10話:初めての報酬をいただけました
✦パールシア王国の通貨単位 pl
白金貨1枚 = 1,000,000pl(100万円相当)→ 王族・貴族の取引専用
金貨1枚 = 500,000pl(50万円相当)
銀貨1枚 = 10,000pl(1万円相当)
小銀貨1枚 = 1,000pl (1000円相当)
銅貨1枚 = 100pl(100円相当)
小貨1枚 = 10pl(10円相当)
棒貨1本 = 1pl(1円相当)
「オキロ」
寝ているアウリアの頬をペチペチ叩く小さな手があった。
アウリアはベッドで寝返りを打ちながら、内心にんまりしている。
メイド・ピオニーが起こしに来ると、アウリアはわざと起きないで待つ。
あの手この手で起こそうとするのがかわいくて、構いたくて仕方がない。
妹はいなかったし、兄とも離れて長い。
束の間かもしれないこの幸せを、今はジーンと噛みしめ中。
「オキロ~リィ~」
ピオニーは近ごろ、アウリアをリィと呼ぶようになった。
サラのことはすぐ呼び始めたのに、アウリアの名は呼びにくいようで、サラが「アルジ」「オジョウサマ」「ヒメサマ」など教え込んでいたが、しっくりこないようで口にしなかった。
(リィ、ふふ。お兄さまはリアでしたから、リィはピオニーだけの呼び方にするのですよ)
――――と、布団がザッと身体から離れた。
使用人がシーツの四隅をもって広げたときのように、一瞬で空に浮き上がったのだ。
「きゃっ」
思わず驚いて飛び起きる。
「オキタカ」
ピオニーがメイドのまま浮いて、布団を魔力で操作している。
「起きたのです」
「ヨロシ」
よろしいとのことだ。
メイド・ピオニーのしつけはサラの役目で、上手にできるとサラがそういうのだ。「よろしい」と。
褒めているつもりらしい。
ちなみに竜に変身したときは、アウリアが担当する。
アウリアの朝は眼鏡をかけることから始まる。
無意識に所定位置に手を伸ばすが、
「あれ……眼鏡……」
寝室に入ってくるのはピオニーだけ。
「ピオニー、眼鏡知らない?」
「アル」
ピオニーがトレーを指差した。アウリアの手の届かない花瓶棚にあった。
ベッドからでようとすると、ピオニーが阻む仕草をする。
「ピオニーちゃん?」
「オメメ」
ピオニーがアウリアの膝に乗って、アウリアの目を覗き込む。
「見るの?」
「オメメ、キラキラ、シュキ」
アウリアは苦笑して、素直に目を覗かれるままにした。
アウリアは野暮ったい丸型レンズの銀縁眼鏡をかけている。
物心ついたときからかけているそれは、割れない折れない曲がらない記憶形状素材。さらに成長に合わせてサイズも変わる優れもの。その正体は、目の色を変換する魔道眼鏡だ。
眼鏡をかけると、目の虹彩は明るい青に見える。
母の目の色に合わせたからだ。
ところが眼鏡を外すと、目も髪の色と同じ金色だった。
生まれて間もなく、目を開いた娘を見た母は震え上がったという。
父は母の不貞を疑わなかった。
金色の目をした人間がごろごろいるならともかく、知る限り存在しなかったからだ。
両親が危惧したのは、金の目は神獣竜の目として描かれることだった。
金・琥珀・黄色は動物界では多数派だが、人間界では神話レベルで珍しくなる。
アウリアの生後お披露目は病と称して中止にして、両親は魔塔を頼った。
魔塔はパールシア王家と契約した機関で、パールシア王国では勝手な接触を禁じていた。
とはいえ、陰で取引する貴族はいた。
両親が何を差し出したかはアウリアも知らないが、物心つく前には、目の色を変える眼鏡が用意されて、人前に表に出られるようになったのだ。
目の色を変える魔道具は点眼薬式もある。
ある日母が、
「許せないわ。私の娘が、こんなダサダサ眼鏡をかけなくてはならないなんて」
と、気合いを入れて嘆いた。
母を溺愛する父は急いで魔塔へ行き、点眼薬を手に入れた。
ただし魔力を取り込むため頭痛吐き気などの副作用を伴った。
何度か試したが、見た目で笑われようと眼鏡のほうがマシだと思った。
身支度を済ませてテーブルにつく頃には、朝食ではなくブランチになった。
学問街では珍しい新鮮な魚を使ったサラダとふわふわもちもち丸パン、絞りたてオレンジジュースに、レモンソースがかかったソーセージが並ぶ。
ソーセージからはレモンとハーブとスパイスの香りがした。
「ソーセージは珍しいですね」
学生の手軽な食べ物だが、アウリアは滅多に口にしなかった。
「モグラ氏の側近からのいただきものです。今後、ヴァハル産の肉や果実が王都で取り扱われるそうです」
「ふぅん、ヴァハルか。砂漠の国ね」
ヴァハルはエメラルディア大陸北東に位置し、古代竜の谷にもっとも近い国だ。
エメラルディア通商条約には加盟しているが、稀少な動植物が多いために異国人の出入りに厳しい。カッサリア帝国軍の脅威が迫ったのを受けて、パールシアに保護同盟を求めたのだろう。
「キュウゥゥゥ」
突然ピオニーが変身して、竜になってアウリアの肩に止まった。
「え? 何、この反応は」
ピオニーのつぶらな瞳が、ソーセージを見ている。
翼と尾っぽをパタパタさせるので、耳元が騒がしい。
「まさか、食べたいの?」
「キュゥゥゥキュッキュゥ」
喜びの鳴き。
ピオニーは変身すると言葉を失うが、性格が変わったように感情豊か。
鳴き声の音程ヴァリエーションで、意思疎通が図れるほど。
「食べる?」
サラが複雑そうに言う。
「魔力人形は食事をしません」
「ピオニー」
アウリアがピオニーを呼ぶと、「きゅっ」とアウリアの顔の前に出る。
試しに、ソーセージの皿を右へ移動してみた。
ピオニーの目がソーセージを追いかける。
パンを目の前に差し出してみた。
それには興味を示さない。
「肉食なのですよ。この子」
「そのよう、ですね」
サラの困惑は尽きなかった。
「ピオニーのこと、モグラさんから何か聞いた?」
「側近の方には状況を伝えました。モグラ氏に直接お見せすると言っていただけたのですが」
すぐ帰ったので、モグラさんはピオニーを見ていない。
「またすぐ来てくれるといいのですが」
アウリアは数日前の夜を思い出して、顔が熱くなった。
(別に……特別な感情はないのですよ! モグラさんは雇い主)
脳裏に浮かぶ彼の変な眼鏡顔を手で打ち消した。
「アウリアさま?」
「失礼しました」
「キュウキュゥキュッキュゥ」
ピオニーはソーセージを待てない様子だった。
キュウキュウ鳴きながら、アウリアの肩から顔を突き出して訴える。
サラは懐疑的だったが、アウリアは「どうぞ」とピオニーに言った。
メイド・ピオニーのほうが食べやすそうなのに、ピオニーは竜の姿のまま器用にソーセージを掴んで、ポリポリ食べ始めた。
小さく頬を膨らませた顔がリスみたい。
「ふふふ。夢中になってる」
ピオニーはエメラルディアで知られた竜の金の目は持たない。エメラルドの瞳で鱗が金。
その鱗も腹部は白金に近く、全身が金ではない。
(だから上品な感じがするのですね。全身金だと、ふふふ。名古屋のシャチホコ~)
すっかりお腹がいっぱいになったピオニーは、竜の姿のまま寝てしまった。
その生態はもはや動物だが、鱗が汚れたことはない。
一方、口元はしっかり食べかすだらけだ。
アウリアはよいしょっと膝に抱えると、布で口元を拭い、人間の歯ブラシで歯を磨いたのだった。
午後、仕事部屋で集中していると、サラが4月分の報酬を届けに来た。
報酬に関しては、支給日や契約がまだだった。
住まいと食事が満たされているだけで充分だったが、お金があれば自由に買い物ができる。
(ピオニーの新しいメイド服と竜につけるリボンがほしかったのですよ)
ピオニーはキラキラ光る物や宝石が特に好きで、アウリアの正十字ブローチをメイド服につける。
彼女のメイド服にも最初から宝飾品が光っていたから、この魔力人形の性質だろう。
竜になるとどこに身につけようか悩む仕草もあり、リボンに宝石をつけてあげようと思っていた。
報酬は真珠の装飾が美しい箱で運ばれてきた。
(まあ、現金で用意してくださったのですよ)
「中に明細があります。ご不明な点はモグラ氏の側近に確認します」
「ありがとうございます」
(働いた対価なのですよ。これで、わたしも立派な社会人になりましたよ。お兄さま)
サラがあっさり部屋を出て行った後、アウリアはさっそく箱を開けた。
内側は緋色のビロード張りの二段式で、上に書面が、下に刺繍を施した布の包みが二つ収まっていた。
包みは一つ銀貨100枚の帯びつき。
二つで銀貨200枚。
(気を遣ってくれたのですね)
デュオクロスは王都中心部に比べて土地や物価が安い。
ちなみに、研究室を抱える博士に支給される研究費は銀貨500枚。
博士や研究室は、デュオクロス博士ギルドに登録すれば、様々なグッズや本を販売できる。
私塾を開いて研究費捻出するところもあれば、貴族のパトロンを見つける強者もいる。
それでも博士の手取りは銀100枚前後が相場。
一方、アウリアが就活していたときの報酬は、銀40枚から60枚の幅だった。
暁ノ塔首席卒業者なら銀300枚が妥当と教えられたが、門前払いだったので自分を安売りした。
(月報酬銀貨200枚は、たぶん、家賃と食費を差し引いたのですよ。雇用主としてのモグラさんの感覚はすばらしいのです)
「ふふふ、初めての対価」
アウリアは嬉しくて、涙が出そうになった。
これまでも論文が認められると、デュオクロス学会から報酬がもらえたが、微々たるものだった。
本も買えなかったので、図書館に通った。貸し出されている本を待ち続けたこともあった。
(わたしだけ、数ヶ月待ちが当たり前だったのです。嫌がらせだと気づくまで、何年もかかりましたね)
思い出して、遠い目になる。
今はサラがモグラさんの代理で本を借りに行くので、すばらしい勢いで貴重な本が届く。
(ありがとうございます。モグラさん。ずっと雇っていてほしいのです!)




