第21話 息子より信仰心が大切だ
場面は再びダビドのもとへ。
信仰心は健在です!
「わしゃ、嫌じゃ。」
自室のイスに座っていた俺は、そう言ってそっぽを向いた。
「と……父さん、いったい何を言い出すんだ!皇帝陛下からの謁見要請だぞ!」
声の印象からして、アルベルトはかなり焦った様子だ。チラリと視線を送れば、今にも飛びかかってきそうなくらい顔を近づけてきている。それがちょっと怖くも感じた。
だが、俺だって行きたくないものは行きたくない。俺みたいな退役軍人の老いぼれなんかに、皇帝が会ってどうするというのだ。魔王軍の残党を打ち倒し、村をひとつ救ったことに感謝したいとのことだが、俺からすればできることをしたまで。仰々しく感謝される筋合いはない。
それに、皇帝がいる帝都はここから馬車で2日はかかるという。そんな遠いところに、自ら行きたいと思う阿呆がどこにいる。そんなに感謝したいなら、皇帝がこっちに来ればいい。まぁ、アルベルトがいる手前、その言葉はグッと飲み込むくらいの大人であるが……。
結果、そんなことに時間を費やすくらいなら、俺は孫のエマとお出かけするか、もしくは酒場とかでお酒を嗜む方がいい考えているわけである。
そういえば、酒場といえば最近見つけたあのBARにまた行きたいなぁ。その店の名はBAR「双丘の癒し」。名前からしても、まさに俺のためにあると言っても過言ではないと自負している。経営しているのは、淑女と呼ぶに相応しいママとその娘。知る人ぞ知る小さなBARで、決して繁盛しているわけではないが、なんと言ってもここのママがもう本当にまったくもうといった感じなのだ。
(あれはまさに、女神の丘と呼ぶに相応しいな……ヌフフ…)
豊満な双丘。引き締まったくびれ。明確なボディライン。アルベルトの妻エリザもなかなかの武器を持っているが、あそこのママはそれ以上の逸材だ。しかも、それだけではない。彼女の娘もまた、かなりのポテンシャルを秘めている……俺はそう考えているわけだ。若さ溢れる健康な体。エマと同じく、これからの未来を期待させる双丘に加え、引き締まったヒップ。これはもう、その未来を見届けるために、通い詰めるしかないだろう。ええ、そうだろうとも。
「……父さん。本当に頼みますって。お忙しい身である陛下が、直々に会ってくださるわけですよ。それに父さんの復活にも喜んでくださっていて、話す時間まで取ってくださると仰っているんです。どうか考え直してくれませんか?」
俺がヌフフなことを考えていると、アルベルトは目の前で大きくため息をついた。彼はどうにか俺を帝都へ行かせたいのだろう。慎重に言葉を選んでいることがわかる。だが、そんなことは俺にとって正直どうでもいい。重要なことは他にもある。
「しかしじゃなぁ〜。まるっと2日も馬車に乗りっぱなしなんじゃろ?」
「えぇ、まぁ……」
「しかも、お前と二人きりで。」
「はい、そうです。」
「ぜったい嫌じゃ。」
「な……!なんでですか!」
再びそっぽを向く俺。対して、俺の気持ちが伝わったのかアルベルトは悲しそうな声を上げた。
そもそも、男と二人きりで丸2日も馬車に缶詰めなんて、絶対に耐えられるわけがない。そして、そんな苦行を耐え抜いても、待っているのは皇帝というおっさんとの対話。そんなバカなことがあってたまるか。それなら、この街でゆっくり過ごしながら、あのBARで癒されるほうが絶対良いに決まっている。素晴らしい双丘たちと共に、蜜いっぱいの甘い甘い日々を過ごしたいというのは、誰しもが願うこと。それに、双丘への信仰をもっともっと深めなければならないという使命が、俺にはあるのだ。
俺の態度に頭を抱えているアルベルトを見て、確かに可哀想だなとは思っている。おそらくだが、彼はなんとか俺を頷かせようと思考を巡らせているのだろう。まさに、皇帝と父親に板挟みにされている中間管理職。この息子は本当に実直な男だ。少しの間だが、彼と過ごしてそれは理解できた。俺の息子は超がつくほどの真面目なのである。
だが、俺には俺で譲れないものがあるから、ここでおいそれと頷くわけにはいかない。なので、俺はアルベルトが諦めるまで妄想に耽ることにした。
そうして、しばし訪れた沈黙を突然、凛とした声が切り裂いた。
「どうやら話が難航しているようですね。」
「ア……アリシア……!一体なぜ君がここに?休暇中じゃなかったのか?」
アルベルトの声に釣られ、視線を向けた先に第一騎兵騎士団団長のアリシアが立っている。いつ部屋に入ってきたのかと少し驚きもしたが、ビシッと着こなした騎士団のサーコートの下に想像できるボディーラインの方が気になって、ついつい見惚れてしまった。
「陛下からダビド様宛に謁見要請があったと聞いて飛んできました。」
彼女は丁寧にそう告げて、俺をチラリと見る。だが、そんな彼女の登場を、アルベルトはあまりよくは思っていないらしい。
「……それはありがたい話だ。だが、これはクロフォード家の話なんだ。君の出る幕はないぞ。アリシア。」
アルベルトの言葉には、なんとなく棘が含まれている気がした。エマからは2人の仲はけっこういいと聞いていた手前、息子の態度に少し驚いてしまう。アリシア自身はそれに動じることはなく、冷静に対応しているが。
「アルベルト。あなたの言うことはもっともです。これはクロフォード家にとって素晴らしい話ですからね。」
「そうだ。……わかっているなら話は早いな。君は外してくれ。」
アルベルトは冷たく言い放つと、再び俺の方を向いて考えごとを再開する。しかし、アリシアに諦める気はないらしい。彼女はすぐに口を開いて応戦する。
「しかし、アルベルト。ダビド様は行きたくないと仰っているのでしょう?そして、あなたにはその意思を変えられる術は見つかっていない。いったいどうするのですか?」
「そ……それは……その……だな。」
強気に出ていた反面、痛いところを突かれて苦虫を噛み潰したような顔をするアルベルト。そして、そんな彼を冷静に見据えているアリシア。この構図はちょっと面白い。どっちが勝つのか、その結末が気になるところ。だが、正直なところ、俺はアリシアがこの攻防に勝つなら帝都に行ってもいいかなと思っている。さっきも言ったが、男2人でむさ苦しく旅をしたくないだけで、美人なアリシアと馬車で旅できるなら全然ウェルカムなのだ。要は信仰心が大切なのである。
俺がそんなことを考えていると、今度はアリシアが次の一手を打つ。それは2人の攻防が動き出す瞬間だった。
「そこで提案です。私がダビド様を説得できたら、同行することを許してください。」
「君が……父さんを説得する?いったいどうやって?」
アリシアの言葉にアルベルトは眉を顰めた。言葉の端々には、実の子供が説得できないのに赤の他人がどうやって説得するんだといった本音が漏れ出ている。だが、対するアリシアは片方の口角を上げる。そして、「では、失礼して……」と前置きを述べると、俺の方へ向き直って口を開いた。
「ダビド様。この謁見、わたしが同行いたします。いかがでしょうか?」
アリシアの提案はシンプルなもので、とても単純明快なものだった。要はアリシアが俺と行く……そういうことである。だが、その意図に……いや、挑発に気づいたアルベルトは、目を見開き、声を上げてその提案を否定した。
「アリシア!いったい何を言い出すかと思えば……!これはクロフォード家の問題だとさっき言ったはずだ!なぜ君が同行することになる!そもそも、君は今、休暇中の身だろう!?」
「はい。休暇中でこれから帝都に戻るつもりです。ですので、一緒に乗せていただこうかと……。」
「そういうことではない!!帝都に帰るなら定期便だってある!!わざわざ我が家の馬車に乗る必要はなかろう!」
「いいじゃないですか。減るものでもないですし。」
「な……!!いったいどうしたんだ!君は!」
「どうもしてませんよ。私はただ、ダビド様を説得しているのです。」
説得というよりは、もはやわがままに近いのでは……。俺の頭にそんな考えがよぎるが、アリシアは気にした様子もなく、表情ひとつ変えていない。対して、アルベルトは言葉に詰まり、あからさまに不満げな表情を浮かべているが、もはや言い返す言葉がないようだ。
2人が俺を見る。まさに答えを催促しているのだろう。だが、俺の答えは決まっている。
「ほんなら、行こうかのぉ。」
その言葉に、アルベルトの顔が驚愕の色で染まる。
「と……父さん!なぜですか!さっきまであんなに拒んでいたのに……!」
「ん……?まぁ、それがわからんようならお前はまだまだじゃぞ。」
「…………!?」
俺の意味深げな言葉にアルベルトは膝をつく。この勝負、アリシアでもアルベルトでもなく俺の勝ちだったか。まぁ、振り回されまくったアルベルトはちょっと可哀想だけど。
膝をつきぶつぶつと何かを唱えている彼の横で、アリシアがにっこりと笑っていた。




