物語は続くよ、世界の果てまでも⑳
バーサーカーが暴れ回る中、スタンド席の一番上まで行き、マキさんから貰った糸をアリーナ席の真上の天井目がけて思いっきり投げる。平然とそれを口から出した時は驚いたし、それを手渡された時は新たな性癖に目覚めそうだった。
「よし、引っかかった」下に引っ張って確かめる。そんなバカな、と思うかもしれないけど、マキさんがそうなるように創ったんだから仕方ない。
「ハチャメチャにも程があるでしょ……。いや、今までも結構アレだったけど」唾を呑み込んで呆れ混じりの溜め息をつく。これも記憶に残すためなんだろうか。
強く目を瞑り感情が凪ぐのを待ち、腕に糸を巻きつけず握力頼りでターザンをする。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ! こえぇぇぇぇぇぇ‼」
加速するにつれて下のサイリウムが点から線に変化する。
手を離すタイミングを完全に間違えて、スクリーンに激突する。ステージに落ちた時点で痛みのない満身創痍状態だ。
アリーナとスタンド席のファンの血走った瞳が一斉にこっちを向く。
僕は、深く息を吸い込んで、
「ぼ、僕は、タマが……タマがぁ──」
やっぱり無理無理無理無理。恥ずかしい。未成年の主張はテレビ越しで見ていたい。それにそもそも、たとえ夢の中の出来事だろうと嘘の告白とか良くないし!
「タマの……タマと多武さんの曲が、(id−r)ealの曲が好きだなあぁぁぁぁぁぁ!」
何だ、アイツ? おかしいぞ、アイツ! 頭湧いてるのか、アイツ?
「こんなに聞く人の心をあったかくする曲は滅多に聞けないだろうなぁ! 中学生でこんな素敵な曲を作れるなんて、才能以前にその人の人柄が良いからに違いない! あー、また二人の曲が聞きたいよ!」
ファンがステージ下に集まり、よじ登ってくる。やっべ、超怖い。
頭に浮かんだことをそのまま口に出しているだけだから、陳腐なことしか言ってない。マキさんに台本を頼んだら『アナタが思っていることをそのまま言えばいいのよ』って一蹴された。
「どうして歌うの止めちゃったんだろう? 山口百恵みたいに絶頂の時に引退するとかならまだわかるけど、二人の曲はこれからもっと世の中に知れ渡るべきなのになぁ! もしかして、ここにいる僕のことが見えてないのかな?」
訳わかんない! ギブネヴァこそ最強! 魅力がわかんない奴は死んだ方が良い!
次々とステージにファンが押し寄せ、手に持ったサイリウムが火柱を上げる。
「そりゃ、世の中色んな人がいるから、二人の曲を聞いても感動も何も感じない人もいるよ。多くの人に知られれば知られるほど、マイナスな言葉を浴びせられることが多くなる。だけどそれって、プラスの言葉を受け取れるチャンスも増えるってことでもあるんじゃないかな。二人の曲がより多くの人の心に届いたってことじゃないかな」
徐々に囲まれて逃げ場がなくなる。まるで焚刑を見に集まる民衆みたいだ。
だけど、僕は続ける。追い詰められるとむしろやる気になってきた。
「こういうのって多分、オーケストラ鑑賞みたいな感じで、演奏を楽しんでいる人はそれを邪魔しないように静かにしているけど、演奏が気に食わない人は大声で喚いて妨害するんだ。そうすると、喚いている人だけが目立って、まるで全員から嫌われているみたいに思えるけど、実際は静かにしている人の方が多いからそう感じるだけなんだ。真っ白の画用紙に一点でも黒い点があると、それがやけに気になるのと一緒だよ」
足元にサイリウムが次々と放擲される。逃げようにも足場はない。
「本当は、その喚いている人間を注意するなり、会場から追い出せればいいんだけど、そうすると演奏を邪魔せざるを得なくなっちゃうから出来ないんだ。だから、係員に頼んで追い出してもらうくらいしかやれることはないけど、その分、演奏後の拍手は本気中の本気でやるから」
炎同士が共鳴し合ってより大きなものと化していく。痛み以外は感じるから今まで経験したことのないくらいの熱さが肌に伝わってくる。
「だ……からさ、また二人の曲を聞かせて……よ。どんなに……周りが二人を否定したって……僕はずっと応援し続ける……から。逃……げも隠れもしない。裏切って敵にな……ったりもしない」
息がマトモに吸えない。自分が今どうなっているのか見るのが怖い。
意識が遠くなる。多分、これが最後。
「僕は……傍にいるか……ら」
突然、目の前の世界が強い光を放った。瞼を閉じる寸前、ファン達の顔が見えた。
そんな顔出来るなら最初からしてよ……。勘違いしたままになるとこだったじゃんか。
熱さと喧騒が霧消し、体から力が抜ける。尻もちをつき、仰向けに倒れる。
動けない……。どうやって会場を出よう。突風が吹くのを待つ? でも、マキさん達に何も言わずに別れるのもなぁ。
両手に何かが触れる。その細い何かが僕の手を包む。あったかい……。
「メーメー」
あぁ、やっと辿り着いたみたいだ。