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物語は続くよ、世界の果てまでも⑬

 昼休み。ウメタカに用事があると言って、僕はある場所に向かっていた。

 

 英語の授業の後に磐井さんと話せたのかって? 話せてないから、今こうやって彼女の後を追ってるんだよ。勝負の後、お互い含羞むだけで会話できなかったんだ!

 

 着いたのは北校舎の四階にある音楽室。音楽の授業以外で来ないから思い入れもない。

 

 話す内容を頭の中で整理する。贅沢を言えば、繭 絹一の夢の内容がどれだけ現実と合致しているのか知りたいけど、また距離が出来るのだけは避けたいから言わないでおく。

 

 残るのはタワレコでの一件だけど、本当にそういう日だった可能性もある。彼氏でもない男子にそういう部分に踏み込まれてどんな気分になるのか想像がつかないだけに、触れない方が良いと思う。それ以外の理由も特に思いつかないし。


 じゃあ何で音楽室に来てまで、彼女と話そうとしているのか。正直、僕もわからない。


 だけど、こうしなきゃどうしても落ち着かない。そうしないと取り返しのつかないことになる予感がする。


「あっ、演奏始まっちゃった……」


 ピアノの音色が閉じた扉の隙間をすり抜けて廊下に響く。歌いながら弾いているのか、メロディーに混じって歌声が聞こえる。


 終わるのを待って、僕は扉を開ける。入って右手側にあるピアノの奥に腰掛けている磐井さんが目を丸くしてこちらを見ている。


「メーメー⁉ 何で⁉」

「えーっと、シキブンに用意があって。職員室に行ったら『音楽室にいるんじゃないかな』ってガウス(学年主任のあだ名)に言われてさ」


 入る前に考えた言い訳をやや早口で伝えると、磐井さんは首を傾げて、

「えー? 私、シキブンからここの鍵借りたけど、来るなんて言ってなかったよ?」

「あっ、そうなの? あれれ~おっかしいなぁ~……」

「ぷっ」


 磐井さんの顔が綻んで、口元を両手で隠す。僕ね、この仕草好きなんすよ。

「……」

 磐井さんが無言で見てくる。 どこ見てんのよ、って青木さやかなら言っているね。


「ど、どしたの?」

「最近、よく会ってる気がするんだよね」

「そりゃ、同じクラスだし」

「あー、確かに」

「てか、磐井さんはここで何してんの?」

「私? 合唱部の伴奏の助っ人頼まれちゃって、その練習」

「へー、『一人だと寂しいから一緒にいてーえへへー』って部員に言わなかったの?」

「私の真似? 似てないんだけど~! ()けるようになるまで待っててって言ったの」

「お昼は?」

「持ってきてるよ。冷凍オンリーだけど」

「へぇ。音楽室で食べる昼食って楽しそう」


 ピアノをぐるりと回って彼女の方へ。楽譜を覗いてみると、大量の黒と白のオタマジャクシが柵の中で泳いでいた。これを調和した音にするんだから、この人は凄いよなぁ。


「これ、よく読めるね。どれがどの音なのか全くわかんないよ」

「えぇー⁉ 音楽の授業であれだけ丁寧に教えてあげたのに!」


 唐突に磐井さんは椅子の左側に移動して、楽譜を指差す。

「この音は?」「……ファ?」「違う! じゃあこれは?」「……ソ?」「うん。鍵盤だとどこ?」「ここ?」「違う! ここ!」

 磐井さんは僕の手の上に自分の手を重ねて、正しい位置に導いてくれる。ドキドキ……。


「次はラ。どこ?」「……ここ?」「違う!」

 あの、わざわざ両手で僕の手を包み込むようにしなくてもいいですから。ドキドキ……。


 暫くそんなやり取りをした後、

「何か、安心したよ。嫌われたのかと思ってたから」

「えぇ⁉ なわけないよ。嫌う理由ないし」

「本当? 良かった~。よそよそしい気がしたからさ。目とか全然合わないし」

「だってメーメー、目を大きく開いてずっとこっち見てるんだもん。怖くて話しかけづらかったんだからね!」

「あぁ……バレてたのかぁ」


 上手くいっていると思っていたんだけどなぁ。ピーピング・トムだったのか……。


 もっと覗きの練習に精進せねば。


「ところでさ。先週の木曜日に磐井さんが買ってた『繭 絹一』って人の曲、気になったから聞いたんだけど──」

「えっ⁉ そうなの⁉ 何の曲、何の曲?」


 凄い食いつき様。爛々と輝く瞳は夢で見たものと全く一緒だ。

「『Salt days』って曲を──」

「私その曲、一番好きなんだ! 歌詞はかなり切ないんだけどメロディーは明るい雰囲気があってつい口ずさみたくなるんだよね! 一番だけじゃ歌の内容はあんまりわかんないんだけど、二番から『僕』と『君』に何があったのかが──」


 椅子に座りながら僕を見上げ、ポニテを揺らしながら『Salt days』の魅力を熱弁する磐井さんの表情に一切の曇りも翳りも無かった。純真に愛を語る彼女の言葉には一切の傷も凹みもなく、ただただ美しかった。


「この歌が好きなんだね」

「好きってレベルはとっくに超えている! いつかはこんな曲を作ってみたいなぁって」

「へぇー。曲作ったことあるの?」

「あ……うん、何回かやったことあるけど……」

「嘘っ、凄いじゃん! 色んなボタンとか付いた機械をガチャガチャ弄ったり、スタジオ借りたりしたの?」

「ううん。舞……防音された部屋で楽器演奏と歌を安い外付けマイクで別々に録音したのをスマホの編集アプリで合わせただけだし」

「だけってことはないよ! 自分で曲作りから録音までやるって相当大変だろうし、歌と演奏を別に録るって集中力とか根気がいるんじゃないの? しかも何曲もあるってことは三日坊主にならないでやり続けたってことでしょ?」


 決しておべっかではなく、心の底から彼女を称賛した。どれくらい大変か想像もつかないからこそ湧いてくる尊敬の念っていうのもある。


「でも、私た……私より時間もお金もかけている人はいっぱいいるし……」

「そりゃ、上はたくさんいるだろうけど、磐井さんだって手を抜かずにやったんならもっと胸を張って良いと思うよ?」

「……えへへぇ。そうかなぁ?」

「本当にそう思う。一曲、一番だけでもいいので聞いてみたいな」

「どうしよっかな……。暫く歌ってないし」

「お願いします!」


 しょうがないなぁ~、と身をくねらせて、磐井さんはピアノと相対する。扉と窓が閉まっていることを目で確認している。


 瞳を閉じて大きく深呼吸し、細い指を鍵盤に乗せる。瞳を開くと、その表情は真剣そのものだった。


 春の陽気のような優しい朗らかなメロディが、タンポポの綿毛のように舞い始める。

 

 夢の中で聞いた曲だ。

 

 演奏が終わる。


「良い曲だった。やっぱり凄いよ、磐井さん」

「そうかな……? ありがと」

「この曲っていつ作ったの? 中学とか?」

「うん、中学を卒業してすぐ」

「そっかー。前と比べて高音の伸びが安定してたね」

「え……。前って、どういう意味?」


 磐井さんの表情が凍りつく。さっきまで綺麗な歌声を響かせていた口から漏れた、暗く重く乾いた声に血の気が引いてしまう。


 しまった、つい口が滑った……。だけど、そんなに血相を変えることだろうか。


「あっ、えーっと、聞いてる途中に気づいたんだけど、僕、前にもこの曲聞いたことあったなぁって……」

「どこで⁉」


 磐井さんは頭に銃口を突きつけられて錯乱しているかのように、血走った眼を僕に向ける。青ざめた唇は震え、健康的な色をしている頬は生気を失っていた。


「YouTubeで……」


 咄嗟の言葉。アップされているという確証が無かったから嘘だと見破られると思いきや、


「嘘……何で……? 全部消したはずなのに……。もしかして、やっぱり……⁉」

「い、磐井さ──」

「嫌!」


 僕の呼びかけを強く拒否し、磐井さんは逃げるようにこの場を後にした。

 

 二度と会えなくなるような気がして、追いかけようとするも足が動かない。

 

 チャイムが鳴っても、恐怖で歪んだ彼女の顔が、脳裏にこびりついて離れなかった。







「なるほどね」

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