物語は続くよ、世界の果てまでも⑮
目が覚めて金曜日。ここ最近の夢の中で圧倒的に短かったから内容は殆ど覚えている。
音楽スタジオから体内みたいなコンベンションセンターへの転送、ギブネヴァの演奏とイカれた観客の叫声、(id−r)ealへのディスり、助けたのにどっか行っちゃった多武さん、熱殺蜂球と突風。前回と違って誰も何も説明してくれずじまい。
流石は夢クオリティ。全く以て理解出来ない。どれだけ僕を弄べば気が済むんだ?
「あーもう、イライラするわー」
最近、寝ても覚めても訳の分からないことが起き過ぎて、朝から頭痛が酷い。
もう一回ウメタカに相談してみようかな? でも、専門家でもないのにそんなこと言われたって困るだろうな。反対の立場だったら、医者に行けって言うくらいが関の山だし。
あー、めんどいめんどい。何もかもが面倒くさいな。頭を使いたくない。
上から落ちてきた埃が目に入ったから指で擦る。
あ、今日も学校だ。忘れてた。微睡みの覆いが脳の機能をドンくさくさせているようだ。
準備をなおざりにこなし、カラクリ時計に暫しの別れを告げて扉を開く。
号哭する男子と啼泣する女子で学校内は大騒乱。恐怖の大王でも来たのだろうか。
「ライブ中止とかふざけんなよ!」「ギブネヴァが逮捕とか嘘でしょ⁉」「誰だよ、この女! まだ特定されてないのか⁉」「ブレイク様が犯罪とか絶対デマだし!」
ギブネヴァ?
どういうことだろうと思って調べてみると、衝撃の見出しが。
『超人気バンド ギブネヴァー・シルベスタ逮捕!』
記事によれば、メンバー四人と『MONEY―HUNGRY』の従業員三名がスタジオ内で未成年と淫らな行為に及ぶ映像と、「裸の写真をバラまかれたくなかったら」と脅して関係を強要する音声とLINE、当時着ていた衣類等が被害者の一人によって警察に届出され、昨日の夜に逮捕された。警察は余罪があると見て捜査中とのこと。
当然、土日のライブは中止。チケットの払い戻しだの何だので、ここに限らず世間は大荒れ状態らしい。
てっきり、ギブネヴァへの失望で盛り上がっているのだと思っていたら、教室内やSNSはメンバーの擁護と、勇気を出した女性への非難が主流みたいだ。ライブの夢の光景と今が重なって見える。
これ以上ここにいるのは精神衛生上とても危険だと判断し、席を立つと、
「ねぇ」
前の席の多武さんから声をかけられた。
放課後。多武さんの提案で高校近くにある天川運動公園に来た。園内はアスレチックや池の他に、陸上競技場や体育館、弓道場といった様々な施設を備えている。中学高校の部活動や大会で何度も足を運んだ馴染みのある場所。
ひと気のない東屋で、僕と彼女は向き合うように腰を下ろす。
「最近、調子はどう?」
「えっ? あー、えっと……グー」
「はっ?」
怖っ……。超睨むやん……。あ、でも、童顔だから一周回って怖くない。むしろ、威嚇する子犬みたいで可愛い。顔立ちが幼いとお互い苦労しますね。そんなことより、咄嗟にエドはるみが浮かんだ僕の頭の回転力、凄くない?
「誰の話ですか?」
「珠のこと以外にある?」
「タマ……あぁ、磐井さんですか。いや、最近話してないんで知らないです」
わかるわけないじゃん。会話下手だなぁ。
僕が呆れていると、多武さんは大袈裟に溜め息をついて、
「何やってるのよ……。仲直りするまでの間『一時的』に友達の座を譲ってあげてるのに」
「仲直り? 誰と誰がですか?」
「私と珠以外にある?」
怖っ……くないけど、超睨むやん……。わかるわけないじゃん。本当に会話下手だなぁ。
って、この場合は僕の察しが悪いのか? 登場人物は僕と磐井さんと多武さんだけだし。
いや、友達の座を譲ってもらった覚えはないし、そもそも仲直りする気があったことなんか知らなかったし、あの夢を見てなかったら二人が友達である可能性にすら思い当っていないんだけど! やっぱりこの人、会話下手だ!
「い、磐井さんと喧嘩したんですか?」
「そうよ、悪い⁉」
「悪くはないですけど」
「あの子、本当は繊細で人見知りが激しくて話しかけられるのが大の苦手なのに、無理して愛想良く振る舞って心労が絶えないの。しかも見ての通り超絶可愛いから、相手が調子に乗って話しかけてきて、また愛想良くしちゃっての負のループ。心配だわ」
「超絶可愛い……」
「違うって言いたいの⁉」
「違くはないですけど、多武さんって磐井さんのことそういう風に思ってたんですね」
「当たり前よ。珠は笑った顔も膨れた顔も落ち込んだ顔も自信満々な顔も誤魔化す時の顔も全部可愛いし、周りに気を配れるし、人のことを悪く言わないし、頼まれたことはいつも全力で頑張るし、甘え上手だし、良い匂いがするし、そこそこ胸大きいし、抱きしめると柔らかいし、スキンシップ多めで──」
「良い匂い? 大きい? 柔らかい?」
「……今のは忘れて」
最後の方はだいぶスケベだったが、多武さんの言葉からは磐井さんへの愛が溢れていた。
似た光景を前にも目にした気がする。やっぱり誰かの魅力を全力で語る姿は良いものだ。
「とにかく、今は継橋君にあの子の『友達』として任せているんだから、あんまり目を離さないでくれないと──」
「いつ仲直りするんですか?」
「うっ……」
急に勢いが萎んだ。両足を小刻みにバタバタさせ、首をグルグル回す。
そしておもむろに、
「仲直りの仕方がわかんないのよ」
口惜しそうに俯いてそう呟いた。