7
週明け出社すると、部長に呼び出された。
進捗の説明なら全て終えていたはずだ。一体なんだろうと思いながらも、部長の下へ向かった。
「おはようございます」
「あぁ、小山くん。きみ…有給どのくらい残ってたかな。例のプロジェクトも一区切りついたことだし、少し休んだらどうだ」
有給は、一回も使った事はなかった。使いたくないわけはなかったが、スケジュール上使う事ができなかったのだ。有給を買い取って欲しいと、何度思ったことか。
「はい、それは構いませんが…それでは今のプロジェクトが終わったらまとめて休暇を頂きたいと思います」
「あぁ、それな…」
部長は何か言いにくそうにしていた。いい予感は、しなかった。
「もうひと段落したようだったからな…後は小林君に任せてみたらどうだ。彼なら経験も豊富だし、以前クライアントの方とも仕事した事あるみたいだからな」
僕は唖然として、固まってしまった。血液が引いていくような感覚がある。
「…つまり、」少しの沈黙の後、僕は口を開いた。
「つまり、僕はもう降ろされたという事ですか」
ようやく搾り出した言葉は、震えていたかもしれない。
「そう言ってしまうとアレなんだが…今回の件では君も疲れただろうから、ゆっくり休んでもらいたいんだ。小林君ならうまくまとめてくれるだろうから」
部長は小林さんに任せたがっているようだった。
不必要と思えるまでに状況報告を徹底させたのは、この目論見もあったのだろうか。
部長の中ではもう、答えは出ているように思えた。
「そうですか…わかりました」
僕はそれだけ言って、喫煙所に向かった。
喫煙所には小林さんがいた。
「小山」
僕は誰とも顔を合わせたくなかったが、話しかけられてしまっては仕方が無かった。
「その顔だと、部長から話聞かされたみたいだな」
「はい…」
僕はどんな顔をしていいのかわからず、何も言えなかった。
小林さんとしても尻拭いをさせられ、いい気分ではないかもしれなかった。
「今回の案件、お前はよくやったと思うよ。初めて任された仕事でこんな大きなプロジェクト、普通はここまでできないぜ。色々勉強になっただろう?あそこのお客さんは特に、向こう側の情報認識にズレがある事が多いみたいだからな。そこら変も特に確認しておかないとな」
小林さんは言ってくれた。
「…はい。ありがとうございます。小林さん、尻拭いさせるような形になってしまってすいません」
「や、気にすんなよ。お前がほとんど調整してくれてたみたいなもんだからな。後はまぁ、上手くまとめるさ」
午後は未申請だった交通費の申請や総務へ提出する書類の整理をした。
ここ数か月分、溜まってしまった書類は結構な量になっていた。
書類の整理に午後一杯を費やし、明日からの有給を申請して定時に会社を後にした。
定時に会社を出るのは久しぶりだ。外はまだ、少し明るかった。
なんだか忙しかった日々が嘘のようだった。
どこかに寄って帰ろうかとも思ったが、一人で寄るような店は知らなかった。信人を誘おうかとも思ったが、今日は会社で見かけなかった。
そういえば実家に帰ると言っていた。もしかしたら、まだ戻ってきていないのかもしれない。
僕は地元の駅で降り、コンビニに寄った。
あまり一人で酒を飲む習慣は無かったが、ビールとつまみを買った。
いざ早く帰って来ても、やる事が見当たらなかった。
これから一週間、何をすればいいだろうか。
とりあえずテレビをつけてみたのだが、久しく見ていなかったので何をやっているのか全くわからなかった。
バラエティー番組はつまらなかった。お笑いがブームのようだったが、少しも面白いと感じる事はできない。
ニュースは暗い話ばかりで気が滅入りそうだったのでやめた。倒産、不祥事、殺し…世の中は問題が山積みのようだった。
適当にチャンネル回していると、外国の風景が流れてきた。どうやらドキュメント番組のようだった。
何となく見始めたが、なんだか止まらなくなってしまった。
おそらくヨーロッパの田舎の方だろうか。
とある家族が自宅の裏の古くなった巨木を試行錯誤しながら切り倒すまでの過程を淡々と放送していた。
自分が生きている社会とは全く違うルールや価値観の中で生きている人たち。
当たり前だけど、なんだか不思議な気がした。
最終的には、巨木は切り倒された。
その木は何十年にもわたり、家を強風から守ってくれた大切な木だったそうだ。
「かわいそうだが仕方が無い」と、一家の主は言っていた。
かわいそうだが仕方が無い。
何故だか僕は、この言葉に身震いした。
昔はこんな番組見たりした事はなかった。
何が楽しいのかはわからないのだが、僕は目が離せなかった。