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僕の住居は都心から一時間ほど離れたところにあるアパートだ。
以前は家族と住んでいたのだが、二年前から一人になった。
温泉に向かう途中、自動車事故で、死んでしまったのだ。後ろを走っていた居眠り運転のトラックに追突され、そのまま押しつぶされてしまった。
僕は仕事中にその知らせを聞いた。何がなんだかわからなかったが、現実を受け入れるしかなかった。何がなんだかわからなくたって、時間は前にしか進まないんだ。
公園を出てしばらく歩くとY字路があり、右に曲がると急な坂が現れる。
坂を下るとさして大きくない川が流れており、その川を境に住宅街が急に終わり、田んぼが広がっていた。
彼女は橋を渡って行ったようだ。
夕暮の少し涼しい風に当たりながら、僕もぶらぶらと歩いていった。
田んぼの中に公立高校が建っており、部活動に打ち込む生徒達の声が聞こえてきた。
僕が通った高校ではないが、学生時代を何となく思い出した。
学生時代、僕は陸上部だった。
中学時代はサッカー部だったのだが、団体競技が煩わしく感じ、陸上部に入部したのだ。
陸上は、さすがに練習まで一人でと言うわけにはいかなかったが、最終的には一人で戦う事になる。
周りの余計な事を考えないでただひたすら腕を振り、足を回す。
性に合っていたようだった。
走り始めてから次第に何も考えなくなり、自分の呼吸の音だけが聞こえてくる感覚を、僕はずっと忘れていた。
意識が完全に高校時代に戻りながら、僕はカーブを曲がった。
僕は目の前に急に現れた白いものに驚いて、現代に戻ってきた。
彼女が立っていた。ちょうど小屋の裏になっていて、僕の視界からでは気がつかなかったのだ。
目と鼻の先に彼女は立っており、僕は驚いた。
今更出あるが後をつけてしまったような形になり、何か罪悪感のようなものを感じて僕は動揺した。
と、彼女が笑った。
さわやかな笑みではない。もっと何か、背筋が寒くなるような笑顔だった。
僕は慌てて彼女を追い越し、なんでもなかったフリをして歩き出した。
彼女は、高校で何かあって、壊れてしまった。
以前そんな噂を近所で耳にした事があった。
僕はその手の興味本位で飛び交う噂話が嫌いだったので余り耳を貸さなかったが、ふとそんな話が頭をよぎった。
日はもう落ちかけていた。カエルの鳴き声の中、僕は再び川を渡り家路を急いだ。