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物語は続くよ、世界の果てまでも⑥

 放課後。今日はバイトがないウメタカと一緒にM駅構内にある本屋に立ち寄る。目的は『世界(あなた)に恋したオトメ達』である。

 

 展開に難癖つけていたとはいえ、ハッピーエンドが好みな僕を十分に楽しませてくれているし、何より、あの人が勧めてくれたのだから買うほかない。さっきから、次に会った時に買ったことを言ったら彼女はどんな反応をしてくれるのだろうと想像しては笑みを堪えてばかりだ。


「小説のことは詳しくないが、デカいタイプって結構高いんじゃないのか?」

「うん。一八〇〇円+消費税」

「一冊でそんなに……。小遣い大丈夫か? またバイトやった方がいいぞ」

「えー? 面倒だしヤだなー」

「面倒でも、今からバイトして金を貯めておかないと後々大変だぞ。親御さん、高校出た後の金は出してくれないんだろ?」

「そうみたいねー。かといって今すぐバイトってのも気が引けるし」

「コンビニの時みたいなことは流石にないと思うが。なんなら俺んとこで働けばいい」

「んー。考えとくよ」


 お茶を濁しながら歩を進める。


 バイト、ねぇ。


 十月頭から三月末までコンビニでバイトをしていたんだけど、先輩は業務内容をちゃんと教えてくれないわ(マニュアル本の場所すら教えてくれなかった)、煙草の銘柄が分からず「番号でお願いします」って言ったらキレられてライターを投げつけられるわ、良い歳してろくに身なりも整えず母親らしき女性を大声で罵る男に「他のお客様のご迷惑になりますので店内ではお静かにお願いします」って注意したら目を付けられてシフトの度に嫌がらせされ、挙句の果てに僕が辞めさせられるという踏んだり蹴ったりですっかり労働意欲を失ってしまった。


 働くって、社会に出るってこういう理不尽な目に遭うことなんだろうなぁ。耐えた末に手にできる給料で自分のやりたいことをやったり、欲しいものを買ったりすることでモチベーションを保つことが出来るのかもしれないけど、僕にはそういうのがないからイマイチやる気が湧かなかった。どうせ税金とか年金とか最低限の生活費のために働かなきゃならないんだろうけど。何か明確な目標とかそういうのが欲しい。


 まぁ、高校卒業まで約二年あるし、もしかしたら何かの弾みで働く気になるかもしれないから、それまでは遊惰に過ごしてもバチは当たるまい。

 これも、面倒が故の思考放棄なんだけど。



「置いていなかった……」

「そう気を落とすな」


 予約したが、届くのは最低でも二週間後とのこと。楽しみにしていただけあって、先延ばしになった時のショックも一入だ。ちなみにウメタカの欲しかった漫画はあった。


 欲しいものが買えなかった時によく湧き上がる、何か別のもので埋め合わせしたくなる情動に思考をジャックされた僕は、上の階にあるフードコートに向かっていた。


「自棄になるなって。本が買えなくなるぞ」

「止めるでない! この苛立ちはマクドらないと収まらない!」


 プンスカした僕とウメタカを乗せてエスカレーターは上昇する。僕の自棄食いスピリットが作用しているのか、照明が生み出す僕の影が時折僕を置いていこうと先走っては消えて、先走っては消えて、を繰り返す。


目的の店がある階に到着すると、

「あれ、メーメー? 大友君も」

予想外というか、夢でお会いして以来ですねというか、そもそも僕達同じクラスだねというか、何というか磐井さんと遭遇した。


「メーメー、どうかした?」

「いやー別に何でもないでございますよ磐井さん……」


 夢の中とはいえ、女子を下の名前で呼んだり手を繋いだりしたのが気持ち悪いくらい思春期な僕には刺激が強すぎて、今朝廊下で見かけてから気色悪いくらい磐井さんを意識してしまっている。てか照れて顔が見れない。それはいつもか。


「奇遇だな。何か買いに来たのか?」

「えっ? えーっと……参考書買いに八階の本屋に!」

「? 本屋は一年ぐらい前に潰れたよ」

「あ、そういえばそうだったー……じゃなくて! あれ、そうだっけ? すっかり忘れてた」

「……何か隠してるの?」

「どどどどうして?」

「……人って誤魔化そうとする時は右上を見るんだって最近どっかで聞いたから」

「嘘っ! 全然向いてないし!」

 と言いつつ、磁石に吸い寄せられるように右上を向く磐井さん。わかりやすっ。


「……あ、そうか! 別に二人に隠す必要ないんだ! えっとね、注文したCDを取りに来たんだ!」

 不自然な変わりように僕とウメタカは唖然とする。あえて気づいていないフリして、

「……誰のCDなんだ?」

 とウメタカが尋ねる。


「『(まゆ) 絹一(けんいち)』っていう、あんまり人気がない人なんだけど」

 『How K root cat?』のボーカルの名前だ。


「九年ぶりに曲が出たからどうしても欲しくて。……メーメー達は何しに来たの?」

「欲しかった本があって駅の中の本屋に行ったんだけど在庫が無くて。取り寄せに二週間以上かかるって言われた腹いせに今からフードコートでマクドろうかなって」

「ありゃ、それは災難だ。でも、確実に欲しいなら前もって注文しないと。私みたいにね!」


 そう言って磐井さんは誇らしげに胸を張る。毛玉の中に手を突っ込んだ時に感じた感触が空気を読まずに蘇る。いや、あれはあくまで夢だから。夢夢。夢、夢、夢かぁ……。


「CDショップも確かこの階だったな。何なら一緒に行くか?」

「あ、だったら私もちょうどお腹減ってたし、先に何か食べてかない?」


 僕が己の煩悩と戦っているうちに二人の間で話が決まっていた。

「そうと決まったらレッツラゴー!」


 先陣を切る磐井さんの揺れるポニテを眺め、あることに頭をモヤらせる。


 ウメタカと磐井さんってこんなに話すような仲だっけ?


「随分親しげだね」

「そうか? 去年の体育で同じグループだったってだけだが」

「ほぉー」

「妬いてんのか? 安心しろ、奪ったりしないから」

「べ、別にそういうのじゃないし。磐井さんのことは単なる友達としてしか思ってないんだからね!」

 あれぇ、片想い中の典型的な反応しちゃってるぞ? 


 いやいや、友人の交友関係が気になるのはおかしなことではないんだから嫉妬とか好意とか独占欲とかじゃ。でも、夢の内容的に僕は磐井さんのことを憎からず思っているのは確かだし、しかも構図が飼い主とペットだったってことは……。やだぁ、ヘンタイじゃん。



「メーメー、結局マックじゃなかったんだ」

「たこ焼きの方が空いてたし。タ……磐井さんはドーナッツ?」

「うん。せっかくだしチョコや砂糖がいっぱいかかってるの選んだ!」

「すっごく甘そう……」

「あれ? メーメーって甘いもの苦手?」

「コーヒーさえあれば大丈夫かな」

「流石、常にコーヒーの香りがする男。……まだ喫茶店で寝てるんだっけ?」

「うん、まーねー。あ、見てたら口の中がジャリジャリしてきた」

「また砂場の砂利食べたの?」

「食ったこと一度も無いんだけど⁉」

「悪い、待たせて。何かあったのか?」

「メーメーがまた砂利食べてたみたいなの」

「またやったのか。近くに冷水機あったからそこで口を濯いでこい」

「酷いわ……僕がそんなことをするような人じゃないって知ってるくせに」

「うーん、そうだったっけ?」

「躊躇いなく大抵のことはやるってイメージだが」

「えぇ! 今のは深く傷ついたよ! お詫びに磐井さんの一番甘くなさそうなドーナツとウメタカのクレープの苺を頂くから!」

「いいけど、その代わりにメーメーのたこ焼きも貰うよ」

「俺はこのコーンが一番多く乗ってるやつを貰おう」

「じゃあ大友君にはこれをあげるね」

「ありがとう。それじゃあ俺はクリーム多めのバナナを」

「わっ!」

「あ、悪い……」

「ううん、こっちこそ。バナナありがと!」

「これじゃただの交換っこじゃん」

 

 そんなやり取りをした後、早く家に帰る理由も無いし磐井さんについていくことにした。

 

 容器を設置されているゴミ箱に捨てていると、ふと、あることが気になった。


「磐井さん家ってこの辺なの? 外、結構暗くなったけど帰り大丈夫?」

 彼女がここからだと自転車で四十分以上かかるGu中出身だと既に知っているのを隠しつつ、そう尋ねると、


「うん。バスで帰るから」

 家に配送してもらえばよかったんじゃ? は踏み込み過ぎだろうか。わざわざここまで来ているってことはそれなりの理由があるんだろう、くらいの察しは流石につく。


「家の近くにCDショップないの?」

「……実はさ、近所にあるイオンのタワレコでCD受け取ろうと予約したんだけど、間違えてこっちの方に指定しちゃって」

「タワレコってM市だとここしかないけど?」

「あれー、そうだっけ? あはは……」

 磐井さんは誤魔化すように笑う。視線はまた右上を向いている。


 隣のウメタカと目が合う。深く追求すべきではないという認識を確認し、じゃあ行こうか、と提案した。

 

 受け取りに行った磐井さんを待つ間、僕とウメタカは店内を徘徊する。

「普段はゲームのBGMぐらいしか聞かないから、今どきの曲はよくわからんな」

 と、ウメタカは呟く。そういえば、中三最後の大会では壊れたラジオみたいに『あのお方のテーマ』をずっとリピートしてたっけ。僕も最近の曲なんてさっぱりだ。強いて言えば『たぶん私の人生』ってボカロPの曲をたまに聞くぐらい。知る人ぞ知るって感じの雰囲気が好き。

 

 テキトーにプラプラしていると、ひときわ店員の熱量が込められたブースを見つける。

「POPだらけでむしろCD取り出しづらいでしょ、こんなの……」

「今日の朝、テレビで特集やってたな。『ネバネバ・スタローン』だったか」

「『ギブネヴァー・シルベスタ』だよ……」

 

 今、テレビやネットの話題を掻っ攫っている人気ロックバンド『ギブネヴァー・シルベスタ』はリーダー兼ボーカルのブレイク、ギターのデストロイ、ベースのクラッシュ、ドラムのスポイルの四人組で元々はYouTuberだった。バンドデビュー四年目にしてYouTubeにアップされたデビュー曲『LAKURAI』のMVは再生回数が四千万を突破し、『中高生が選ぶ好きな若手有名人ランキング』では男女共にメンバーが全員二十位以内に入るという快挙を成し遂げた、押しも押されもせぬグループだ(POP参照)。

そして、メンバー全員がここM市出身らしくて、来週の土曜と日曜の二日間で凱旋ライブを行うとのこと(ウメタカ談)。昨日、M高の三人が騒いでいたのはこれだったのか。


「去年くらいに、M女子高校の女子数人が制服のままこの曲に合わせて踊ってる動画がネットに出回ったらしい」

「自分を切り売りして、何がしたいんだろう? 芸能事務所からのスカウト待ち?」

「お待たせー! 何の曲聞いて……」

 CDが入った袋を持った磐井さんの足が唐突に止まる。


「磐井? どうした?」

 袋を大事そうに胸に抱え、喜色満面を戦慄の色で塗り潰し、肩は細かく震えている。立ち止まったまま一歩も動こうとしない。


「磐井さん⁉」

 僕は心配になって彼女に駆け寄る。俯いたせいで前髪が垂れて見えないその顔を覗き込むと、磐井さんはギュッと目を閉じ、口を固く結んでいた。何かを堪えているかのようだ。


「具合でも悪い? どっか座れる場所に行って……」

「ううん、大丈夫! ちょっと立ち眩みしただけだから……」

「本当? ちょっとってレベルには見えないけど。あ、水飲む? 高校で買ったまま口をつけてないやつあるから。ほら」

「いいっていいって! 本当に平気だから!」

 彼女の手が差し出したペットボトルに当たって横に飛んだ。


「ご、ごめん……。でも全然大丈夫だからさ。ね? ……ほら! 早く出よ?」

 リュックに買ったCDをしまい、磐井さんは早足で店を出る。


 ウメタカと再び顔を見合わせ、若干語気が荒くなった彼女の後についていく。

 

 心なしか、あれだけ元気に揺れていたポニテから溌剌(はつらつ)さが抜け落ちてしまった。

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