物語は続くよ、世界の果てまでも⑲
今日はアナタの夢
遠くない昔、アナタは、とある囲いの中にいました。
息を吸うだけで肺が焦げつきそうな洞窟の中で、
乱暴者達の洗脳が解けない猛獣が手に持つ松明から逃げながら、
はぐれてしまった大切なお友達を探して──
「マキ―、ちょっといい?」
「……今、創っている最中なのだけど」
「ごめんごめん。でも、ようやく来たみたいなんだ」
「来た? ……もしかして?」
「うん、そのもしかして」
「一週間以上待たされたわ。とんだ重役出勤ね。……どんな人かしら」
「ダイジョーブ、ダイジョーブ。ほぼ無害だから。ヘンタイだけど」
「それ聞いてどう安心しろと? いざとなったらアナタを身代わりにして逃げるから」
すくっ。パンパン。
「じゃあ、行くわよ」
「何だかんだ言って乗り気だね」
──夢の中で目が覚める。
……よう。久しぶりだな。桜月夜。あんまり会いたくなかったけど。
起き上がって、窓の向こうの月を見上げる。いつ見ても綺麗な満月だ。その裏まで綺麗なのかは知らないけど。
「これも未だに何なのかわかんないままなんだよな」
実害が出ているわけじゃないから良いけど、いい加減説明が欲しい。
積み重なった本を一冊ずつ横に退けていく。挟んだのを含めて残り四冊になると、赤い栞が飛び出した。僕の頭上を旋回し、時折小突くように僕の髪で羽休めする。
「悪かったよ。現実で色々あって僕も大変だったんだよ」
詫びると、許してくれたのか蝶は扉の隙間から外へ出ていく。
それを追う。行動を取らないことには慎重にも無謀にもなれない。
辿り着いた先は、前回の時と同じく『MONEY―HUNGRY』だった。前回のリベンジ(?)を果たす良い機会だ。
「逮捕されてもなお出てくるのか、ギブネヴァ」ステージの上で気炎を上げていた四人の顔を思い出して肌の上を悪寒が走る。今回は思い切ってアイツらのとこまで降りて、ぶっ飛ばしてやろうかな。
そう息巻いて、自動ドアを手動でこじ開ける。
光が収まると、案の定、エントランスに出た。あの気持ち悪い内観は健在で、一歩歩く毎に精神を鑢みたいに削られていく。
四階のラウンジに行くと、何やら気配が。物陰から恐る恐る伺うと、
「えっ⁉」
ばっ! ジーッ……。
「嘘っ⁉ どうしてアナタがこんなところに⁉」
「……まさか本当にアナタがヒツジちゃんのお友達だなんて」
つかつかつかつか。
「じゃあ、この夢はアナタが……って、ウサギがいる⁉」
「やぁ、久しぶり」
「しかも喋った⁉」
「元気な人ね」
「うん……っていつまでも話している場合じゃないよ、マキ。早く説明しないと」
「そうね」
「説明? 一体何の──」
「いいからまずはこっちに来て」
ギュッ。
「ぼ、ぼへえぇぇぇぇ!」
「どうかしたの? 急に奇声を上げて」
「平気平気。彼特有の発作みたいなもんだから」
洞窟みたいなスロープを上り、種々の色のライトが無軌道に駆け回る会場に到着する。
ステージ上にギブネヴァの姿はなく、その代わりに観客が軒並み狂化されて会場内を暴れて回るバーサーカーとなっている。
そんな危険地帯にいるというのに、ついさっき佳人──マキさん──と白ウサギから聞いた説明と、これから開幕する舞台の内容を理解するのに脳の八十五%くらいを使っているから、どうしてもボーッとしてしまう。
僕が今まで見てきた夢は、マキさんが創った物語だというのだ。何らかの奇跡によって意思が宿った白ウサギには『心が本来あるべき場所から逃げてしまっている人間』が落とす葉っぱ(神社の階段脇に生えている木から落ちたものなのかは不明)を拾う力があり、それをマキさんが口に含み特殊な糸に変換して3Dプリンターの要領で縫いぐるみとして再構成する。そして、それを葉っぱの主に届けることで夢を見せることが出来る……らしい。加工貿易みたいな感じだと都合良く受け入れた。
マキさんと白ウサギの話は、僕が繭 絹一の夢で聞いた内容と殆ど一致していた。『誰が』夢を創っているのか以外は。その旨を伝えたらマキさんは『そもそも葉っぱについて説明する下りなんて創ってないのに』と首を傾げていたが、すぐに白ウサギが『メイセイ君が入ってくるというイレギュラーが発生して、夢が持つ辻褄合わせの力が働いたのかも。葉っぱ云々は無理やり説明をしようとしたことで起きたバグかもしれない』と解説してくれた。何でそんなに詳しいのか尋ねたら、また白ウサギが『意思が宿った瞬間に夢に関する情報ももたらされた』とのこと。でも、突然僕とマキさんに不思議な力が宿った理由はわからないとのこと。結局謎のままだけど、僕以外にも被が……当事者がいるとわかり、精神的にだいぶ楽になった。
スピーカーから流れる、鼓膜を直接滅多打ちしてくるようなギブネヴァの曲をマキさんと再会出来た喜びで無効化しながら、スクリーン下のステージを注視する。
「汚れを全く知らないような綺麗な顔して、結構過激な内容を思いついたな」
会場に入る前に、マキさんから聞いた今回の夢の内容。
それは『ステージの中心で燃えながら愛を叫ぶ』といったものだ。
以下、シナリオを説明された時のやり取り。
「……要は、武田鉄矢が車に跳ね飛ばされながら『僕は死にましぇん! 僕が、幸せにしますから!』って叫ぶ感じですか?」
「そうよ。盛大に燃えながらアナタの想いを伝えて」
「思想を叫んで焼身自殺するヤバい奴にしか思えないんですけど……」
「私だってこんな狂った展開は不本意でならないわ。でも、こうすればヒツジちゃんの記憶に残る可能性が高まるかもしれないの」
「そんなことあり得るんですか?」
「わからない。彼女が内容を覚えているかどうかを確かめることは出来ないから」
「もし覚えていたら、気味悪がられるかもしれませんしね……」
「だけど、アナタというイレギュラーが発生したということは、まだ他にも起こるかもしれない。やらないよりはやった方が良いに決まってるわ」
「……わかりました。やれるだけやってみます。夢の中に入ったら僕は具体的にどうすればいいんですか?」
「理解が早くて助かるわ。まずは──」