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物語は続くよ、世界の果てまでも⑧

今日も空しく回ってばかり

気づいてほしくてカラカラ音を立てるけど

今日も空しく笑ってばかり

君は変わらずカラフルな子に首ったけ


肝心なところで吹くのはいつも臆病風

背中を押してくれる時は来るのかな

全然悲しくないのに泣いちゃうのはなぜ?

一回でも近づける日は来るのかな


赤に青に黄色

私は色んな顔をしているのに

君はいつも涼しい顔

早く早く見たい

一度でいいから笑わないから

君が含羞(はにか)むとこ

それまで私は回っているから



「良い曲だろー、俺の娘が友達と作ったんだぞ! しかも初めて! 今年のレコード大賞の新人賞はこの曲に決まりだな! お前もそう思うだろ、な?」

 

 いつの間にか元に戻っていたぬれ縁に僕と、タマの父親と、タマの祖母の三人で腰を掛けて、タマと多武さんの演奏を聞いていた。白タオルはズボンと腰の間に挟んでいる。

 

 セミの合唱をものともしない歌声を、目を閉じてじっくり聞き入りたかったが、さっきから父親が肩をバシバシ叩きながら同意を求めてくるせいで集中できない。


「お、お父さん……このままだと肩が外れそうです……」

「チミにお父さんと呼ばれる筋合いはない。ねぇ、お母さん?」

「全くです。ぶぶ漬けを顔に塗りたくってやりたいわ」

「さっきタマの祖母だって名乗っていたじゃないですか」

「それは嘘よ。この程度の嘘にも気づけないぐらいでは、とてもタマを任せる気にはなれませんね、お父さん?」

「ふむ」

「えー……」

 面倒な人がもう一人増えた……。


「ファーザーは普段何をされているんですか?」

「チミにファーザーと呼ばれる筋合いはない。ねぇ、マザー?」

「全くです。ぶぶ漬けを……」

「そのくだりはもういいですって!」

「だがね、チミ。普段何をしているのかを言うのは普通、貰いに来る側じゃないのかね?」

「別にお宅の娘さんとはそういう関係じゃ……」僕は頬が赤くなるのを自覚しながら否定する。「それに、僕みたいなチビじゃ娘さんとは釣り合わないですよ」

「人間、見かけより密度だぞ。てか、まだなってないのか。早くしないと他のイケメンに取られちゃうぞ?」

「何でそんな他人みたいに。アナタの娘でしょうに」

「まぁ、今だけな」

「……」

「え、どういうことですか?」


 真意を聞こうと父親の方を向くと、

「パパー!」演奏を終えたアホ毛ポニテ毛玉ことタマが跳ねながらこちらに来る。

「おーよしよし。タマはいくつになっても甘えん坊だな」タマを抱きとめて、高い高いをする父親。子供の方がそういうことをされるにはかなり歳を取っていることに目を瞑れば微笑ましい光景だ。


「パパ、じゃかじゃか! 『Salt days』!」ギターを弾く動作をするタマ。

「本当にその曲好きだよな―お前」娘の頭を撫でる父親。「だけど、パパはこれからお出かけしないとなんだよ。良い子にして待っていられるか?」

「……うん」

「すぐに戻るからな。それまでは、マイナちゃんといっぱい練習して上手になるんだぞ。約束な」小指を立てて指切りをする。


 帰ってきたばかりなのにもう出かけるのか、忙しいんだなー、とボケーとしながら思っていると、

「ほれ、行くぞ坊主」

「えっ? 僕もですか?」

 タマの父親に手首を掴まれて玄関の方へ引っ張られる。

 背中の方から、ピアノとギターの音が聞こえ始めた。



 出かけるというから、てっきり家の敷地を出るのかと思っていた。

「あれー、どれだったかな」無数にある鍵を一個一個鍵穴に指しては引っこ抜き、指しては引っこ抜きを繰り返す父親。


「家ん中入るんだったら縁側の方から行けばいいのに。 あと、どうして僕を連れてきたんですか? 演奏を聞きに戻りたいんですけど。ずっと立ちっぱで足が痛いです」

「ブー垂れるなって。旅は道連れってよく言うだろ?」

「旅ならお一人でどうぞ。僕は戻りま──」


 ガチャ。

「ふっふーん」何故か得意げに笑う父親。

「おめでとーございます。いってらっしゃいませー」

「お前も来るんだよ!」


 肩に腕を回された。逃げられない。助けてくれー。

「なーに、ちょっとお話するだけだよ」

「カツアゲですか⁉」

「違う、違う」


 その後に続いた言葉を聞いて、僕は絶句した。

 父親は僕の耳元でこう呟いた。

 

 この(せかい)についてだ、と。



 扉の向こうはごく普通の(と言っても一般的な家と比べてかなり広い)玄関だった。靴を脱ぐと「すぐに必要になるから持っていけ」と言われた。

 

 縁側が開いているからとはいえ、タマ達の演奏がクリアに聞こえる。

「……」

 

 一気に不安になる。僕がこの世界の住民でないとどうしてバレたのだろうか。どこに連れていかれるのだろうか。その場で言えない内容なのだろうか。

 

 靴を持ち、タマの父親の後についていく。何度も曲がり、長い廊下を直進すること数回。突き当りの障子を開けると、そこには八畳ぐらいの和室。

 

 そして、入って左手側に僕はおろか父親の背を優に超す大きさの、杉と桜が描かれた襖が鎮座する。


「開けてみろ」

「はっ? いやいやこんな大きな扉開けられるわけ──」

「いいから」

「……! は、はい……」


 絵が描かれた面を横に擦るようにスライドさせる。襖は軽くて、簡単に開いた。


「何だここ……。神社?」

 所々塗装が剥がれた朱色の鳥居と石の鳥居、砂利の海に浮かぶ石畳、苔むした石階段。その上った先は、暗雲が立ち込めていて頂上が隠されている。


「ほれ、行くぞ」父親が僕の背中を押した。

「ち、ちょっと!」それを追いかける僕。「ここどこですか? 家の中に神社とか聞いたことないですよ!」

「そりゃ(ゆめ)だからな、何でもアリさ。深く考えるな、都合良く受け入れろ」

「夢って……この世界が現実じゃないってわかってるんですか? もしかして、本物のタマのお父さん──」

「それは違うわ」

 

 朱色の鳥居の陰から人影が。その声色はついさっき聞いたものだった。

「さっきぶりね、坊や。アナタに会いたくて来たわ」

 

 現れたのは、タマの母親だった。

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