第35話 旅立ち
さて、購入した別荘へと出発する日がやってきた。
天気も良く、まさに旅立ちにはもってこいの日和。青い空と眩しい太陽が、まるで俺たちの門出を祝ってくれているようでもあった。
そんな好天の中、クロフォード家の屋敷の前にはアルベルトやエリザ、エマに加えて、クロフォード家の執事たちが集まってくれた。なぜかアリシアの姿もあることについて、アルベルトはどうやら訝しく思っているようだが、俺としてはそれに触れないでおく。
とりあえず、みんな俺とパルトを見送ろうと集まってくれているわけだが、やはりと言ってか、パルトはまだ人に慣れていないようで、俺の後ろに隠れて少し震えている。これまで迫害を受けてきた種族としての傷が、この2、3日でどうにかなるわけがないことは俺にでもわかる。だから、今はそっとしておこう。
「父さん、お体には十分気をつけてください。」
アルベルトがそう言って俺の手を握る。その手は温かくて力強かった。妻のエリザも少し心配そうな表情で頷いており、本気で俺を心配してくれていることが伝わってくる。俺にはそんな2人の気持ちが嬉しくもこそばゆくあって、少し恥ずかしげにそれに応える。
「お祖父ちゃん。これ……」
今度はエマから小さな小物を受け取った。小さな宝石の周りに、さらに小さな宝石たちが散りばめられたそれは、キラキラと輝きを放っていて、とても美しく心を奪われる。
「ほう。これは?」
「御守り……2人の安全を願って作ったよ。」
エマはそう言ってにっこりと笑った。だが、その表情には笑顔の他に寂しさも同居している。それを見て、名残惜しさが胸いっぱいに広がっていく。当分の間は家族とはお別れになる。その事実を目の当たりにしてしまえば、湧き上がる寂しさからは逃れられない。
俺はそれを隠すように「ありがとう。」とエマに告げ、その御守りを受け取った。
「大旦那さま。こちらは我々使用人一同からでございます。」
最後に、執事長が俺に封筒を1つ手渡した。中身はわからないが、感触的にどうやら冊子のようなものが入っているようだ。なんだろうと思い、チラリと封の中を見てみると、見覚えのある双丘の1つが……俺はすぐに執事長へ視線を向けた。すると、執事長は小さくニカリと笑い、深々と頭を下げた。それに倣って、後ろに並んでいたメイドたちも深々と頭を下げる。
「わかっとるのぉ。」
「何年のお付き合いになりましょう。」
顔を上げ、そう笑う執事長と俺はハイタッチする。まるで長年連れ添った戦友との別れを惜しむように。その様子に、アルベルトたちは意味がわからず疑問符を浮かべているが、そんなことは気にしない。
そうこうしているうちに、出発の時が訪れた。
パルトを馬車に乗せると、俺はゆっくりと振り返る。アルベルト、エリザ、エマ、執事長、メイドたち、そしてアリシアの顔をゆっくりと眺めていけば、感謝の気持ちが収まらなくなる。アリシアは……よくわからないが、短い時間なりに、みんなには本当に感謝の意が尽きることはない。
この体は確かに彼らの家族なのかもしれない。だが、本質的には他人である俺に優しくしてくれて、ありがとう。俺のわがままに付き合ってくれて、本当にありがとう。
彼らの温かさに、優しさに対して、俺はゆっくりと頭を下げた。
「では、行ってくるでのぉ。」
そう告げると、俺はゆっくりと馬車に乗り込んだ。席に腰掛けると、それを見計らったように馬車は動き出す。
無意識にだが、いつの間にか俺は横にいる亜人の子の頭を優しく撫でていた。




