物語は続くよ、世界の果てまでも㉑
「お疲れ様、メイセイ君。良い焼かれっぷりだったわ」
「一生聞くことのない賛辞をありがとうございます……って、アレ? 出てこれてる」
「驚いたよ。ステージの上で燃えるだけ燃えたら急に扉の前で倒れているんだもん」
「そうなんだ。……ところで、この頭から伝わる極上フィット感は、もしかしなくても膝枕ですか?」
「ええ。そうよ。本当は白ウサギを枕代わりにしたかったんだけど、捕まらなくて」
「嫌って程、抱き枕になってあげたんだから勘弁してよ」
「ありがてぇ……。家宝にします」
「非売品よ」
グルグルグルグル。
「ちょっと、ミキサー車みたいに回らないで。くすぐったいわ」
「頑張ったんだからこれくらい許してください。てか、ここから会場内を観てたんですか?」
「ええ、モニターで」
「恥ずかしいですね。全然マトモなこと言えませんでしたから」
「そう? 私はああいう素直な言葉、好きよ」
「僕もマキさんが好きです」
…………。
「あ、僕は何を言って……」
「ヒュー! 突然の告白! 青春だね」
「あばばばば……やってしまった」
「急な芥川。それで、返事はどうなの、マキ?」
「そういうのには……興味がないわ。今は……」
「だってさ。残念だったね、少年」
「……」
「そ、それより、現実のヒツジちゃんのことだけど」
「あーはい。もう一仕事頑張ります。だからもうちょっとだけ膝枕してください」
「はぁ……わかったわ」
「そういえば、マキさんを一回も高校で見かけないんですけど何組なんですか?」
「えっ? 高校? 何の話?」
「マキさんもM北ですよね。しかも青いリボンってことは僕とタメじゃないですか」
「あー……ごめんなさい。私、もうM北の生徒じゃないの」
「え?」
「一昨年、卒業したの」
……?
「でも、初めてあった時、制服を着てましたよね?」
「あの時は、他の服が乾いていなくて……」
「一昨年卒業ってことは、今は十九か二十歳ってことですか?」
「えぇ。年上は嫌い?」
「そんなことは全くないですよむしろそっちの方が好みですよはい」
「そう、良かった」
「じゃあ、現実に戻ったら会えない……」
「そんなことないよ。マキは大抵、あの図書館に出没するから。そもそもあそこか駅構内の本屋くらいしか行くとこないし。ボッチだから」
「ふん!」
ブン!
「あーーーーーれーーーーーー」
「また会えるんなら良かったです。今度は、僕がオススメの本を紹介しますよ」
「ふふっ、楽しみにしているわ」
ナデナデ──
翌月曜日。狙ったわけではないけど、音楽室での一件からちょうど二週間後。
「お、やっぱり今日もいた」
「……⁉」
いつぞやと同じく、ピアノの奥に腰掛け、目を丸くする磐井──タマ。
遠慮することなく音楽室に入り、ピアノに近づく。
気まずそうに俯くタマの姿があの人に似ていることに安堵するのと同時に可笑しさが込み上げてきて、小さく噴き出してしまう。
「……?」
「あー、ごめんごめん。こっちの事情」軽く手を振ってはぐらかす。「んで、もういい加減聞いてもいいよね? こっちは二週間待ったんだから」
「えっ?」
「いやいや、わかんないって顔はなしよ」表は出来るだけ剽軽を心掛け、頭の中では踏み込み過ぎず遠回りし過ぎないように気をつける。「前にここで『空回りする風車』の話をしてから今日まで、凄い余所余所しいじゃん? どゆこと?」
「そんなことないし普通だし意味わかんないし」不機嫌そうな顔して楽譜の方を向くタマ。「今、忙しいから後にして。伴奏の練習しないとだから」
「前は僕に個人レッスンしてくれたのにー? 歌まで歌ってくれたのにー?」
「あれは……」
沈黙。ふ──む。一歩進んでみるか。
「ギブネヴァで知ったんじゃないからね。二人の歌」
「⁉」
突然横から雷鳴が轟いたかのように身をビクつかせるタマ。
「やっと目が合った」
やっべー、女子とこんな近くで見つめ合ったことないからドキがムネムネし過ぎて破裂しそうだ。でも、頑張って耐えて言葉を続ける。
「練習の邪魔してるのは申し訳ないと思ってる。でもね、何の説明もなく一方的に拒否されてモヤモヤしてるし、ちょっとだけムカついてんだよ、こっちは」
「……」
「今すぐじゃなくていいから教えてほしいなぁ。僕はいつでも聞く気満々だから」なるべく穏やかな声色を意識する。「じゃあ、お暇しまーす。また教室で」
返事も聞かず、そもそも返事をしたのかもわからないまま、音楽室を出る。
甘やかし過ぎず、厳し過ぎず。これが僕の出来る最大限の優しさだ。
五限の古文と六限の英語表現はずっと電子辞書で小説を読んでいた。
帰りのHRが終わり、解散。愛しでも何でもない自宅に帰るためにリュックを背負い、廊下に出る。
すると、
「待って。あの……」
呼び止める声。誰何するまでもない。
「この後時間ある?」僕のリュックを握るタマ。「話したいから」
「ん」短く返事する。
「どこかで……他の人に聞かれたくないから……」
「じゃあ、天川の東屋は?」
「……⁉」
驚きの息を漏らしたのがわかる。もしかしてあの場所は二人にとって想い出の場所なのかもしれない。
雑踏は銅像のように硬直する僕達を物珍しそうに見て、邪魔そうに顔を顰めて、ニヤニヤ笑みを浮かべて、それでも結局は通り過ぎていく。
お互い一歩も動かない。僕に動く気はない。珠が動くまで。
「いいよ」タマは僕にしか聞こえないくらい小さい声で言う。「行こう」