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プロローグ

天才魔術師。

私を殺せる、たった一人の人間。

私が千年待ち続けた、“終わらせてくれる存在”。


ここは、漫画の世界だった。


人間が主役で、魔王は悪役。

聖女と魔術師が手を取り合い、魔を滅ぼして、世界に平和が戻る――

誰もが拍手喝采する、そんな綺麗な物語。


私も、その結末を信じていた。

ずっと、天才魔術師と聖女が生まれて、私を殺しに来てくれることを。



いつか、誰かが終わらせてくれる。

私を悪として裁いて、正義の名のもとにこの命を奪ってくれる。


だからこそ、見つけたときは震えた。

彼の魔力を感じたとき――

まだ幼かったその少年の中に、私の終わりが確かに宿っていた。


「……やっと、来てくれたのね」って、思った。


何も知らない彼を、私は遠くから見守った。

その才能が育っていく様を、何度も、何度も。

彼の寝ている間に寝顔を眺めたり、殺されかけると飛んで行って、殺そうとした相手をぶちのめしたり。


彼の成長を見ていると、ほほえましかったし、やっと死ねると思うと、安堵と涙がでるのだ。


特に、あの日。

あの奴隷売り場で、彼が“彼女”と出会った瞬間は、私の中で強く焼きついている。


漫画の主人公。

貴族の娘にして、聖女としての運命を背負う少女――オリビア。


その日、彼は鎖につながれ、足元もふらつくような姿で檻の中にいた。

魔力の才を隠すように、静かに、俯いて。


けれど、オリビアは彼を見つけた。

まるで、物語の筋書きを知っているかのように、

まっすぐに彼のもとへ歩き、ただ一言――


「この子を、ちょうだい」


誰よりも先に、彼を選び取った。


その瞬間、私は思ったの。

ああ、物語が、動き出したんだって。



オリビアは、彼を救ってくれた。

すさんで、誰も信じていなかった彼に、まっすぐな光を差し込んだ。

拒絶し、反発しながらも、彼は少しずつ前を向き始めた。


最初は、小さな一歩だった。

それが、やがて歩幅になり、走り出すようになって――


彼はどんどん成長した。

隠されていた才能が、まるで花の蕾のように開いていく。


魔法の理を自分なりに解釈し、

既存の理論をあっさりと覆していく姿は、まさに“天才”のそれだった。


魔力の密度。

詠唱の速度。

そして、他者の魔法構造を見抜く洞察力。


気づけば、私は彼に――近づけなくなっていた。



彼の魔力感知は異常なまでに鋭くなり、

私の気配を感じれば、たとえ眠っていても反応するようになった。


それが、誇らしくもあり、寂しくもあった。


だってそれは、

彼が“物語の中の魔術師”として完成しつつある証であり、

私にとっての“終わり”が、確かに近づいているということだったのだから。


終わりが近づくのは、とてもうれしい。

でも、ずっと見守ってきた彼に近づけないのは少なからず寂しかった。


――そして、あれから15年が経った。


彼は、20歳になった。


いまや、王都にその名を轟かせる大魔術師。

聖女オリビアと共に、幾度も人々を救い、魔物を討ち、

まさに、伝説の英雄そのものになっていた。


そして、私は知っている。


この世界の“物語”において、

魔王を殺す“運命の時”は、21歳の誕生日だということを。


やっと。

ようやく。

本当に、終わるんだ。


久しぶりに、彼を見に来た。


昔はよく、こうして夜にこっそり忍び込んだものだった。

寝息を聞き、髪に触れて、ただ傍にいるだけで心が落ち着いた。


けれど、今の彼はもう、あの頃の少年ではなかった。


すっかり背も伸びて、肩も広くなって。

顔立ちはまだあどけなさを残しているけれど、

あの頃の、儚いだけの少年ではない。


「……大きくなったわね……」


そう呟いて、私はそっと彼の枕元にしゃがむ。


彼の魔力はまだ乱れていた。

雪山での戦いで、身体も心も限界まで追い詰められていた。


だから今なら、近づける。


私は、昔のように彼の髪に指を通し――

そっと、頭を撫でた。


懐かしい、黒い髪。

あの頃と同じ、けれどもう、別のもののようで。


「……もうすぐ……やっと、死ねる……」


その言葉は、願いなのか、嘆きなのか、自分でも分からない。


そして――


私の頬からこぼれた一粒の涙が、彼の頬に落ちた、その瞬間だった。


「……やっと、会えた……」


かすれた声。

震える瞼が開いて、

真っ直ぐな瞳が、私を見つめた。

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