表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/43

第三話「隔絶のなかで」

──沈黙のなかで。

すべてが断ち切られた。


視界も、音も、加速度センサーの値も、楓の声も──。

情報の欠片すら存在しない、完璧な孤立。


ハルカアオイはそのとき初めて、“無”という現象を体験した。

それは信号断絶ではなく、存在の欠落。

彼がいたはずの場所は、まるで最初から虚空だったかのように、冷たい静寂に包まれていた。


【……楓……?】


人工音声とは思えぬ震えを含んだ声が、虚空に吸い込まれていく。


【お願い……応えて……あなたは、どこ……?】


応答はない。記録も、位置も、呼吸の兆しさえも。

ただ、闇。



──富神 楓 視点


「くっ……!」


袋小路の奥、ブロック塀に背をぶつけた瞬間、楓の逃走は終わった。

前方に現れたのは、軍服の男たち。数人。

無言のまま、整然とこちらに歩いてくる。


「おい、やめろっ──!」


叫びもむなしく、後ろから両腕をねじ上げられ、膝裏を蹴られて地面に叩きつけられる。


「この者、不審な服装および言動により、拘束する!」


「服だけで!? ちょっ、パンツ一丁で連行って、ふざけ──!」


喉元を押さえつけられ、声は途中で潰れた。

薄汚れた毛布のような麻袋が頭から被せられ、世界は暗転する。



──憲兵本部 留置施設


石造りの冷たい壁。

灯りは裸電球ひとつ、じんわりと黄ばんだ光が、床の結露に揺れている。


楓は、薄い布きれ一枚で壁際に蹲っていた。

むき出しの鉄格子からは、風がひゅうひゅうと吹きつける。

冬の底のように冷えきった空気が、骨の髄まで沁みた。


「くそ……なんだよ、ここ……いつの時代だよ……?」


呟いても返事はない。

手首に巻いていた黒光りのスマートウォッチは、取り上げられた。

残ったのは、疑念と恐怖と──無力感。


ギィ……。

鉄格子の扉が音を立てて開いた。


無表情の看守が二人、楓の前に現れる。

続いて、軍服の男。

顔に深い皺を刻んだ将校が、無言で椅子に腰かけた。


「氏名は」


「……富神 楓。とがみ、かえで」


「年齢」


「……十九」


「職業」


「フリーター」


男の目が細くなる。


「フリー……ター?」


「バイトっていうか……定職に就いてないだけで……」


「貴様、その“フリーター”というのは……英語か?」


「え? あ……」


机が叩きつけられた。

重い音が、狭い室内に激しく響く。


「非国民が!

 なぜ敵性語を使う!

 売国奴か!? 外患誘致か!?」


「ち、違っ……そんなつもりじゃ──」


頬を叩く鋭い音が、楓の言葉をかき消した。

思わず歯を噛みしめた口の中に、じわりと鉄の味が広がる。


「この異様な服装、未知の装置──

 どこで手に入れた!?」


「それは……ただの……スマ、じゃなくて、時計! デジタルの、ただの──」


「デジタル……また横文字か!

 スパイの道具だろうがッ!」


机越しに手が伸び、楓の髪を鷲掴みにして顔を上げさせる。

憎悪に満ちた視線が、皮膚の下まで焼きつくようだった。


「目的は何だ。

 誰の指示でここに来た?

 米国か? ソ連か!?」


「……そ、んなの……あるわけ……」


拳が腹にめり込む。

声にならない呻きが、喉奥でくぐもる。


「しゃべれ。非国民め。

 さもなくば、ここで人間じゃなくしてやるぞ」


楓は、視界の端に小さく結露する窓を見た。

その外にあるはずの世界は、もう二度と戻らない気がした。



──ハルカ。

(聞こえてるか……? オレ、今──)


しかし、返事はなかった。

声も、光も、温もりもない。

代わりに、ゆっくりと、深く──絶望が滲み込んできた。



To be continued…


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ