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3金貨 姉が遺した暗号と隠された日記

バルハイムの西日が石畳を赤く染め始めた頃、メルとノエルは街外れの工房へと足を運んだ。




「……ほんま、辺鄙なとこにあるな。」




「姉は……数日前、ここに行ってたって……多分……」




ノエルのか細い声に、メルはニヤリと笑う。鞄から、先ほど市場で仕入れた《影絵を映す石》を取り出す。




(ここや、この匂い、間違いない。)




木造の工房の扉を押すと、カランと軽やかな鈴の音が響いた。




「いらっしゃい。」




奥から現れたのは、年配の男。手には工具、エプロンは粉塵と染料まみれだが、目元は職人特有の誇りを湛えている。




店内には、色とりどりの石細工が整然と並び、窓辺から差し込む光が石に反射して輝いていた。




「わぁ、すご……こんな綺麗な石、うち初めてや!」




少女のように目を輝かせながら、メルは石を眺め歩く。




「これ、全部店長さんが作ったんですか? こんなに細かい細工、自分じゃ絶対無理やなぁ……」




「まぁ、長年の慣れと根気が要るからな。」




気を良くした店主は、照れたように笑いながら作品の説明を始める。加工の難しさ、光の反射を計算した角度、色石の選別――自慢話が次々と飛び出す。




「おっちゃん、これも見たことあるわ。」




メルはポケットから《影絵を映す石》を取り出した。




「これな、さっき市場で買うたんやけど、子供らがよう遊んでたわ。」




「ああ、それもワシの作品や。」




「えっ、ホンマに!? めっちゃ売れてたで!」




店主は嬉しそうに頷いた。




「あの影絵石はな、光を当てる角度次第でいろんな影を映せる。子供らにはちょっとした仕掛けや。」




「はぁ〜、おもろいこと考えるなぁ……」




メルは楽しげに笑いながら、確信する。この店主こそ、“仕掛けの技術”を持つ人物だ。




「前にもな、毎日のように通ってきた子がいてな。あの子も、あんたみたいに目ぇ輝かせて、石眺めてたわ。」




「へぇ〜、どんな子?」




「黒髪で小柄な子やった。職人の卵みたいな目しとったな。」




(決まりやな、リシア・エヴァレット。間違いない。)




「やっぱ、ええ石見ると血が騒ぐんやな。うちもその子と気が合いそうやわ。」




「フフ、あの子もそう言ってたよ。」




雑談を装いながら、メルは核心へと近づいていく。




リシアの足取り、ペンダントの秘密、影と光の仕掛け――全てが、ここから繋がり始める気配を感じながら。


工房を後にしたメルとノエルは、そのままノエルの家へと向かった。




夜の帳が降りる頃、二人はリシア=エヴァレットの遺品が残された部屋へ足を踏み入れる。




「きれいに片付いてんなぁ……」




メルは思わずそう呟いた。部屋の隅々まで整頓され、埃一つ見当たらない。




「姉はズボラで、掃除とか全然しなくて……私がずっと片付けてたんです。」




ノエルが照れくさそうに言った。だが、その目線の先に、一つだけ異質なものがあった。




窓辺の中央、小さな台座の上に、石でできた奇妙な像が鎮座している。




「これ、なんや……この像、ちょっと目ぇ引くな。」




「それ、姉の作品だと思います。姉が『絶対に動かさないで』って……他のものはどうでも良さそうなのに。」




ノエルの言葉に、メルの目が鋭く光る。




(ただの石細工やないな……)




部屋を軽く見渡しながら、メルは机の上の日記と手帳を手に取った。ページをめくると、几帳面な文字で日々の出来事が記されている。




「ちゃんと日記つけとるやん、ズボラ言うわりに……」




「そこだけは、絶対にサボらなかったんです。」




日記は毎日の記録、手帳には光細工の工程や特徴、材料の組み合わせまで細かく書き込まれていた。




「なるほどな……そっちが本業やったんか。」




メルは窓辺に目を戻す。そして、像の配置、部屋の構造をじっと観察した。




その瞬間、仕入れたばかりの《影絵の石》と、工房で聞いた話が頭の中で繋がる。




「この像……窓の真ん中やな。せやのに、昼間はカーテン閉めとる。変や思わへん?」




ノエルは驚いたように瞬きをする。




「……そういえば、姉は夜は必ずカーテン閉めてた。で、『もし自分が帰らないときは夜に部屋の掃除をして』って……。」




メルはニヤリと笑い、像の前に立った。窓のカーテンを少し開け、夜空に浮かぶ月の光を像に当てる。




すると――




「……出た。」




石像の表面に、かすかな光の紋様が浮かび上がった。リシアの工房識別印だ。




「ほぉん、仕掛けの匂いやな……」




メルは壁を見渡し、識別印の光が反射する先――壁の一角に小さな穴を見つけた。




「そこか……」




月の光が、像を通じてその穴に射し込む。




カコッ、と軽い金属音が響いた。




ノエルが驚く中、メルは壁際に歩み寄り、そこに隠された小さな扉を開いた。




中から出てきたのは、一冊の古びた手帳。




「これが、リシアの隠し日記かいな……」




メルは手帳を開きながら、深く息を吐く。




(こりゃ、えらいもんが出てきたな。)




この日記こそ、ペンダントの秘密と、帝国の裏取引を暴く鍵になる。




メルの目が鋭く細められ、次の一手を探る決意が強まった。


リシアの隠し日記を手に入れた翌日のことだった。




バルハイムの裏路地。石畳が濡れたように黒光りし、陽の差さぬ細い路地裏を、メルはノエルと共に歩いていた。




「今日はここまでや。表の情報屋にはこれ以上の話は出ぇへん。」




「……うん。」




ノエルが不安げに頷いたその時、背後から緩やかな足音が響いた。




「相変わらず、鼻が利くな、桃色の商人。」




その声に、メルの眉がピクリと動く。




「……あんたか。」




振り返ると、薄暗い路地の奥に、灰色がかった無造作な髪の男が立っていた。




アッシュ=ヴェルガス。




黒いコートの裾を揺らし、薄い笑みを浮かべながら、悠然と歩み寄ってくる。




「まさかこんなとこで遭うとはな。相変わらず裏通りが似合う。」




「そっちも、裏稼業から足洗う気配ゼロやな。」




二人の間に、独特な緊張感が漂う。




ノエルが警戒して一歩後ずさるのを、メルが手で制した。




「安心し。今んとこ敵ってわけやない。」




アッシュは片手をポケットに突っ込み、肩をすくめる。




「まぁ、こっちも商売や。敵にも味方にもなる――いつも通りだ。」




メルは小さく笑い、慎重に言葉を選んだ。




「ほな、ビジネスとして情報交換するか?」




「望むところだ。」




二人はわずかな距離を保ったまま、情報を切り出す。




メルは隠し日記の存在――核心部分は伏せつつ、商会ギルドと帝国の流れを探っていることだけを匂わせた。




アッシュは、一瞬だけ鋭い視線をメルに向けたが、すぐに薄笑いを浮かべる。




「なるほどな、相変わらず抜け目ない。」




「ほな、そっちの持っとる情報は?」




アッシュは、辺りを見渡し、声を潜めた。




「グレオ=バートン。あいつが裏でガラス細工の流通を抑えてる。高官婦人の流行? あれは全部、ヤツの仕込みだ。」




「グレオ、ねぇ……商会ギルドの幹部。」




「そういうこった。」




アッシュはくるりと背を向けると、歩き出しながら最後に振り返った。




「用心しろよ、メル。裏を覗きすぎると、目を潰されるぞ。」




そのまま、アッシュは路地の闇へと溶けていった。




メルはわずかに目を細め、口元を歪める。




「ふぅん……やっぱ、油断ならん男やな。」




だが、その表情には確かな自信と、情報戦を楽しむ気配が滲んでいた。


裏路地の石畳に地図と紙片、リシアの隠し日記を並べ、メルはツインテールを指先でくるくる弄びながら話を始めた。




「ええか、お嬢ちゃん。今ある情報、全部繋げて見せたる。」




ノエルが緊張した面持ちで頷く。




「まず、ガラス細工の高騰と流行。表向きは“光細工師の休業”が原因や。」




メルは地図の一角、市場と工房の位置を示した。




「でも実際は、光細工師が次々と失踪しとる。病気って話はデタラメや。」




ノエルが小さく息を呑む。




「次に、商会ギルドの動きや。奴らが市場のガラス細工を買い占め、価格を釣り上げとる。」




「……高官の奥様方が、みんな欲しがってるって……」




「せや。そして、その裏で糸を引いとるのが――グレオ=バートン。商会ギルドの幹部や。」




メルの目が細く鋭く光る。




「グレオが流行を偽り、買い占めを仕掛け、裏で帝国高官と繋がっとる。なぜか?」




ノエルは不安げにメルを見つめた。




「理由は簡単や。奴らが狙ってるのは、リシアのペンダントや。」




ノエルの目が大きく見開かれる。




「お姉ちゃんを消したあと、ペンダントを奪おうとした。でも見つからんかった。せやから、片っ端からガラス細工を買い占め、光細工師を拉致しとる。」




「そんな……」




「グレオ=バートンは流行を装い、情報の隠された細工品を探しとるんや。たぶん、ペンダントには帝国にとって“まずい情報”が記されとった。」




メルは日記を指でなぞり、続けた。




「リシアは自分が狙われとるのに気づいとった。せやから、あんたにペンダントを託そうとした。」




「でも……」




「普通に渡したら、あんたにも危険が及ぶ。せやから、あの人は細工を仕込んだ。」




メルの目が、わずかに柔らかく細められる。




「お姉ちゃんはな、本当は几帳面な性格やったんやないか? 日記や手帳、きっちりつけとる証拠や。」




「……え?」




「ズボラを演じとったんや。像の仕掛けを、あんたに気付いてもらうために。」




ノエルは息を呑む。




「そして、この部屋で見つけた日記。」




メルは隠し日記を開き、ページをめくる。




「ここに、ペンダントの“本当の場所”が記されとるはずや。次はそれを探す。」




ノエルの瞳が揺れながら、静かに決意の色を宿した。




メルはニヤリと笑い、ツインテールを揺らす。




「情報は、時に金よりも価値がある。せやから、うちは最後まで追い詰めたるで。」

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