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【休載】このジジイ、最強につき!  作者: noah太郎
第1章 ジジィ、目覚める
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第29話 決着

「くっ……!」



男は老人の力の強さに驚きを隠せなかった。

自分自身の加速度を利用されたとはいえ、壁にぶつかっただけでこのダメージはあり得ない。壁に衝突した影響はほとんどないのに、体が思うように動かないのは背中に受けた一撃によるものだとすぐに確信する。


背中に響く鋭い痛みが男に動揺を誘う。



(なんだ……なぜここまでダメージを受けているよな……)



足がふらつき、膝が笑う。意識とは裏腹に、体が感じるダメージの深刻さに男は焦りを隠せない。


ーーーこのままでは負けるのではないか。


男の頭には一瞬、敗北の2文字が浮かんだが、すぐにそれを否定する。


目の前の老人は明らかに強い。だが、だからと言ってここで終わることができないのもまた事実だ。自分は上様からの命令でここにいる。尊敬する御方の指示で、あの兎人の子を攫いに来た。こんな重要なミッションに選んでくれた信頼に、自分は応える義務があるのだと信じている。

目の前の老人からは、強い意志を感じる。それは、明らかに自分の目的を阻止しようとするものに他ならない。だが、それを許容することは絶対にできない。こちらにも信念と覚悟があるのだ。


男はふらつきながらも、再び両手を高質化させる。そして、ゆっくりと腰を落とすと老人を睨んで構えたのである。





(えぇ〜!それで立っちゃうのか……)



俺は少々驚いていた。峰打ちだったとはいえ、意識を刈り取るつもりで、けっこう強めに打ち込んだつもりだったからだ。もちろん、それを顔に出しはしないが、男が立ち上がったことが少し信じられず、ついその動向を目で追ってしまう。

男はふらつきながらもゆっくりと立ち上がり、こちらに戦意を向けてくる。笑う膝を見れば、彼が受けたダメージが深刻であることはわかる。だが、それでも立ち上がるということは、彼自身に何かしらの覚悟があるということだろう。


俺に負けられない覚悟が。


しかし、そもそもやっていることはただの殺戮だ。魔物を差し向けたのも、おそらくはこの男の仕業。俺はそう確信しているし、奴にどれだけの覚悟や信念があろうとも、悪意に染まったそれらはただのエゴでしかない。だから、どんな理由があれ、こいつがやったことを俺は見逃すことはできない。


俺の視線から、男はその意図を感じ取っているのだろう。構えたままピクリとも動かず、ジッと俺を見据えているのは警戒している証拠だ。体の周りには先ほどと同じ紫の炎が揺らいだまま。そして、フードの中から感じる視線には、次の一撃で勝負を決しようとする覚悟が感じられる。



(あっちも本気ってわけだ。それなら……)



そう確信した俺は、杖にぶら下げていたウサギの子をその場に降ろし、少し離れた位置に移動した。そして、杖を左手に持つと腰の位置に置く。そのまま両足をゆっくりと広げて腰を落とし、上半身を少し捻って半身になると、右手を柄の部分にそっと添える。


いわゆる居合術、もしくは抜刀術と呼ばれる武術のひとつを俺はイメージしたわけだ。



(……刀で一撃で決める必殺って言えば、やっぱりこれだよな。)



帯刀した状態から、刀を抜き放つ素早い一撃。その太刀捌きで攻撃を加えたのち、血振るい残心、納刀するに至る一連の動きは、男心をくすぐる武術のひとつである。


俺はゆっくりと息を吐くと、相対する男へとゆっくり視線を向けた。





目の前から感じる闘気は相当のものだった。男はそれを目の当たりにし、内心で動揺してしまう。それにあの構えも見たことがない。あの杖はおそらく仕込み杖だろうが、あの様に低い姿勢で武器を腰元に置く構えは、今まで一度も見たことがなかった。



(……あちらも本気よな。)



男にはそれがよくわかっていた。老人から発せられる殺意が、無数の針の様に全身を刺し続けている。今まで感じたことがないほどの強烈な殺意がひしひしと伝わってきて、背筋に冷や汗が滴っている。



(ここまでの殺意は……奴と対峙した時以来よな。)



過去を思い出して男は笑った。これまではあの時ほど恐怖を感じたことはなかったが、今回目の前にいる敵はそれに負けず劣らずだな、と。

だが、笑っているのは別に余裕があるわけではない。単にこちらも負けられない覚悟があるだけだ。男はそう改めて想うと、纏ったオーラを全開にして右手を刃に変質させた。



「勝負よな!ジジィ!」


「……」



敵は応えない。だが、受けて立つという想いを感じ取れた気がした。その感覚を不思議に思いつつも、男は地面を強く踏み締め、これまでにない速度で老人との距離を詰める。


一方で、一瞬で間合いを詰められたというのに、老人はまったく微動だにしない。ここまで詰められれば、少しは反応を見せると思ったが……。それを不気味に感じつつも、男は硬化した右の刃を振りかざす。



(動かないなら……このまま斬るだけよな!!)



紫炎を纏った刃を振り下ろすと同時に、地面が抉れ、無数のひびが走り抜ける。紫の炎と相まって、それらはまるで稲妻の様に地面を這い、周りの家屋や木々を打ち砕いていく。剣撃というよりも打撃に近いその一撃は、老人を押し潰した……かに見えた。

だが、男は気づいていた。自分の一撃が紙一重のところでいなされていたことを。一撃を放つと同時に、男は目を疑った。攻撃が当たる寸前、杖から抜かれた細い刀身が、この大きな刃の軌道を変える瞬間を見ていたのだ。


舞い上がる土埃の中で、男は目の前から消えた老人の反応を探す。お互いにこの一撃で勝負を決めるものと思い込んでいたため、なんだか裏切られた気分になった。逃げられたという思いが、男の中に怒りを宿す。



「どこいったよな!出てこい!卑怯者が……!」



舞っている土埃が煩わしい。それらを振り払う様に、男は右手を振り回して老人を探す。すると、後方から小さく鍔鳴りが聞こえた。それに気づいて振り返れば、晴れてきた視界の中に老人の後ろ姿が見えた。


覚悟を決めていたのは自分だけで、奴は勝負する気などなかったのだ。そういう思いが再び胸に湧き上がってきた。あいつは飄々と逃げるだけで、混乱するこちらの様子を見て笑っているのだ。そんな怒りが男の心を蝕んでいく。まるで湧水の様に込み上げるその怒りは、普段は冷静な男の声を荒げさせる。



「お前!ちゃんと戦え!逃げるなよな!俺と勝負し……ゴフッ……!?」



罵倒と共に口から吐き出されたのは真っ赤な血だった。そして、突然の吐血は男を混乱に陥れる。

気づけば、腹部が灼けるように熱い。見れば、そこには真っ赤に滲む鮮血の染みが広がっている。それは夢でも幻でもなく、紛れもない事実だった。



(いつ……斬られたよな……!)



深く抉られた傷口から止めどなく溢れる血。男は傷口を押さえながら、自分が何をされたのか必死に思い出そうとするが、記憶にあるのは鍔鳴りの音のみ。老人がどのようにして斬撃を放ったのかはわからない。



(何が……いったい……)



考える暇もなく、まるで流れる血が奪い去っていくかのごとく全身の力が抜けていく。立っていられずに両膝をつき、重力に引っ張られるようにそのままうつ伏せに倒れ込む。自分の体から血が流れ出していく感覚は、男に絶望を感じさせた。


同時に、男は老人に対するある感想を抱いていた。



ーーーこのジジィ……まさかスキル持ち……か……



男の意識はそこで途絶えた。





血振るい残心。そして、刀身を鞘に戻して鍔鳴り。金属の可愛らしい音がチンッと鳴る。

男が後ろで何やら吠えていたが、この勝負の勝敗は揺るがない。俺はそれを知っている。後方からドシャリと崩れ落ちる音がした。俺がゆっくりと振り返ると、うつ伏せに倒れて絶命する男の姿があった。



「つまらぬものを……斬ってしまった。なんちってのぉ。」



ちょっとシリアスチックにそう呟くが、恥ずかしさが混じってこそばゆい。……と、それよりもあのウサギの子だ。まだ眠ってるようだが、そろそろ起こしてやらないと。

そう思った俺は、横たわる小さなウサギの少年のところへと向かった。



「おい。そろそろ起きんか。これ……」



しゃがみ込んで、ほっぺをツンツンと突くと少しばかり反応がある。それを見て、俺は彼の襟を掴んでゆっくりと持ち上げた。



「……ん。」



突然の浮遊感を感じ取ったのか。少年はゆっくりと目を開ける。



「やっと起きたのぉ。どこか怪我はないか?」


「え……!に……人間!?」



俺を見てかなり驚いたのか。ウサギの少年は、座り込んだまま後ずさりする。確かに意識を失った時と状況がだいぶ変わっているだろうから、混乱するのも仕方がないだろう。とりあえず俺は、彼を安心させようと声をかけてみる。



「あの男なら倒したぞぃ。もう安心してよいぞ。」


「え……え……?」



少年も近くで横絶える男の姿を見つけたようで、俺と男を交互に見ている。だが、そうしているうちに突然、堰を切ったように泣き出してしまった。



(おそらく家族も仲間も何もかも失ってしまったんだろうな……。今はそっとしといてやるか。)



俺は杖を彼の襟にかけて、ひょいと拾い上げる。そして、そのまま背負ってきた道をゆっくりと戻っていった。

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