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由紀ちゃんは、泣きながら川の中で何かを叫んでいた。
そんなに大きい川ではない。膝上ぐらいまでしか深さは無いだろう。
って、そういう問題じゃない。
由紀ちゃんのお母さんも下にいて、川岸から由紀ちゃんの名前を呼んでいた。
お母さんは泣いていた。
僕は見ていられなくなって、下に降りていった。
「あ…小山くん…」
「どうしたんですか。由紀ちゃん」
「わからない…もうわからない」
由紀ちゃんのお母さんは、力なく首を振るばかりだった。
僕は川に入り、由紀ちゃんの前に立った。
「由紀ちゃん、大丈夫。戻ろう、あっちお母さんもいるから」
僕は何を言っていいかわからず、よくわからない日本語で由紀ちゃんに話しかけた。
由紀ちゃんは尚も泣き喚き続け、水を激しく波立たせた。
誰か助けて。何もわかんない。誰か助けて。
由紀ちゃんを岸まで連れ戻したあと、僕はお母さんに家に招かれた。
「ありがとうね本当に。私一人じゃどうしようもなかった」
僕は何も言わずにコーヒーを頂いた。
コーヒーは、コーヒーの味がした。
「あの子、昔はあんなじゃなかったでしょう。高校でちょっと色々あって、学校いかなくなっちゃって、それからずっとあの調子で…」
僕はあまり由紀ちゃんのことは知らなかったが、彼女はかわいい娘だった。
「由紀ちゃん原宿でスカウトされたらしいよ!」なんて、以前妹が言っていたのをふっと思い出した。記憶と言うものは不思議なものだ。
きっと、彼女には多くの悪意が向いてしまったのだろう。それが彼女である必要があったのかどうかは知るところではないが、僕には何もできなかった。
コーヒーを飲み終わり、僕は家路に向かった。
家に着く頃には、辺りは暗闇に支配され始めていた。
支配…文字だけみるとどちらも悪い意味には取れないのに、組み合わさるとマイナスイメージになってしまうのは何故だろう。
人はみな、何かに支配されている。
自由であった事なんて、もしかしたら生まれてからこの方なかったかもしれない。
しかし、何かに支配されている感覚を覚えず生きていた時代は確かにあったのだ。
僕はいつしか、そんな感覚があったことさえ忘れていた。
人間は幸か不幸か、多くのものを忘れて生きていく。忘れてしまった事すら忘れて。