表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/42

第二話「変人のレッテル」

──どこからともなく、かすかなラジオの音が聴こえていた。

軍歌か、それとも誰かの口笛か。

風に乗って遠ざかっていく旋律の行方は知れない。


吐く息は白く、空気は凍えるほど澄みきっている。

だが、足元には濡れた落ち葉が重なり、しっとりと靴の裏にまとわりついた。

街は静まり返り、まるで誰かが息をひそめて様子をうかがっているような──そんな張り詰めた空気が漂っていた。


富神 楓は、その空気のなかで確かに異質だった。


くたびれたTシャツに、見慣れぬ化繊のズボン。

首もとからのぞく奇妙な発光──手首には、黒光りする異国の装置。

さらに、右手に握られていたのは、どこの工芸品ともつかぬ不気味な黒い板──。


まるで時代錯誤の見世物だった。

あるいは、神社の裏手に棲む“物の怪”のようにすら見えた。


行き交う人々が、彼の周囲を避けて通る。

道端で遊んでいた子どもが「なに、あれ」と声を上げ、母親は慌ててその手を引いて目を伏せさせた。

兵服姿の若者たちは、彼を横目に何かを囁き、ぴたりと笑みを引き攣らせて目をそらす。


【……楓、、目立ちすぎ、、】


手首の装置から、微かに女性の声が響いた。

──ハルカアオイ。


冷たい風を受けながら、彼だけに語りかけるその声には、焦燥に似た音色が滲んでいた。


「……冗談だろ。コンビニどころか、自販機も見当たらねぇし……え…どこ…これ?」


楓の声は、凍えた指先のように震えていた。

恐れというより、戸惑いに近い。

自嘲の混じる乾いた笑みと共に、現実感の糸が、するりと手からこぼれていく。


その時だった。


「そこの男! 止まれ! 貴様、不審人物だな!」


通りの向こうから、怒声が飛んだ。


振り返れば、詰襟の軍服に身を包んだ二人の男が、こちらに向かってくる。

その足音は凍てついた舗装路に乾いた音を響かせ、凛とした冷気を纏っていた。

表情は鋭く、容赦のない命令がその歩幅に刻まれていた。


──ヤバい。


脳が先に判断した。


「ハルカ、これ──マジでやばいヤツらじゃない?」


【逃げて! 今すぐ、楓!】


「うおおおおおっ!」


反射のように身体が動いた。

舞い上がる砂埃、干しっぱなしの布団を蹴散らし、狭い路地へと飛び込む。

つんと冷えた空気が喉に突き刺さる。胸の奥で鼓動が暴れ、耳の奥がざわついた。


【右! すぐ、左に──建物の影!】


ハルカアオイの声が、かろうじて耳に届く。

だが、その声も、心なしか遠くなっている気がした。


口の中が乾いていた。

呼吸が追いつかず、足の感覚が曖昧になっていく。


そして──


「っ──あっ!」


バランスを崩した瞬間、手の中から黒い板がこぼれ落ちた。


舗装の隙間に叩きつけられたそれは、小さくバウンドし、夜の底に転がっていく。

液晶が一度、ちらりと光った。

そして、沈黙。


「……ハルカ……?」


呼びかけに、返事はなかった。

ただ、あたりを切り裂くように、兵士たちの足音が近づいてくるだけだった。



To be continued…


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ