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物語は続くよ、世界の果てまでも⑭

今日はアナタの(ものがたり)

遠くない昔、アナタは、とある囲いの中にいました

白くて柔らかい毛に包まれて、その美しい声をさらに美しく響かせるために、

大切なお友達と一緒に、音がこだまする洞窟へ出かけました

しかし、そこには下品で我儘な乱暴者達がいて、

アナタたちに、一緒に暴れようと言ってきました

恐くなったアナタは、お友達の手を引いて逃げようとしますが、

その手を振りほどいたお友達が、乱暴者達に向かって吠えてしまいました

怒った乱暴者達は、アナタたちを、躾た猛獣の中に放り込み、

お友達とはぐれてしまいました

これはヒツジの(ものがたり)



──(ゆめ)の中で目が覚める。

 そのまま、頭をもたげることなく再び目を閉じた──

……

…………

………………

──ダメだ、眠れない。


 渋々立ち上がって、部屋をウロウロして気を紛らわせる。


 あの昼休み以来、明らかに磐井さんに避けられている。朝はギリギリまで教室に入ってこないで、授業の直前に入り直後に出ていき、帰りのHR後は僕の席から遠い後ろの扉から帰ってしまって取りつく島もない。


 うろ覚えの彼女達の歌の歌詞をYouTubeで検索したがヒットせず、代わりに『ブレイクがブレイクした歌手・ボカロランキング』という横スクロールの動画が出てきた。


 その動画で『(id−r)eal』という女性二人組グループ(エアルと読むらしい)の名前と彼女達の歌『空回りする風車(かざぐるま)』が取り上げられていたのが妙に気になって、『ギブネヴァのブレイク・タイム』という動画を開いた。

すると、


「曲調がのんびり過ぎて最後まで聞く前に寝た。ジジババが聞いたら永眠する」

「歌詞から『遠くから気になる彼を眺めているだけで何もできない私って最高に健気な恋してるー!』っていうお砂糖思考が漏れ出てんのがムカついて画面をぶん殴った」

「自分の殻に閉じこもってウジウジするのが好きな陰キャのキモいところがまんま出た曲」

 

 と、よくわからない例えを交えながら、磐井さんと多武さんの曲を貶す様が三〇分に渡って流れた。テーブルや床には大量の空の酒やエナドリの容器が乗っていて不衛生だった。

 

 最後まで見れなかった。怒りよりも怖気が遥かに勝り、その後徐々に浜辺の小波のように悔しさや悲しさが寄せては返り寄せては返りを繰り返して、思わず胸の皮膚を爪で(こそ)ぎ落としたくなった。こんな人間を応援するファンの気が知れない。どうしてこんな誹謗中傷に満ちた動画があがっているのに話題にならないんだろう?

 

 件の動画が投稿されたのは去年の九月末。文化祭から二週間ぐらい後のことだ。

「うーむ……ここ数日で、一気に磐井さんのこと知っちゃったな」

 カラクリ時計の前で呟く。


 突然見るようになった、磐井さんに関する夢。


 Gu中。


 How K root cat?


 邸宅。


 ギブネヴァ。


 どれも僕の記憶の片隅にはあるとはいえ、内容には全く身に覚えがない。

最初は奇妙ぐらいにしか思っていなかったけど、音楽室での磐井さんの反応を見て、単なる夢ではないと認めざるを得なくなった。センメルヴェイス反射している場合じゃない。

 

 そもそもあの夢は一体何なんだ? 他人の夢の中に入るなんて、DCミニか夢はしごでも持ってなきゃできない芸当を、無意識のうちに習得してしまったのだろうか。そろそろ着ぐるみのクマや喋る黒猫みたいな旅先案内人が出てきてもいい頃だと思うけどね。正直、気味が悪いというか、得体の知れない現象に巻き込まれた感があって、磐井さんの夢を見る度にこれから先の人生において絶対になることはないと思っていたホームシックに陥ってしまいそうだ。

 

 それに、

「磐井さんの夢を見る度に、現実では謎と距離が生まれてんだよなぁ」

 

 桜月夜だけだった頃は現実に変化がなかったからまだ良かった。だけど、彼女の夢を見るようになってからはマイナスなことしか起こっていない。これが彼女との別れのカウントダウンだとしたら、と考えると気が気じゃなくなる。

 

 あー、考えんの面倒になってきた。時計から離れてソファに向かうと、赤い蝶が本の間から飛び出して、扉の隙間をすり抜けて外に出ていく。しかも、僕を誘うように窓の向こうで何度も円を描く。

 

 前回の夢で出会った人達の顔が浮かぶ。もしかしたらもう一回会えるかもしれない、という甘えた考えが、僕を扉まで導いた。




 腹ペコ達を避けながらヒラヒラ舞う赤い蝶を追いかけると、辿り着いたのは音楽スタジオ『MONEY―HUNGRY』。店内から白い光が漏れている。

 

 自動ドアの隙間を上手く通る蝶とは違い、僕は無理やりこじ開けて入る。

 

 広々としたエントランスに出た。赤紫色の篝火がてらてらと辺りを照らし、床や壁、天井を白い根のようなものが這い回っている。今までと違って更に先にあるみたいだ。

探索してみる。四階建てで、様々な規模の会議室、トイレ、エレベーター、ラウンジ、渡り廊下の向こうには立体駐車場が。


 とても音楽スタジオとは思えない。全く別の、随分大規模の建造物に転送されたのかもしれない。エントランスの扉が開かなくなってて不安が増す。


 「僕以外に誰もいないのかな。だだっ広い中に一人って心細いな」


 四階にあるラウンジの椅子に腰掛ける。目の前の窓からは、真っ暗闇の中に浮かぶ見慣れた山々が見える。多分だけど、ここは最近M駅の近くにできたコンベンションセンターのようだ。家の近くなのに一度も来たことなかったから気づかなかった。

 

 二階に下りて廊下を進んでいると、左手側に重量感がある扉が。耳を当てると、僅かだけど音が漏れているのがわかる。


 「貼り紙の下に何か書いてある。……展示ホール?」

 

 扉を開くと、暴力的な楽器の音と狂ったような歓声で鼓膜を引き千切られるかと思った。



いくら小雨(こさめ)が降ったって

鼓膜は揺さぶられないだろ

強烈な一撃が脳に直下して

心身ともに弾けたいだろ


いくらコモノを見たって

鼓動は高鳴りゃしないだろ

激烈な衝撃が胸を貫いて

心酔超えて果てたいだろ


あいつらつまらなくないか?

言ってることがうすら寒くないか?

徹頭徹尾噛み噛みで

様にも(なん)にもどうにもならない


俺らとぶっ飛びたくないか?

雲の上で猛りたくないか?

天上天下神々の

声が音が否、光が鳴り響く


やっと聞こえた最高の叫び 

萎えた体が浮いて浮いて刺激を求め続けてる


曇天を切り裂く至高の(いかづち)

涸れた心が湧いて湧いて湧いて湧いて……痺れ続けてる



洞窟のようなスロープの先は、端から火が吹き上がるステージで、アクセサリーをジャラジャラさせた上半身裸の四人と、観客席で絶叫したり団扇やサイリウムを振り回したり近くにいる者同士で殴り合う観客が跳梁跋扈する地獄絵図が広がっていた。


『LAKURAI』サイコー! あ、ブレイク様と目が合った! はぁ⁉ 私を見てたんだけど⁉ と、すぐ近くの観客席からかしましい声が。


 後ろのスクリーンにメンバーの顔面がドアップで映る度に、観客は示し合わせたかのようにおのがしし大音量で奇声を発し、ヒューズが飛んだようにぐったりしたかと思ったら、恍惚の表情を浮かべながらゆらゆら揺れ、その場に立ち尽くす。

 

 観客の持つサイリウムからは熱が発せられているのか、その周りが揺らめいている。

 

 演奏が終わり、観客は文字通り沸騰。歓声が高まるにつれて水蒸気が会場を包み込む。


 「うっ……! 何、この臭い」


 耐え切れず、鼻をつまむ。煙草やアルコール、コーヒー、エナドリ、香水がお互い乃公出でずんばとばかりに主張し合ったカオスな匂いが漂っている。若干、塩素っぽいのも。

 

 靄が晴れて歓声も収まる。

 

 すると、

「さてリーダー、今日のライブの内容は?」

 ギターのデストロイがブレイクに尋ねる。

「今日の内容は──」

 

 少し溜めて、

「『素人JKが作った曲をブレイクしてみた』‼」

 

 他のメンバーが拍手すると、取ってつけたような太鼓の音が二~三回鳴り、スクリーンを種々の色のピンスポが照らした。


 そこに映っていたのは、タマと多武さんだった。

「どーして急にトーシロなんかの?」とドラムのスポイル。

「こいつら、前どっかで見た気が」とベースのクラッシュ。

「そう! 俺達が地元のスタジオで練習している時に『せっかくの機会だし俺達が音楽のこと色々教えてやろうか?』ってJKに声かけたことがあったっしょ?」とブレイク。


 えー! ズルーい! 私もギブネヴァに色々教えてほしい! と黄色い声が観客席から飛び交う。顔は陰で見えないけど、見た目や声色からして観客の殆どが女性だ。


「あーはいはい、あったわそんなこと。見事にフラれたけどな」とデストロイ。

「そりゃあね、断るのは自由だよ。でも俺ら一応プロだし、向こうからしたら千載一遇のラッキーじゃん? それを断るって結構な愚断(ぐだん)じゃん?」とブレイク。

「そりゃそうだけど、世の中にゃ自分の凡愚さを棚に上げて、衆望を集める人間を毛嫌う哀れな人間も一定数いるからな。特に高校生なんて世間を舐め腐って粋がってる奴ばっかだし」とデストロイ。

「でもそれって損だと思わん?」とブレイク。

「損?」とスポイル。

「さっきもいったけど、コネでもなきゃプロから直接指南してもらえることって普通ないだろ? 俺達が気に食わないってのもわかるよ。テレビは三日に一日はギブネヴァ! ギブネヴァ! って騒いでるし、YouTubeでは俺らの曲の歌ってみたが毎日投稿されてるし、学校行っても周りは俺らのことばっかり話してんだろうし」とブレイクは嬉しそうに言う。

「それは大袈裟じゃね?」とスポイル。


 そんなことないよー! 皆、ギブネヴァのことしか考えてない! 生活全部ギブネヴァとか超天国! と観客は愛を叫ぶ。


「どんだけ旨い料理もずっと食ってたら嫌になるアレか」とクラッシュ。

「そうそれ」とブレイクがクラッシュを指差す。「だからこれは誰が悪いとかじゃなくて、ギブネヴァがクソ人気だから発生する、罪な現象なわけ。つまり俺らには(あがな)う義務がある」

「なーるほどねー!」とスポイルは膝を打つ。


 こんな驕りに(まみ)れた汚い綺麗ごとを聞くのは初めてだ。


 この後も色々グダグダ手前味噌お茶碗メガ盛りのやり取りが繰り広げられた。観客はそれに対して全く飽きることなく、『推し同士の絡み、尊い!』みたいな感じで眺めている。


……悔しいけど、ギブネヴァが人気な理由が何となくわかった気がする。


 ああいう底なしの倨傲(きょごう)さや、自信に満ち溢れた(さま)、滔々と訳知り顔で話す饒舌ぶりは危うさと同時に見る者を惹きつける不思議な引力がある。ビジュアルも決して悪くなく、グループ内の雰囲気は絶えず明るくて、時折観客(ファン)の声に反応したり言葉を投げかけるサービスのまめやかさは目を見張るものがある。


 だが。


「てか」とクラッシュが口を開く。「わざわざこいつらの曲聞くことの方が一番の損じゃ?」

「いやそれ、皆思ってたことだから!」とデストロイは笑いながらクラッシュを小突く。

 彼らはどこまでもおぞましかった。そして、それに心奪われている観客も。



 スクリーンには、白いワンピースを着た二人が暮れなずむ教室で『空回りの風車』を演奏する映像。ギブネヴァはそれを止めては貶し、再生しては貶し、また止めて貶し……を繰り返し、観客はその度に野卑な爆笑の渦を生み出す。


……そういえば、前にタマの母親を名乗る黒スーツが『夢の住民(わたしたち)は演者』と言っていた。


 そうか、これも全部演技ってことか! だとしたらギブネヴァも観客も名演技だ。


 確か、この(せかい)ってタマの願いを叶えたものだっけ? 見ている人間の心が渇望していればいるほど内容は幸せなものになるんだっけ? だから前回の夢は暴力的な母親がいなくなって父親が帰ってくる、っていう内容だったというわけか。じゃあ今回はどうなる? 突然隕石でも降ってきて全員をペチャンコにするとか? 夢だから何でもアリに違いない。


 だから早く終わらせてほしい。僕ごと巻き込んでもいいから。


「てか、主人公のタマがどこにもいないし」


 過去二つの夢だと序盤でタマと会えたのに、今回は会場の広さや人数の多さに邪魔されているのか、あれだけ目立つ毛玉の毛先すら目にしていない。こんな袋叩きに独りで耐えられるとは思えない。

 

 沸々と不安の泡が次々と水面から顔を出して弾けだす。


「……!」居ても立っても居られなくなり、棒切れに成り下がっていた両足に檄を飛ばす。

 

 ちょっと、見えないんだけど! どけよ、チビ! どーゆー神経してんの?

 

 罵声を浴びせられながら、タマを探し回る。

 

 突如、下のアリーナ席からどよめきが。


 コイツよ! コイツだ! コイツ? コイツか⁉


「止めて! 来ないで! 嫌、嫌ぁ!」


 猛り狂った観客に追いかけられていたのは、多武さんだった。


 彼女はスクリーンの映像と同じ白いワンピースを纏い、叩き潰そうとする人間の手から逃れようとする蝿のように観客から身を躱し続ける。


 ピンスポだけでなくステージ上側にあるライトもアリーナに向きを変える。


 アイツよ! アイツだ! アイツ? アイツか⁉


 スタンド席の観客が手すりを飛び越えてアリーナへ降りる。


「へぇ! 俺らのコンサートに来てたんだ!」とスポイル。「何だかんだ言って、僕達に興味あったんじゃん。素直になれば良かったのに」

「おーい、お前ら!」ブレイクが観客に呼びかける。「あんまりソイツに乱暴なことすんなよー! ボロボロになってたら俺達が楽しめないからよー!」

「おいおい、それって音楽のことか?」とクラッシュ。「お前のことだから別の方に精を出しそうだな!」

「上手いこと言ったつもりか?」とデストロイ。


 そして、僕の周りには誰もいなくなった。取り残された沈黙が駄々をこねているのか、足元から振動が伝わってくる。そんなわけない。観客が下で暴れているからだ。


 ……もしかして、この隙にタマを見つけてここから抜け出すっていうシナリオなんだろうか? 親友である多武さんの犠牲に涙を流し感謝の念を抱いて逃げ、月日が経って彼女のことを思い出して後悔混じりに寂しく笑う。実に美しい友情物語ではないか。


 そんなことを、タマが望むだろうか?


 誰かが傷ついてもいいから自分は助かりたいと望むような人だったか。

 

 そうは思えない。そう思いたくない。


 これ以上、僕の中の彼女が壊れていくのは、耐えられない。


 目を細め、手すりに手をかけて下を覗く。小柄を活かして観客の合間合間をすり抜ける多武さんを視認し、そこ目がけてジャンプする。

 

 何だ⁉ 何? 何なの? 何なのさ⁉

 

 左足だけで着地する。痛みはないけど足首から膝までの骨が全部砕けたのはわかった。

 

 衝撃波でも出ていたのか、周囲から観客が離れていた。


「多武さん、こっち!」

「継橋君⁉ どうしてここに⁉」

「いいから、早く!」

「は、はい!」


 多武さんをおぶって、右足に思いっきり力を込めてジャンプ。さっき飛び降りたあたりの手すりを両手で掴む。「(あが)って。深慮せず踏んづけていいから」


「わかったわ……」多武さんは僕の貧弱な肩や煩悩が詰まった頭を踏み台にして上る。


 腕の力だけで体を持ち上げてスタンド席に戻る。


「あー、何とかなったー。着地ミスらなくて良かったー」

「……足、大丈夫?」

「右足が生きているから平気、足は引っ張りません。跳ねはするけど」手すりに掴まって呼吸を落ち着かせる。「で、これからどうします? 早くしないと観客来ちゃいますし」

「……」

「とりあえずタマを探しますか? どこにいるかってわかります?」


 足元のライトしか明かりがないから、多武さんの表情がよく見えない。だけど、気乗りしていないのがシルエットから何となくわかった。


 ピンスポの強い光によって目の奥に痛みを覚えた。腕で視界を遮る。


「変な正義感かざしてんじゃねよ。ヒーローごっこは余所でしろよ」苛立ちではち切れそうなブレイクの言葉が反響する。「俺達はうるせぇ外野が来ないようにわざわざ騒げる場所用意してやりたいことやってんだよ。ギブネヴァの邪魔する奴はココから失せろ!」


 パチパチパチパチパチパチパチ。万雷の拍手。どこに感動できる要素があったんだろう。


「その子、帰してくんね?」とクラッシュ。「ちょっと苛めたくなっただけで、ホントは俺達、超優しいんだぜ? 可愛がってあげた後にちゃんと音楽のこと手取り足取り教えてあげるつもりなんだよ?」


 キャーーーーーーーーーーーー! 甲高い悲鳴が鼓膜に突き刺さる。


「……っ!」

「多武さん⁉」


 スロープの奥へ消えていく彼女を茫然と見送ることしか出来なかった。


「あーあ、逃げちゃったよ。小っちゃいけどクソ可愛かったのにな」笑みを浮かべるスポイル。「どう落とし前つけてもらう? 殴る蹴るじゃ俺、満足出来る気がしないんだよね」

「そんなん、捕まえてから考えればいいだろ」とデストロイ。「おい、お前ら。やることはわかってるよな? しくじったら……ご褒美はなしだからな」


 はーーーーーーーーーーーーい! 手すりを掴む音。


 すぐに黒く塗り潰された顔が下から現れる。


 次々と観客がスタンド席に押し寄せて、再び静寂が消えていく。


 右足に力を込めて横に跳ぶ。サイリウムが頬を掠り、ジュッと焦げる。


 着地を完全に失敗して盛大に転げる。そこを観客が熱殺蜂球のように押し潰す。


 おいおい、まさかとは思うけど、これで今回は終わりなんてことはないよな。

 

 そのまさかだった。頬の焦げたところに桜の花びらがくっつき、風で弱々しく動く。

 

 早く戻って、早く戻って、早く戻って、早く戻って。

 

 髪を乱暴に撫でる突風が心地良くて、聞き返す間もなく意識が遠のく──



コンコン。

「!」

ガチャ。

「ただいま、マキ」

「……おかえりなさい」

「心配した?」

「別にしてないわ。むしろ静かになって創話(そうわ)が捗ったくらいよ」

 キョロキョロ、キョロキョロ。

「その割には床の紙の数に変化がないように見えるけど?」

「気のせいよ。アナタ疲れてるのね。あったかくして今日は早く寝なさい」

「いつになく優しいじゃん。まぁ、確かに疲れたっちゃあ疲れたかな」

「で、どうだったの? 悪い人だった?」

「んーにゃ、全然。ヘンタイではあったけど」

「ヘンタイ?」

 ピョン、ピョン、ピョン、ピョン。

「その人、無自覚でマキが創った(ものがたり)に入っちゃってるみたいで、目の前のヒツジちゃんを守ろうとして内容に干渉してるんだ」

「じゃあ、私達の味方ってこと?」

「味方どころか、この人の協力が得られれば、ヒツジちゃんを助けられるかもしれない」

「本当⁉」

「うん。その人とヒツジちゃん、同じ学校の友達みたいなんだ。しかもその人、彼女の異変に気がついていて心配している」

「だったら早く会って、夢の住民(あのひとたち)の想いを伝えれば──」

「……」

「どうかした?」

「……マキはそれでいいの?」

「え?」

「マキが(ものがたり)を、縫いぐるみを創るために使った『葉っぱ』には、ヒツジちゃんのことを想う人達が宿っていたよね? どれだけ手を伸ばしても届かないのに、どんなに呼んでも聞こえないのに、形としても記憶としても残れないのに、それでも彼女に会いたいと願う人達が。ヒツジちゃんとその人達を引き合わせるために縫いぐるみを創ったんだよね?」

「そうよ……」

「そのマキが、夢の住民(かれら)の想いを代弁しちゃったら『縫いぐるみには何の意味もない』ってキミまでも認めたってことに、夢の住民(かれら)の想いを踏みにじることにならない?」

「……!」

 よろよろ、よろよろ。

「そんなつもりは……。私は、ヒツジちゃんに自分の居場所を見つけてほしくて……」

「わかってるよ。マキはそんな酷いことを考えていないってことぐらい」

 ピョン、ピョン、ピョン、ピョン。

「だから、遠回りだけどお友達には(ものがたり)を通じて気づいてもらお? マキだってせっかく創ったのに中途半端に終わらせるの嫌でしょ?」

「……ええ」

「でもまぁ、顔を合わせないのもアレだし、会いに行ってみる?」

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