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【休載】このジジイ、最強につき!  作者: noah太郎
第1章 ジジィ、目覚める
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第26話 絶望無情

「まったく……亜人は気持ち悪いで敵わんよな。」



まるで汚いものでも触ったのかのように、自分の手をはたきながらそう溢す男は、ゆっくりとパルトたちの家へと上がり込む。サウの残骸である黒炭の粒子が、風で小さく舞い踊る。それはまるで、サウの残滓がパルトたちに逃げろと言わんばかりに。男はそんなサウの残骸を足で無碍に扱うと、ゆっくりとパルトたちに近づき始めた。



(母さんが死んだ……?なんで……なんで……なんでなんでなんでなんで……)



突然起きた母の死を受け入れられないパルト。何が起きたのか理解できず、混乱と恐怖で体が動かない。



「く……来るな!来るな来るな来るな!来ないでよぉ!」



そう願うように言い放ったところで、男の足は止まってはくれない。奴はゆっくりと、一歩ずつ確実にこちらへと近づいてくる。その様子にさらに恐怖心を煽られ、パルトは尻餅をついたまま慌てて後ずさりしてしまう。

だが、その直後に自分の背に何かが当たった。そこでようやく、自分と同じように母の死に絶句し、恐怖で震える妹アルの存在を思い出した。



「痛っ……」



同時に、宙を舞っていた母の死骸である黒炭の粒子が、パルトの右目に飛び込んできた。それはまるで、サウが妹を守れと言っているように思えた。少しだけ取り戻せた冷静さ。それがパルトを少しだけ奮い立たせる。瞳からこぼれ落ちる涙を拭って立ち上がると、パルトはアルの手を引いてすぐさま駆け出した。


震えて上手く動かない足に鞭打つように、パルトは必死にアルの手を引いて走る。転びそうになってもなんとか堪えて、迫り来る死の恐怖から逃れようと死力を尽くす。

だが、それを嘲笑うかのようなため息が後ろから聞こえてきた。



「勘弁するよな……。そこで立ち直られても面倒くさいだけよな。はい、終わり。」



冷然とした言葉が聞こえたかと思えば、アルの手を握っていた自分の手が急に軽くなる。とっさに振り返って見れば、握っているのは文字通りアルの腕だけ。片腕を亡くしたアル自身は、パルトの目下ですでに絶命していた。



「ア……アル……?」



母の死、そして妹の死。

目の前で起きた事実は、容赦なくパルトの心を抉った。倒れ込んだ妹のもとへと、ゆっくりと近づき、その顔を抱き寄せる。生温かい血とは裏腹に、彼女の顔はひんやりと冷たく、そしてとても重かった。



「さてはて。これで残すはお前さんだけよな。」



無機質な男の声が淡々とそう告げる。だが、もはやパルトに逃げる気力はなく、ただただ妹の体を抱きしめるだけしかできない。「ごめんよ。」と小さな声で何度も呟きながら、パルトは大粒の涙を流すことだけしか。



「お前はここでは殺さんよな。でも、途中で暴れられたら面倒よな。少し眠らせるよな。」



1人でそう呟きながら、男は右手を振り上げる。そして、足下で泣いている小さな亜人を見て、まるで汚物を見るかのように眉間に皺を寄せた。



「ここは本当に臭いよな。さっさと帰るよな。」




その言葉と同時に、パルトめがけて男は右手を振り下ろした。





……が、その手は2つの双剣に防がれることになる。鈍い音と同時に火花が散る。



「なんだ。戻ってきたよなか。」



自分の右手を剣で受け止めている兎人族を見て、男はニヤリと笑みを溢す。



「お前……どういうつもりだ。」



ラビトは静かに怒りを向けた。だが、男はそれに答えることなく、ただ口元に醜悪な笑みを浮かべるのみ。ラビトはそんな男の態度にさらに苛立ちを募らせたが、そこは冷静に右手を押し返し、後ろにいたパルトを抱えて距離を取った。



「……目的はなんだ。なぜこんなことをする!」


ラビトは思わず、そう問いかけた。

不安に駆られ、ギルドの依頼そっちのけで急いで村に戻ってみれば、そこはまさに阿鼻叫喚だった。村は凶悪な魔物たちで溢れ返り、仲間たちが無惨にも殺されていく。そんな混沌とした状況の中、急いで家に戻ってみれば息子が危機的状況にあったため、思わず助けに入った。これがここまでの顛末。

だが、パルトは恐怖で塞ぎ込んでしまっていて、何があったのか説明できる状況ではない。それに、男からは常に殺気が放たれているため、目が離せなければ、気を抜くこともできない。それゆえ、時間稼ぎのためだと問いかけたのである。


しかし、男は一向に喋ろうとはしない。表情はフードに隠したまま、ただ口元で笑みを浮かべているだけ。ラビトがそのことに苛立ちを隠さずにいると、男が黒い炭の中からある物を取り出した。



「これ……何かわかるよな?」



その瞬間、ラビトの心は一気に燃え上がった。それは自分が最愛の人に捧げたネックレス。サウを守ると決めた時に渡した愛の誓い。それがあの中からでてきたということは……



「貴様ぁぁぁぁ!!」



激情したラビトは男へと飛びかかる。怒りのままに双剣を握りしめ、常人なら視認が不可能な速さで斬りかかった。右手の片剣はすでに男の首を捉えている。このまま一気に振り抜けば、妻の仇の首は飛ぶ。燃え盛る怒りの中の小さな冷静さ。それがラビトに確信を想像させた。

だが……



「遅いよな。バァーカ。」



男の言葉が聞こえたかと思えば、ラビトの剣は空を切る。そして、突然真横から想定外の衝撃を受け、壁に叩きつけられた。背中を強く打ちつけたせいか、上手く息ができない。が、それ以上に右の腹が熱い。見れば、何か鋭利な物で貫かれたような傷と、そこから漏れ出した血が。



(み……見えなかった……いったいどうやって……)



右脇腹を押さえつつ、ゆっくりと立ち上がるが、頭の中は混乱でいっぱいだった。取ったと思った首はなく、突然カウンターが飛んできた。しかも、何で刺されたのかもわからない。だが、幸いにも男からの追撃はなかった。

ラビトはちらりとパルトに視線を向ける。目に涙を浮かべ、こちらを心配そうに見る息子を見て、冷静さを取り戻す。



(あいつだけは、俺が守らないと……)



腹を押さえるのをやめ、目の前に転がった双剣を取り上げて構える。



「まったく……亜人風情が……まだやる気よな?戦力差は今のでわかったはずよな。」


「あぁ……だが、俺には守るものはある。」



すでにラビトに迷いはない。勝てる気はまったくしないが、何もできずに死ぬ気もない。相手が引き返さざるを得ない一撃を与えて、パルトを守れさえすればそれでいい。そう覚悟を決めていた。


一方で、ラビトの言葉を聞いた男は、口元に怒りに滲ませたかと思えば、突然声を荒げてラビトを罵り始めた。



「お前に……守るもの……?たかが亜人の分際で……?ないないないない!!そんなものないよな!お前たちは謂わば魔物の下位互換よな!本能を忘れてしまった下等なゴミが、まるで人のような振る舞いをするなんて滑稽よな!」


「……」



息子のおかげで冷静さを取り戻していたラビトは、男の挑発には乗らない。それよりも、男の言葉からは本心が吐露している様に感じていた。男はラビトを指差し、怒りの勢いに任せて言葉を並べていく。



「亜人は魔物から進化した存在……?笑わせるよな!お前らは進化したんじゃなく、むしろ退化したよな!魔物の誇りを忘れ、本能を忘れ、下知を忘れ、人の真似事をして満足しているゴミ!守るものがどうかとか言える立場じゃないよな!」



そこまで告げると、男はフードの中から鋭い視線をラビトに向けた。それを見たラビトは、反射的に背筋を凍らせる。鋭くも暗く、怒りと絶望を宿したその瞳に、男の悪意を感じ取ったのだ。



「……もういいよな。やはり亜人は……クソだ。」



男の口調が少し変わった。何かに絶望した様な真っ黒な感情が、周りの空気を締め付けている様に感じる。双剣を持つ手が重い。見えない何かに押し潰されそうな感覚になんとか耐えつつ、ラビトは男から視線を外さなかった。一瞬たりとも、外さなかった。そのはずなのに……



「……死ね。」



その言葉と同時に、大きな衝撃が腹部へ襲いかかった。反応することすら許されないその一撃は、ラビトの腹を突き破り、その体をそのまま壁へと叩きつけた。血反吐を吐きながらも、両手に持つ双剣でなんとか男への一撃を見舞おうとしたが、気づいた時には男は元の位置へと戻っている。


ーーー何もできなかった。


本当の意味で力の差を思い知らされたラビト。無情と絶望がラビトの心を食い尽くす。そうして、気力を失った体は重力に逆らうことなく、床へと叩きつけられた。


倒れたまま向けた視線の先で、パルトが声にならない叫びを上げている。薄れゆく意識の中でラビトは思う。どうか息子を助けてほしいと。


倒れたラビトを見て、男は再びニヤリと笑う。そして、虫ケラを殺すかの様に、ラビトにトドメを刺した。

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