1話:流浪の貴族令嬢と呼ばれています①
初めまして。連載を始めました。
タイトルは仮ですが、なんとなく、前篇が駆け落ち事件で、後篇が竜の話です。
よろしくお付き合いくださいますようお願いします。
更新は、昼ごろを予定しています。
『問いをいだく者、この門を叩け。
されば汝に道が示されん』
山の中に広がる学問街の中央広場に建つクリスタルの柱には、大賢者デュオクロスの言葉が刻まれている。
アウリア・アルテは陽射しに反射してきらめく文字を見つめ、溜息を吐いた。
(いま迷子なのです)
ベンチに座って、昼時も終えた時間にランチタイム。数日前に買ったパンにチーズを一枚挟んだだけのサンドイッチをパクリ、一口。
おいしくはないが、ありがたく味わう。
(具があるだけうれしいのです)
朝は水だけだった。
(今日も門前払いでした……)
―――侯爵家!?
―――申し訳ございません、貴族さまは……
―――侯爵家のお嬢さまが仕事!?
世界最高学府暁ノ塔を首席で卒業した学生に対する、まさかの身分差別。
暁ノ塔に入れるのはズバリ、世界の神童天才の部類。
8年かけて、老師8人に学ぶ。
その頭脳はたとえば、医学生が5年かけて免許を取るところ半年で取得。できなければ落第という、とんでもスパルタ。毎年落第者が出る。
生き残った上に頂点に輝いたというのに、アウリアは今途方に暮れていた。
―――貴族は社交界へ帰れ
すれ違いざまに罵る博士もいた。
学問街の学位は学士・修士・博士。
博士は多く、研究室の数も飽和状態。
アウリアは博士連合からは締め出されている。研究室の掲げるテーマに関する考えを述べたり、仮説の間違いを指摘したりしたことがあり、反感を買うとも思わずに、純粋に役に立ちたいとの思いからだった。
(一日でも早く間違いを修正すべきですのに)
夢と希望に溢れて研究室を立ち上げた博士たちは数年で燃え尽き、あるいは精神を病み、今は残る人生の消化試合。研究しているふりをして出資者を募るところが大半だったのだ。腐敗しているところもある。
指導者の道も用意はされている。
学問街は、講師→助教授→教授→老師→大老師と進み、暁ノ塔を首席で出たアウリアは博士の学位と、老師の指導位を手にしている。
ならばと、暁ノ塔で指導するという話もあったが、アウリアは指導者になりたいわけではなかった。
(先生というのは、生徒の人生に大きな影響を与える存在。向いてないのです)
本音は、
(面倒です)
そこで医師、翻訳、会計士などの実用的な仕事を求めて就活を始めたが、それらは平民憧れの人気職。貴重な椅子を貴族令嬢が奪うとなれば、怨嗟の渦が巻き起こると言われている。
「貴族だからって、逆差別なのですよぉぉぉ」
アウリアは叫ぶと、ハンカチで口元を覆った。
はしたないことはわかっているが、
(ふぅ、すっきりしました)
――と、そのとき。
「やかましいな」
背中合わせになるベンチから、むくっと起き上がる気配がした。
「ひゃっ」
人がいるとは思わなったアウリアは飛び上がりそうになる。
眼鏡の縁に触れて曲がっていないことを確認し、振り向いた。
裏のベンチで男が横になっていた。
もつれた黒髪、春だというのにモグラ色の外套を着て、胸元からくたびれた襟が覗く。
無精髭、欠伸をしながら塞ぐ手にインクがついている。
顔にあるモグラ色の太縁ダサ丸眼鏡が、何かの意思表示か、単にセンスがないだけなのか、見る者を惑わせる。
(まあ……)
こういう人種を知っている。
(どちらかの、それも真面目な研究室の方なのですよ)
論文や研究に追われる博士、研究室にいる助手。
あるいは助教授。指導者で一番多忙なのが若手の助教授。研究室を持てなかった博士が指導者に流れたケース。年齢不詳ながら、学生には見えない。
「水くれ、水」
促すように手を出されて、アウリアは慌てて鞄から水を出した。
見知らぬ男相手に、こんなところはお人好しだ。
(久しぶりに買った人気の炭酸水ですが、仕方ありません)
ふだんは水道水をボトルに持ち歩くが、気合いを入れて就活したため、ボトルは空になっていた。
食事代にも事欠くアウリアの懐事情も知らず、男はごくごく、ごくごく、おいしそうに喉を鳴らして潤しておく。
「生き返った」
(そうですか、よかったのです)
「何か口にできるものはあるか」
「クッキーなら」
(夕飯のために買ったクッキーなのですが)
箱を渡すと、男はむしり取ってビリッと裂いた。
栄養補助食品指定の棒状クッキーが飛び出て、「おっ」と言いながらキャッチする。
「そんなにお腹が空いていたのですか」
「久しぶりの固形物だ。昨夜ワインを飲んだ気もするが、いや、あれはなんだ? 何か赤い液体だった」
「何かって……きちんと確認しないと、お腹を壊しますよ」
「毒でも問題ない」
「そこまで言ってないのです……」
極端な男だ。
彼は片手をベンチの背にかけて、片手でクッキーを囓り、アウリアを一瞥した。
「流浪の貴族令嬢か」
アウリアはむすっとした。
「それ、悪口なのです」
「知っていたのか」
「最近、耳にするようになりました。でもよくわたしが当人だとわかりましたね」
「ダサ眼鏡」
「な」
アウリアも彼の眼鏡のセンスのなさに驚いたが、彼女も彼のことはいえなかった。
黒っぽい翡翠色の縁にやや大きめな丸レンズ。ツルも太くて、横から見るとがっちりガードされているのがわかる。それでも素材が柔らかいせいで、ときどきズレるという苛立ち仕様。ある事情でかけているもので、自分のセンスではない。
「あなたの眼鏡センスよりはマシです」
むっとするアウリアに、彼は喉の奥をくっと鳴らす。
「冗談だ。ブローチを見てわかった」
男の視線がアウリアのスカーフに留まった。
首席のに贈られるブローチで、形は地・水・火・風の四元素を表す正十字。その先にエメラルド、サファイア、ルビー、ダイヤモンドがきらめく。重みもあって存在感も格別。
(生活に困ったら換金できるので助かりますね)
とはいえ換金は最終手段。
「仕事を探して回る首席も前代未聞だが、それ以前に侯爵の立場を貶める行為だな」
男が耳の痛いことを言う。
「……そ、それは」
「ここにいる学生はバカではない。家出したまま領地に戻らない意固地な貴族令嬢だと、誰もが思っていることだろう。学生のうちはいいが、仕事となれば別だ。貴族を雇う平民など皆無。さっさと侯爵の元へ帰れ」
言いたいことだけ言って立ち去ろうとする男に、アウリアは反論した。
「わかっているのです!」
「ん?」
「兄を困らせていることなんて、そんなこと、わかっているのですよ」
就活は、アウリアの身も心も疲弊させた。
(もうすぐ寮を退去しなくてはならないのに・・・お兄さまも待っているのに、でもまだ学問街にいたいのです。だって……だって)
意図せず、アウリアの目からぽろっと涙が落ちた。
瞬く間に溢れでた涙で視界は歪み、就活用にきっちりぴっちり結んだ長い金髪が一筋、なぜかほつれて口に入り、それすら悲しい思いを増長させる。
ペチペチ唇を払うアウリアの後ろで、男は溜息を吐く。
ふたりの様子に気づいた学生たちが、チラチラと視線を送ってくる。
明日のデュオクロス学生新聞には、くたびれた研究生が流浪の貴族令嬢を泣かせたゴシップが掲載されるだろう。誇張した挿絵つきで。
男は元のベンチに座り、再びアウリアと背中合わせになった。
「戻れない理由でもあるのか? 話してみろ」
「な、なぜ、わたしが見ず知らずの方に」
「見たところ、相談できる友人もできなかったようだが?」
「ふっ・・・ふっ・・・どうせ、そうなのですよ」
「ハンカチはないが」
男は食べ終えたゴミをアウリアに差し出した。
「それをどうしろと?」
「・・・」
「・・・」
春の午後、アウリアはまだ肌寒い風に身を縮めながら話すことになった。
なぜ流浪の貴族令嬢などと呼ばれるまでに落ちぶれたのか。




