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物語は続くよ、世界の果てまでも㉓

 二週間後の月曜日。昼休みを迎えたM北高校は陽気によって廊下や窓、机、黒板、そして生徒や教師といった校内のあらゆるものに青春の色が加わり、二度と生まれない空気を醸し出している。そんな中、窓から差し込む日光と「お前、何、我が物顔で歩いてんねん」と言わんばかりの視線を浴びながら、僕はさっき購買で買った総菜パンを抱えて一階の空き教室を目指す。


「おいっすー」

「……⁉ って、誰かと思ったら継橋君じゃない。驚かせないでよ」

「ごめんごめん。もし良かったら一緒にお昼食べない?」

「えっ⁉ え、えぇ、まぁ、いいけど……どうして急に」

「たまには同じものを好いている者同士で語り合うのも良いかなって」

「? そ、そう……」


 多武さんの目の席に座り、後ろを向く。これから始まるサプライズで多武さんがどんな反応をするのか楽しみで、細胞という細胞が浮足立っている。


「どうしてそんなにソワソワしているの?」

「それは、漲る青春の活力が抑えきれないからです」

「どうして時間を気にしているの?」

「それは、これから始まる歌姫の誕生が待ち遠しいからです」

「歌姫?」

「しっ! もうそろそろ……」


 ピーン、ポーン、パーン、ポーン!


「さぁーて今週も始まりました。『M北に有名人が来た!』サポーテッド・バイ新聞部! ナビゲーターの江戸川です! 今週の有名人は、今までとは違って『これから有名になるかもしれない』生徒を紹介する! しかも正体は明かさないときたもんだ! 気になるだろ? ではまず、件の謎のシンガー『四時輪(しじわ) (めぐり)』のデビュー曲を聞いてもらおうか!」



一人っきりで静かにババ抜き

見てるのはケースのジジだけ

だけど時間は止まってくれない

カードも心もシャッフルされる


床に置かれたトランプの扇

どこに笑うババがあるのかな

このまま私の勝ちでいいの

怒って、止めに来なくていいの


いない君と視線を交わし 指を伸ばしてカードに触れる

「こっちかな」「さぁ、どうかな」

そんな笑い声が恋しい


一人っきりで静かにババ抜き

見ているのはケースのジジだけ

真っすぐ落ちてくペアのカード

顎で交わる涙みたい

どこにも二人はいない



 スピーカーを見上げる多武さんの目が揺れる。

「どういうこと……? この歌声は、タマ?」

「タマ? はてさて何のことやら」

「どうしてとぼけるの? この歌声、タマ以外に──」

「歌っているのは四時輪 巡ですよ。本人がそう言っているんだから、そうなんです」


 交渉は驚くくらいスムーズに進んだ。


 新聞部の部室にタマの曲が入ったCDを僕一人で持っていき「秘かに歌手を目指している生徒がいるんですけど、せっかくなら思い出に残るデビューをしたいってことで新聞部の力をお借りしたいんですけど」と言った。


 当然部員達は渋い顔をしていた。


 申し出の内容もそうだけど、何せ僕は悪名轟く思い出殺し(メモリー・ブレイカー)。関わっていることがバレたら学校で孤立する可能性は大いにある。


 だけどR先輩は「敢えて素性を明かさないことで神秘性が生まれて、学校内で大きな話題になる。そして、謎のシンガーとコンタクトを取れた唯一の団体ってことで新聞部の名が一気に有名になる!」と大喜び。他の部員が僕と関わることのデメリットを暗に示すと「むしろ好都合。二つの意味で身が引き締まって秘密が漏れる心配もなくなる」と願ったり叶ったりといった感じ。交渉は成立。僕が仲介人となって取材を受け、今日、放送する運びとなった。

 

 歌は二番の中盤。多武さんは驚きのあまり目を見開きながらも聞き惚れている。

 

 そして曲は、かつては父親に気づいてもらうために歌っていた少女が、今度はたった一人の親友のために作った曲は、クライマックスへ。



涙のスペード

優しさのハート

思い出のダイア

幸せのクローバー

重なって重なってできた私達の塔

どうして簡単に崩れちゃったんだろう?


一人っきりで静かにババ抜き

見ているのはケースのジジだけ

もうすっかり見慣れたカード

飽きずにまた繰り返してる

一人っきりで静かにババ抜き

会いたいのは近くの君だけ

ほくそ笑む意地の悪いババ

次は君から引かせてね



「どうでした? 四時輪さんの新曲『一人ババ抜き』は」

「な、に……何よこれぇ……。いつ、こ……こんな曲作ってたのよぉ?」涙ぐんで呂律が回っていない多武さん。

「メロディーは年末にほぼ完成してて、歌詞は二週間前の月曜日から金曜日にかけて考えたって言ってました」


 泣き崩れる。言葉としての体をなさない啼泣が机の上を雫で濡らす。


「あ、そういえば」僕は白々しく独りごちる。「ついこの前あった時、四時輪さん『一人じゃ音に厚みを持たせられないよ。一緒に演奏してくれる人、なるべくならギターが弾ける人がいたら嬉しい』って言ってたなー」


 伏せていた顔を勢いよく上げる多武さん。


 「でも、困ったなー。僕もウメタカもギターは弾けないし他に思い当る人は……あ、確か多武さんってギター弾けますよね? もし良ければ参加してみませんか? 四時輪さん、今は音楽室にいますし、ギターは準備室にあるからすぐにオーディション──」

 

 僕の言葉を待たずに飛び出す多武さん。

 

 その後ろ姿を見て、二人の素敵な曲がまた聞けるのが楽しみになった。

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