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神に愛された子

大国龍山の國に、少年あり。名を(ぎょく)という。

鍛冶屋に生まれし、勤勉なる少年は、しかし先の内戦にて奴隷となった。

左手に刻まれし奴隷紋が、酷使された傷で覆われた頃、東方より来たれし黒髪の美青年。

二人は契約し、この國の悪を滅ぼさんと立つ。

龍山りゅうざんの國―東市場


両側に琥國、亀國という大国を置いた龍山では、貿易が盛んであり、一日の内で二回。朝は東、夕は、西と市場が開かれている。取り扱われる商品は、様々で庶民の食べ物から、絹、宝石といった宝飾品も日常的に扱われていた。それゆえ、事件は多く。


春も中頃の今日も、賑やかな市場の一角で、それは起きた。





「やめてくださいっ」




 総髪の少年・砡ぎょくは、叫び。自分の右腕を掴んだ手を振り払おうとした。




「いいから、大人しくしろっ」




 ドスッと鈍い音をたてて、砡の腹に男の膝がめり込む。「う…」その場に沈みこんだ砡であったが、それでも左腕に抱いた荷物は落とさなかった。




「この糞餓鬼っ、まだ離さねえのか!」


「うう、いや、やだ」




 砡が必死になり守ろうとしているのは、主人に届けねばならない荷物だった。宝石問屋である主家の取引先からの帰り、市場を歩いていたところ盗人に絡まれた。奴隷である自分がこれを失えば待っているのは、酷い折檻だ。




(怖い)


 傷だらけになっていく、体。


(死ぬのかな、私)




 市場の往来での大人と子供の争いに、周囲は助け船をださない。先の内戦で、多くの者が焼け出され。その混乱は、まだ終わっていない。何処にでもある光景であるがゆえに、反応は冷たかった。




「いい加減に、しろ!」


「ぎゃっ」




 男の足先が脇腹にめり込む。体重の軽い砡は、容易く吹き飛ばされ、近くの露店を壊して倒れた。それでも体が荷物を離さなかったのは、待ち受ける折檻の恐ろしさを体が覚えていたからだろう。


 その場に嘔吐し、近付いてくる盗っ人の男見つめながら朦朧とした頭で考えていた。




(父上、私はここまでのようです……)




 亡くなった父に謝罪し、目を閉じたその時。




「やめよ」




 玲瓏たる男の声が静止を呼び掛ける。


 その後、複数の打撃音が聞こえ。砡は、我が身が浮くのを感じた。




「だ…れ…」


「心配ない。俺は武官だ。蒼龍そうりゅうという…」




 助けてくれたらしい恩人の名前を聞くも、左腕の荷物感触に安堵した砡の意識は泥寧に沈んでいった。





 ***


 目覚めた砡ぎょくが見たのは、冷たい石畳と鎖に繋がれた足枷だった。それは、恐れていた折檻の前状態だ。


 ガシャンと、慌てて足枷を外そうとするが、鋼鉄製のそれは頑丈で、少年の指ではびくともしない。徒に生傷を増やすだけだった。




「いやだ、どうしてどうして?!」




 気を失う前に助けられたと思ったのは、勘違いだったのか。脂汗がどっとわきだす。


 正方形の石が作る奴隷用の牢は、放り込まれた者は心に傷を負う。誰の声も通さないからだ。外の声は、勿論。閉じ込められた者の声さえも。それは、これを作った主人がもつ悪趣味のせい。牢の奥にある分厚い石扉が邪魔をする。


 カツンカツン、金具が、石床を打つような音がする。何かを引き摺る音も。主人が近付いてきたに違いない。


 体が震える。どう詫びよう、どうしたら許して貰える。




「砡」




 だが、砡にかけられた声は、気を失う前に聞こえたものと同じもので。緊張で固まった首を動かし、声の方角を見れば、長い黒髪の美青年が立っていた。




「貴方は…蒼龍そうりゅう?それに」




 彼が左手に掴んでいるのは、砡が恐れていた主人だ。




「この男か。お前と荷物を送り届けた時―声をかけてた。丁重に治療してやれと」だが、いとも容易く裏切った。




 乱暴に主人を投げ落とす。かなり負傷しており、生きているのか死んでいるのかわからない。それでも、砡は、主人が起き上がり折檻するのではないかと思って震えていた。




「余程辛い目にあったのだな。すまない。」




 蒼龍は、手を差しのべる。


 砡は、優しいこの男が恐ろしかった。奴隷の身分である自分を心配するなんておかしい。何故そんなことをするのかと。


戸惑いが通じたのか、蒼龍は少し困った顔をした。




「大丈夫だ。これからは俺が守ろう」




男の検討違いな心遣いに、砡は首を横に振る。


後退り逃げようとする自身にため息をついた蒼龍は、近付き枷へ手を翳すと壊してしまった。




「まだ信じられないのも無理はない。お前の苦しみを取り除いてやりたいだけだったんだ」


「そこまでされる理由なんてありません」


「ある」




え、と見上げる砡を蒼龍は見詰めていた。深い水の底のような瞳は、砡を捕えてしまった。




「例え恐怖が理由だとしてもお前は、命をかけた。俺はそれに報いたい」


「え、命をかけてって」




砡がそんなことをしたのは、主人から頼まれた荷物を運んだ時だけだ。それと目の前の男に何の関係がある。彼は、武官と身分を明かしている。取引先と何らかの関係があるのだろうか。




「俺が関わっているのは、お前が運んだ石そのものだ」




砡の疑問に応えように蒼龍は、告げた。


その間も、彼の手は、傷ついた砡の足に手当てを施している。




「俺にとってそれはとても重要なものでな。居所がわからないと不味いことになる。お前がそれを守ってくれて嬉しい」




屈みこんだ蒼龍は、砡を抱えあげる。そのまま、牢を出ようとする。もはやされるがままの砡であったが、やはり主人の様子が気になり肩越しに伺う。


微動だにしないことに安心し、どうか追ってきませんようにと願う。理由を説明されたが、納得するにはわからないことが多すぎる。しかし、砡には、行く宛などない。蒼龍についていくしかなかった。




「私は、どうなるのですか?」


「そうだな、まずは……俺と結婚してくれ」





「え?」



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