その他天然素材、動物の皮、魔獣の皮など、種類は様々あれど廉価な素材は皆無。

 細工は繊細かつ美しく、人間のお針子にはできない細かい部分は、縫製に特化した魔力人形が施す。


 最近の貴族街の流行は刺繍。

 刺繍糸は絹が基本で、最近は隣国で出没する魔獣系の蜘蛛の糸が大人気。

 蚕絹より丈夫で艶があり、織り込み方で七色の発光を放つ。


(忘れていたのです、貴族街の物価の高さを。舐めていたのです)


 目の前にはメイド・ピオニーが、自分の服を新調すると聞いて、カタログを覗き込んでくる。わくわくが止まらない。

 ピオニーの美意識は高く、指で差したメイド服は金貨4枚。

 これは基本のエプロンドレス。

 ピオニーはわかっているかのように、オプションのレース、ルビーのボタン。リボンの変更、刺繍のステッチ、名入れを指差していく。

 貴族街のメイドは侍女の次にステータスが高い職業で、外出することも多いことから、どの貴族家も力を入れる。

(うぅ……見栄の張り合いのせいで。安くてカワイイがいっぱいのほうがいいのですよ)


「ピオニー、学問街にもかわいい服は売ってるのですよ。見に行きましょうか」

 ピオニーはカタログをじっと見つめる。

(だめっぽい)

「そうだ! 今のお洋服をリフォームしましょうか」

「リフォム?」

「そう。これから暑くなるのです。今のメイド服についている宝飾品とレースを使って、夏生地のメイド服をアレンジするのです」

 アウリアはだらだら汗が流れる思いだった。

 ピオニーのつぶらな瞳がアウリアから離れない。

 メイド・ピオニーは表情の変化が乏しくて、感情が読み取れない。にもかかわらず、納得していないのがわかる。


「じゃあ、こうしましょう。今回は、竜になったときのお飾りを作るのです。リングでもいいですね。ルビーを埋め込めますよ?」


 リングなら小さく作れて、ルビーも一つ埋め込めばいい。

(だいぶ小さくなるのですが)

 ピオニーは少し考えた後、ポンと竜に変身した。

「同意ですね」

「キュゥゥゥゥゥキュッキュル」

 長く素敵な尻尾をゆらゆらさせて、その先を追いかけるようにクルクル回る。


「甘やかして大丈夫ですか? 給仕もサボっているのですよ」

 サラがコーヒーとスイーツを載せたワゴンを運んできた。

「この子のおかげで、わたしは毎日癒やされているのです。着せ替え人形みたいで楽しくなってきたのですよ」

「着せ替え? 人形ですか」

「はい。サラはそういう遊びはしなかったのですか?」

 サラは難しそうな顔になる。

「そうですね、我が家は5歳から剣の稽古が始まりますので、人形で遊んだことはありません」

 サラの家は騎士爵だった。

 毎朝庭で筋トレし、アウリアが仕事中は剣の稽古を、寝る前には走っている。

 彼女は自分の設定を忘れているようだった。

(図書館の元裏方職員だと言ってましたのにね~)

 隙あらば、「身体が鈍るので庭にいます」と言って鍛錬する人が、図書館にいたとは思えないのだった。



 ピオニーを招き寄せて、アウリアは彼女の尻尾の厚みを紐で測った。

 尻尾より足のほうが落ちない気がする。

 アウリアがデザインを考えようと紙を出していると、サラが封書を差し出した。

「久しぶりに郵便が届いていました」

「お兄さまですね」

「はい。以前お伺いした差出人の名前がありました」


 郵便は盗み見られる可能性があるため、兄もアウリアも偽名で郵便を使う。

 大半は王都邸経由で使用人が届けに来るが、これは兄妹の遊び心を取り入れたやりとり。


 メッセージカードが出てきた。

 いつものように異国の文字――日本語で書かれていた。

 アウリアが使っていた文字を、兄が暗号に使えるねと言って、ひらがなを覚えた。

 兄の文字はどちからというと丸文字に近い。それを脳内で漢字変換すると、こうなった。


 『僕の愛する大切な妹アウリアへ♡

  ドレイヴェン公爵家のレティシア嬢と国を出る。

  侯爵家を頼んだよ。

     ルミナス・アルテ』



「え……」

 アウリアは固まった。

 もう一度食い入るようにメッセージを読む。

「どうかしましたか?」

「お、お兄さまが……駆け落ちしたのです」

 

 沈黙が横たわる。


「見せていただいても?」

 アウリアは頷いてサラにカードを渡しながら言った。

「わたしと兄しか読めない文字を使っています」

 カードを見て、サラも頷く。

「確かに、私にはまったくわかりません。かわいらしい文字ですね」

「ふふ、それは丸文字なのですよ」

「丸? 文字ですか」

 サラは言いながら、ポイントはそこではないと思い直した顔になる。

「それでお相手は?」 

「ドレイヴェン公女です」

 サラの眉がひそまった。

「ドレイヴェン公女は、王太子殿下のお妃候補です。ほんとうですか?」

「はい。国を出ると書いてあります」

「なるほど、国を出るとは、駆け落ちのことですね」

 国を出るとは言葉どおりだが、パールシアでは駆け落ちのときにも使うことがある。

 周囲の反対を押し切って結婚する場合、国を出て、新天地で一緒になるとうまくいくというジンクスがあったとかなかったとか。

 

 アウリアは身震いした。


 ユリアス王太子は、この世界に存在する国々すべてが恐れ慄く強大な魔力の持ち主で、竜の加護までいただく唯一無二の人だと聞く。

 その王太子の妃候補がレティシア嬢。

 未だ候補扱いなのは、公爵家との条件のすりあわせが終わっていない云々かんぬん――

 と、王都の信用できる新聞にもあった。

 つまり事実上の婚約者。 


 こういうとき何というか、アウリアは知っていた。

 

(詰んだのです……)


✦✦~✦✦~✦✦


 ▌エメラルディア大陸と北大陸を結ぶ竜の谷

 

「駆け落ちだと?」


 広大な荒野には、いくつもの黒い渦ができて煙埃が舞っていた。

 暁山脈の麓、現在は岩石砂漠と化した〈竜の谷〉に、パールシア王国遠征軍とカッサリア帝国属国軍とが小競り合いをしている。

 

 竜の谷ははるか神代のころより、国・人間の領土にしないことが暗黙の掟となっていた。

 ところが古代の地層から、竜の鱗と思われるものが発見された。

 竜の鱗は、パールシアで採掘できる魔石を凌ぐ力と利用価値があると考えられ、カッサリアが簒奪に動いたのだった。


 塔の上には、パールシア王国王太子ユリアスの姿があった。

 パールシア王家の始祖は竜と言われ、直系のユリアスは竜の血が濃く、数百年ぶりに竜の加護が復活したと考えられていた。

 そのため竜の谷の守り人として軍を率いたのだった。


 白い軍服に身を包み、白いフードの下から、エメラルドの隻眼を下界へ据えている。反対の眼には特殊な金の眼帯が覆っている。

 生まれながら強大な魔力も、竜の加護も、生身では耐えきれぬために溢れてしまう。

 力を抑え込むための術式が様々に刻印された眼帯だった。


 異空間(ユライ)から現れた上級魔道士ケアンへ、ユリアスは訝しげに返す。

 

「駆け落ちだと?」


 まさに今、ユリアスは戦闘指揮を執らんとしていたのだった。

 そこへ『大至急お耳に入れたきことあり』と耳打ちしたことに、妃候補が駆け落ちしたというのだ。


 ユリアスは吐息をつく。

 ユリアスの妃問題は実に厄介な問題を孕んでいたためだ。


「ここを片付けたら戻る」


 ユリアスは、砦の前の荒野で展開するいくつかの渦の一つに目を留めた。


 北大陸は、平和なエメラルディア大陸と異なり、領土を巡る争いが耐えなかった。

 カッサリアは属国属州を増やして帝国となっただけに、軍事大国。

 対してパールシア遠征軍は疲弊している。

 というのも遠征軍は少数精鋭で、要のユリアスが戦場を離れて、竜の谷を調べていたためだ。

 

 帝国の目的が竜の鱗ならば、戦は大地を荒らすためもっとも回避すべき策だった。

 おまけに膨大な時間と金と有用な兵力・人材を失う。

 すると真意は別にある。

 それがユリアスを含む軍事宮、魔塔の仮説だったが、まだ意図は掴めない。

 

(谷を傷つけなくはないが、帝国軍を一瞬で消し去ってくれよう)

 ユリアスは金の眼帯をむしりとると、ニヤリ、不敵な笑みを浮かべた。

 あらわになった右眼が光ると、エメラルドの瞳が鮮烈な血の色に変化した。


 そのとき――


「殿下、消滅だけはしないでください」

 青年に見える魔道士が、転げるようにしてユリアスの元へ駆けつけた。

 魔道士は実体を持たないが、中には器を好む者もいる。

 この魔道士はその類いだった。

「手短に、理由は?」

「鱗を守るためです!」

 当たり前ですよ、と青年魔道士は叫ぶ。

「鱗は惜しいが、カッサリアに絶大な力を見せつけて、二度とこの地に踏み入らないよう、追い返すのが先だ」

「しかし、ひょっとしてなんですが、奇跡を求めるに等しいかもですが」

 彼が言いよどむ。

 ユリアスは手で払った。

「わかった。詳しい話は後で聞く。この場はやり方を変えよう」


 ザッ──

 マントを剥がしとると、純白の礼装軍服になった。鎧も防具も着けない、金糸の刺繍が施された華やかなシャツと濃紫のスカーフとサッシュ、細身のズボンに白いブーツ。美麗な王太子を引き立てるだけの装いだった。

 世界に比類なき麗人と讃えられてきたユリアスの相貌に、硬く美しい光を放つ白金髪が額にこぼれ落ち、ルビーの双眸がきらめく。眼帯を戻したかったが、木っ端微塵になっていた。

 一瞬でも気を抜けば、魔力が解放されるためだ。


「強すぎる力は扱いにくいものだな。

 では、出陣だ」


 ──砦の外壁から一気に虚空へ身を躍らせた。

 中空で背中の剣を引き抜きながら、敵味方入り交じる戦渦へ飛び込むと、敵の兵士の馬に飛び乗って兵士の胴体を真っ二つに斬り落とした。


「うわあああ」

「化け物だ」


(失礼な奴らだ)

 消滅が禁じられた以上、残る手段は嬲り殺しだ。

 圧倒的な力を見せつけて戦意を喪失させる。早く戦を終わらせるためには、苛烈なまでな惨たらしさが効果的だ、というのがユリアスの考えだった。

 

 しかもユリアスの剣による参戦は、疲弊する兵士たちの鼓舞に繋がる。魔力であっさり片がつくなら当然楽だが、兵士というのは戦場で荒れ狂いたい者が多い。歓声が沸き起これば近隣の戦場にも伝わる。


 ユリアスが通り過ぎた後には血飛沫が上がり、肉体の欠片が空を舞った。その度に返り血を浴びて、敵の馬からは残骸が落ちていく。蹄の間に転がる肉塊も人だった何かだった。怒号と叫び声がこだまし、荒野は阿鼻叫喚で埋め尽くされる。


 どのような呪いがあれば、これほどまでに凄惨な血の地獄と化すのか。

 ユリアスは淡々と、名を上げようと向かってくる敵と斬り結び、右へ左へと骸を築いていった。


 自軍が雄叫びを上げるなか、ユリアスは颯爽と白マントを翻した。

 ケアンがユライから鬱そうと顔を突き出す。

「終わりましたでしょうか」

 ユリアスは刃こぼれ一つしない〈竜剣〉をユライに放り込む。

「そういえば、駆け落ちの相手は誰だ?」

「アルテ侯爵です」

 ユリアスは軽く目を瞠った。予期せぬ相手だと思い、ニヤリとする。

「公女を見直したな」


 その日、駆け落ち事件に関係者一同が青ざめる中、機嫌良く過ごしたのはユリアスだけだった、と王太子付書記官が記録に残したということだ。





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