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物語は続くよ、世界の果てまでも⑯

「中学で出会ってから何度か小っちゃい喧嘩はしたけど、今回は結構深刻というか……」

「何が原因だったとか、聞いていいですか?」


 多武さんは、うん、と小さく頷いて、

「端的に言えば『音楽の方向性の違い』。そもそも私達が仲良くなったきっかけが『音楽』なの。『How K root cat?』ってバンドの曲を昼休みに音楽準備室でギター演奏してたら、ちょうど合コンの伴奏練習に来てた珠が合わせてきたのが出会い」


「私ってただでさえ他の人と会話したり足並みを揃えたりするのが苦手な上に、家族のことでイライラしていて周りから避けられていたから、こういうことされた時にどう振る舞えばいいのかわかんなくて。思わず『どうしてこんなことしたの?』って結構キツい口調で言っちゃって。本当は他にも知ってる人がいたのが嬉しかったのに」


「でもあの子は笑って『この曲、お父さんのなの。人生で一番好きなんだ。でも周りに知ってる人がいなくて。だから、他にも知ってる人がいたのが嬉しくて、つい』って答えてくれたの。初めて険悪なムードにならないで答えが返ってきたことに面喰っちゃって、不愛想な相槌しかできなかったのに、あの子は続けて『多武さんもこの曲好きなの? ギター、凄く上手だね。誰かに教わったの?』って会話を広げてくれた」


「そこから時々話すようになって。でも他の人に話すとこ見られるのが恥ずかしかったから音楽室で二人きりの時だけ。だけど、廊下や階段ですれ違ったりする時はお互い変に意識しちゃって、昼休みにそのことで盛り上がるのが秘かな楽しみだった」


 当惑した。最初に見たタマの夢の光景そのままだったからだ。


 この奇妙な一致に総毛立つ僕の方は見ずに、多武さんは思い出を振り返る。


「中三の夏に珠が部活を引退して、夏休みというのもあって私達はほぼ毎日遊んだの。主に私の家でね。お互いの好きなミュージシャンを勧め合ったり、素麺に合う具材をとことん検証したり、お金を出し合って安いキーボードを買って知ってる曲をセッションしたり、夏休みの宿題をやったり。初めて青春っぽいことができて、凄く楽しかった……」


「受験の話になって、私は成績だけだったらM女でもどこでも行けたけど、珠はM東も厳しかった。私はM東にするのも吝かではなかったけど、話し合って、頑張れば珠も行ける可能性があるM北を目指そうってことになった。でも、あの子は生まれついての勉強嫌いで集中力が持たなかったから気分転換というか、ご褒美というか、そういうのがあったら少しはやる気が出ると思って、私から『二人で曲を作ってみない?』って提案したの」


「そしたら、今までの散漫ぶりは何だったのってくらい真剣に勉強し始めて、結構難しめの問題集を買って取り組むようにまでなったの。それでも、曲を作る時の熱量に比べたら穏やかな方だけど」


 多武さんは当時のことを思い出したのか、小さく噴き出す。


「夏休みの終盤で珠のお母さんに曲を作ってることがバレて、無理やり止めさせられそうになって、あの子が家出するぐらい揉めた結果、M北以下の公立しか受からなかったら音楽は禁止、私立は論外って半ば強引に約束させられることで一旦収拾がついた。それから珠は今まで以上に勉強に熱心に取り組むようになって、結果、M北に合格した」


「中学の卒業式が終わって直ぐに、夏休みから作ってきた五曲をYouTubeやニコニコにアップして、宣伝用のアカウントも作った。曲を作り始めた当初は、自分達だけで楽しめれば良いぐらいの気持ちだったんだけど、やっていく内に他の人の反応が知りたくなった。でも、学校の人に聞かせるのは気が引けたし、お互い顔がわからないネットだったら悪口とか書かれてもそこまで応えないと思って」


「そしたら、悪口どころか再生数も増えなかった。多くて三〇回。二人共、機械系は苦手で曲自体のクオリティも酷かったし、何万回何十万回もいくとは思ってなかったけど、すっごく悔しかった。頑張るのは当たり前なのはわかってるけど、徹夜でメロディーや歌詞考えたのに……って肩を落とす私と対照的に、珠はそれなりに満足していたみたい。多分、ここから少しずつ私達のリズムがズレ始めたんだと思う」


「待てど暮らせど再生数は増えないまま。クオリティーだけでも上げようとネットで色々調べてもチンプンカンプン。でも、何もしないのは嫌だから、去年の九月末に専門的なことを直接聞こうと音楽スタジオを訪れたんだけど……」


 多武さんは唇を噛んで、暫く口を閉ざした。


 そして、深く深呼吸をして、


「店内はあちこちにゴミが落ちてて、変な匂いがするし、店員や客はやたら触ってくるし、可愛いから写真を撮らせてって迫ってくるし、とにかく酷かった。帰ろうかって珠と話してたら、ガラの悪い男達が近づいてきた。すぐにギブネヴァってバンドだって気づいた。男達は『どんな曲作ってんの? 俺達に聞かせてみ』って馴れ馴れしく声をかけてきて、逆らうと何をされるか怖いからYouTubeでアップした曲を見せたら『こんなん全然ダメだ! 君達、素人っしょ? こういうのって本当の音楽ファンからしたら刺激が無さ過ぎて──』って人を食ったような物言いで私達の曲を貶しだして……」


 指を組んだ多武さんの小さな手は震えていた。当時の恐怖や怒り、屈辱が蘇ったのかもしれない。簡単に「わかります、その時の気持ち」なんて言えるはずがなかった。


「悔しくて何を言われたかなんて覚えてない。でも、珠だけは守らなきゃって躍起になった私は、あの子の顔をまともに見ないまま手を掴んで出ていったの。後ろから『俺達がどういう曲を作れば良いのか教えてやるよ?』って声が聞こえていたのが引き金になって、私は『あなた達の品性下劣な曲が本当の音楽なら、一生音楽なんて聞きません!』って叫んじゃった。バカよね。絶大な影響力を持った相手に向かって機嫌を損ねるようなこと言ったら報復されるに決まっているのにね」


「報復……何、されたんですか」


 僕は白々しく、そう聞いた。


「サブチャンネルで晒し上げられて炎上させられた」

「……」


「今まで再生回数が伸びなかったのに、コメントなんて変なBotぐらいだったのに、あの人達のお陰で怖いくらい数は増えていった。一躍有名人。もちろん悪い意味でね」


 『ギブネヴァのブレイク・タイム』……。


「最悪ですね……」

「そうね、最悪の気分だった。あの時、あんなこと言わなかったら炎上なんてしなかったのに、って暫く後悔した」

「でも、ファンに罵詈雑言を言うように仕向けるのは明らかに間違ってますよ」

「私が言ったことに対しては庇ってくれないの?」

「いや、それは……」

「いいの。間違ってたのはわかってるから。むしろ、無理に庇われなくて良かった」

「そ、そうですか」

「うん。さっきのは、ちょっと意地悪言いたくなっただけ。ごめんなさい」

 多武さんは顔を上げて笑みを浮かべた。真一文字に結んでいることが多い口元が緩んだ時の表情は、あどけなかった。


「怖くなった私達は、今までアップした動画とSNSのアカウントを消した。それと同時に曲作りに対する考え方で揉めるようになった。今まで通りの曲を作ろうとする珠と、方向性を一新して激しい曲調や毒のある歌詞の曲を作ろうとする私。本音を言えば、今までの曲は私の好きな音楽とは少しズレていて、あの子に(おもね)っていたところもあったの。だからこれを機に、私のやりたいことも取り入れたかった」


「段々衝突することが増えて、使う言葉もキツくなって、気まずくなって……。そんなことが積み重なって、遂に……って感じ。珠が怒るとあんなに大きな声が出るんだって、私に対してあんなに不満があったって知って驚いた。当時はその感情が全部怒りに変わって、つい言っちゃいけないことを……、あの子のお父さんのことを『夢ばっかり追いかけているから売れなくなって、タマを置いていったんじゃない!』って……」


 多武さんの両目から涙が零れて、頬を伝って手の甲に落ちる。


「ほ、本当は……そんなこと本気で思ってなかったし、友達の大切な人のことを非難する気も無かった……。言い訳にしかならないけど、ちゃんと頭で考えるより先に口から出て来ちゃって……自分が何を言ってしまったのかに気づいた時には、珠の顔はクシャクシャで、『ごめんなさい、言い過ぎた』って簡単な言葉すら言えなくて……」


 セーラー服の袖で目を拭う多武さんの顔も、クシャクシャと形容できるくらい歪んでいた。そんな風に泣く顔が似合う人なんてこの世にいないのに。


「ごめんなさい……こんなことを聞いてもらうために声をかけたんじゃないの。あの子と仲が良いあなたが羨ましくて、今のあの子がどんな感じなのか知りたくて……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさ……」


「わかりましたから。そんなに謝らないでください……」


「私が悪いの……。炎上したのも、ギクシャクするようになったのも、今こうやってメソメソしてばっかりで何も出来ていないのも……」


 違う。僕が聞きたいのはこんな悲しい告白じゃない。見たいのは自分を責める姿や涙ながらの懺悔じゃない。さっきみたいな磐井さんの魅力を熱弁したり、二人だけの楽しかった想い出や、思い出し笑いで噴き出す姿、そして、あの無邪気な笑顔だ。

 

 僕は彼女が泣き止むまで待った。時折、競技場の方からピストルの音が響いてきた。

 

 日が地平線に半分沈んだ頃。多武さんはズビビッ、と鼻をすすりながら、


「それで、珠に何かあったの?」

「わ、わかりません……」

「どうして? あなた継橋君でしょ?」

「はい、継橋君です……。すいません、継橋君なのに思い当たらなくて」


 てっきりギブネヴァが怖くて陰鬱になっていたんだと思っていたが、逮捕のニュースで学校中が大賑わいだったのにも関わらず彼女の表情は晴れていなかった。他に理由があるのだろうか。考えようにも、頭が回るのを億劫がっている。


「てっきり何か知っていて心配してるのかと思ってたんだけど。月曜日とか、珠のことずっと見てたから」


 多武さんにもバレていたのか……。僕って覗きが下手なんだなぁ。


「最後に話した時、曲を作ったことがあるって本人の口から聞いて、それなら一曲聞かせてって──」

「待って。珠があるって素直に答えたの?」

「会話上の流れで」

「信じられない……」

「二人だけの秘密を話されて腹が立つのはわかりますけど、あの人って正直ですし」

「責めてるんじゃなくて、曲のことをあの子から引き出したあなたに驚いているの」


 わかったから、そんなに顔を近づけないでください。ドキドキするので。普段、鏡とか見ないのかしら。


「曲を作っていることって二人の間では口外してはいけないことなんですか?」

「珠のお母さんの耳に入ったら困るもの。私としては『私達が曲を作っていた』ことはあまり知られたくないけど、『曲自体を誰かに知ってもらえる』ことは今でも嫌ではないわ。炎上は勘弁だけど。ちなみに、何の曲を聞いたの?」

「『空回りする風車』って曲です」

「本当に凄いわね。ギブネヴァにボロボロに言われた曲なのに」


 ここでもギブネヴァか。影響力、パネェっすわ。


「先週の木曜日に偶々磐井さんと会って、タワレコでCD受け取ってたんですけど、『家の近くにCDショップないの?』って尋ねたら歯切れが悪くなって──」

「確かイオンのCDショップには親同士繋がりのある友達がバイトしてて、前にお父さんのCDを買ったのがお母さんに伝わって凄い叱られたって」

「うわーヤだなー、知らないところで自分の情報が出回るの」

「同意。知られても困らない情報でさえ不快感を覚えるのに──」


 途中から磐井さんの話題から外れて、『人間って本当に面倒くさい』っていう愚痴り合いになってしまった。けど、それはそれで楽しかった。


 時間は絶え間なく流れ、日は頭頂部を残すのみに。昼は暖かいとはいえ、太陽が沈んでしまえばそれなりに肌寒い。スマホの時計は六時が過ぎたことを示している。


「そろそろ帰ります?」

「……そうね」


 多武さんはゆっくり腰を上げ、東屋を出る。周囲の木々や夕暮れにかかった、暗闇という名の寂寞感のヴェールをはためかせるような風が、彼女の若干ウェーブした髪を揺らす。


「今日は付き合ってくれてありがとう。みっともないところも見せてしまったけど……」

「いえ、相槌を打つくらいしかできませんでしたが、楽になったのなら良かったです」

「その人当たりの良さが、あの大友君と友達でいられる秘訣だったのね」

「大袈裟ですって。それに、ウメタカは外見と固い口調のせいで怖がられることが多いけど、実際は気さくでノリの良い奴なんですよ?」

「そうなの。……継橋君って聞き上手ね。前も同じクラスだったのに知らなかった」

「同じクラス……?」


 多武さんの足が止まって、振り返って僕を睨めつける。つり目がちな双眸の奥から鋭利な光が一瞬だけ耀(かがよ)う。あれ、また僕何かやっちゃいました?


「もしかして、気づいてなかったの? 出席番号も二つしか離れてなかったのに?」

「……ごめんちゃい」

「プイッ」

「あっ、女子一人で夜道は危ないですよ! 途中まで送っていきますって!」

「近くだから結構よ。それに継橋君、襲ってきそうだし」

「心外な! こんな絵に描いたようなマトモ人間、滅多にいないですよ!」

「マトモな人間は、朝から自分が女性用下着になった時のシミュレーションなんてしないと思うけど? Eカップが好みなんて大きいのが好きなのね」

「どうしてそれを⁉ あれは内なる男子中学生が出てきただけで……」

「じゃあまた明日。早く帰らないとヘンタイが移っちゃう」

「……多武さんだって磐井さんのことスケベな目で見てるくせに」

「‼」


 多武さんの小さな拳骨が、僕の腹部にめり込む。

 悶絶している僕を置いて、多武さんは帰ってしまった。


 今時、暴力系ヒロインは人気出ないよ。僕は好きだけどね!

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