プロローグ
「俺たちは傷ついたこの国を安定させなければいけない。それが、この国の王族に生まれたものとしての義務であり、僕たちの願いでもある。」
彼は、とても責任感が強かった。正直、この大陸に災禍をもたらしたモンスターを討伐しただけでも、十分に義務は果たしていたと思う。
「私は、イルカと一緒に復活したこの国を見たい。私たちが育った美しい草原をもう一度取り戻すの。そして、あなたにも見せてあげたいな。荒廃しきったこの国しか知らないあなたに。」
彼女は美しくも秘めた強さを感じさせる笑みを浮かべていた。
「僕は、君らの亡き後もこの国が平和でいられるように見守っていくよ。」
これは、僕らが交わした誓いであり、同時に別れの言葉でもある。人の寿命しかない彼らが亡き後、数百年が経とうとも忘れたことはない。
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私は、山へと続く道を一人登っていく。村がまだ近いうちは監視役がいたのだけれど、それももう帰ってしまった。十分に村から離れたから、逃げることはできないだろうと判断したのだろう。もしくは、単に龍のすみかへ近づくのが怖いだけかもしれない。
そう、私はこれから龍の贄として捧げられるのだ。しかも、山の中腹にあるという龍のすみかまで、自分の足で歩いて行かなくてはならない。私が途中で逃げたり、のたれ死んだりしたらどうするつもりなのだろうか。そんなことも考えつかないような頭なのか、それとも、生贄を捧げたつもりに成れればそれでいいのだろうか。そんな益体もないことを考えながら、ただ、足を動かしていく。
どうして、私が生贄に選ばれたのか。そんなことはわかりきっている。現状、村で一番の役立たずが私だからだ。私は小さいときから可愛かった。これはうぬぼれではない。私が可愛かったから、将来金持ちに嫁がせて村への資金援助を得ようと考えた村の大人たちが、私を深窓の令嬢かのように、それはそれは大事に育てた。
そんな私が生贄になったのは、単純な話で、火事で顔にやけどを負ってしまったからだ。透き通るようだった私の肌には、今や痛々しいやけどの跡が残っている。これでは、嫁の貰い手もいないだろう。私を大事に育てた計画はご破産というわけだ。しかも、私は村娘が当然できるべき仕事が何もできない。家事の類や機織りなど一切習ったことがないのだ。せいぜい刺繍くらいは身につけいるが、私は手先が器用なわけでもないので、もっと上手な娘は他にいる。そんなこんなで、私は龍の生贄になるべく山道を歩いているのである。
そもそも、どうして龍に贄を捧げるのか。実は村の大人もあまりわかっていない。私は、家事を習う代わりに、文字を習い、村に伝わる書物を読んでいたのだが、それによると、この生贄の風習は、王国の中興の祖である4代国王の時代から続いているらしい。龍が生贄を求めるとき、山の中腹にある龍のすみかのあたりで、煙が上がる。これを見て村の大人が生贄を決めることになる。
普段であれば、この話し合いは難しいものになるのだろうが、今回は一回の話し合いであっさり決まったらしい。どうして知っているかというと、村の娘たちが大きな声で井戸端会議をしていたからだ。昔から可愛がられていた私は、村の娘たちに好かれていない。だからといって、わざわざ遠くの井戸まで選択に来て、私に聞こえるようにうわさ話をしなくても良いと思うのだが。
「疲れたぁ。」
ここらで、休もうか。まだ大して進んでいないが止まってしまいたくなる。そもそも私は外で遊んだことも殆どないので、体力がない。それはもう、階段を登り降りしただけで息が上がってくるほどである。なぜ、村の大人たちは私一人で龍のすみかまでたどり着けると思ったのか?甚だ疑問だが、どうにか自力で龍のもとへたどり着かなくては私は無駄死になってしまう。そうしないと、ただ山で野垂れ死ぬだけとなり、生贄としての価値すら果たせない。
「いっそそれでいいのでは?」
いっそのこと、生贄としての役目を果たさずにこのまま死んでしまってもいいのではないだろうか。私が死んでも、次の村人が犠牲になるだけだろう。正直、村に恩は感じていない。顔にやけどを負うまでは、いい暮らしをさせてもらっていたと思う。どんなときもお腹いっぱい食べたし、他の娘たちよりかなりいい暮らしはしていたと思う。それでも、顔にやけどを負ったときの手のひらを返したような態度は、それまでの恩を帳消しにしてあまりあるものだった。
「うん、とりあえず今日はここで寝よう。」
日が暮れてきたとは言い難いけれど、成れない山歩き疲れてしまった。木下に落ち葉をかき集めて、そこに横になることにした。
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「起きた?あんなところで寝るなんて、自殺行為だよ?」
イケメンだ。起きてまず思ったのはそれだった。とても整った顔の青年が、私の顔を覗き込んでいる。村にはこんなイケメンは一人もいなかった。昔はかっこよかったらしい村長の息子もここまでではないだろう。
意識が覚醒してくるとともに、違和感に気づいていく。まず、このイケメン、瞳が縦長だ。そして、肌の色が異様に白い。ほとんど陽の光を浴びずに育てられた私よりも更に白い肌をしている。そして、私が寝ているこの布団。おそらく、かなりの高級品だろう。私が使っていた布団よりも更にふかふかで、おひさまの匂いがする。きっと毎日布団を干す使用人がいるのだろうが、その割に、この青年は自分で私が起きるまで待っていたようだ。
「麓の森の中で倒れてたんだよ?まだ冬ではないとはいえ夜は冷えるし、肉食の動物や魔物だっているんだからほっといたら多分死んでたよ?」
そういうことらしい。温室育ちの私では村の外で一夜を過ごすこともできないようだ。村の大人たちは何を思って私を一人で送り出したのだろう。
「ありがとうございます。ところで、あなたは?」
助けてもらっといて、我ながらかなり不躾な質問だ。
「――僕は、この山に住んでるんだ。君には龍って名乗ったほうがわかりやすいだろうね。それで君は――今回の生贄かな?」
ああ、なんとなくそんな気はしていた。――龍って人の形してるのか。私は大きな龍に丸呑みにされるのではなく解体して調理して食べられるのだろうか。そもそも、この龍は人を食べるのだろうか。――そんな思考が一瞬で駆け巡る。
私は一瞬固まったあと、静かにうなずいた。
「うんうん。そうだと思ったよ。ところで君は――どうやって食べられたい?丸呑みがいい?それとも、ちゃんと美味しく料理してほしい?」
龍は人の心が読めるのか?
「強いて言うなら、美味しく食べてほしいです。」
我ながらよく喋れたと思う。普通だったら恐怖で何も言えないだろう。かすれた声だったが、しっかりと龍は聞き取れたようで、驚いた顔をした。
「――びっくりしたー!ほんとに食べ方の希望を答えるなんて!冗談だよ、冗談。人を食べたりしないって。ちょっとからかっただけじゃないか、そんなに睨まないでよ。」
安心した。と同時に、睨んでいたらしい。確かに、とてもとてもイラッとしたので、それが顔に出ていたとしてもおかしくないな。うん。
多分こいつは相当に正確が悪い。そうに違いない。死ぬ恐怖を目前にしている生贄に対して、言っていい冗談ではないだろう。
にしても生贄を食べないのであれば、何に使うんだろう。
「そもそもね、これ、生贄じゃないんだよね。ただ、僕の身の回りの世話とか、話し相手とかをするために適正の有る子に来てもらってるだけなんだ。」
「はあ?」
いけない。かなり態度の悪い相槌が出てしまった。これでも私は深窓の令嬢もどきなのだから、もっと礼儀正しい態度でいなくてわ。
「最初の頃はちゃんと身の回りの世話をするってことで、麓の村でも気軽に人を送ってきてたんだけど、いつから生贄ってことになってたんだよねぇ。面倒だから訂正もしてないんだけどね。それに、毎回、食べられると思ってここまで来る子達を見るのも面白いしね。」
確定だ。こいつは絶対に性格が悪い。どういうふうに食べられたいかの質問も、毎回しているに違いない。
「そういうわけだから、これから、身の回りの世話と話し相手、よろしくね。」
「私は一切の家事ができませんが?」
「はい?」
ざまぁ。