物語は続くよ、世界の果てまでも⑫
日曜日。多くの家庭にとってこの日は出かけようの日。お家の中じゃつまんないから、ちびっ子達はお寝坊パパを起こしていることだと思う。今の継橋家では決して起こり得ない光景だ。
現在、昼の三時。カラクリ時計では次女の『FOUNTAIN』の独唱が始まる。
タマ……じゃなくて自称・磐井さんの父親『繭 絹一』に関する目覚めた僕は、氏が磐井さんの父親である可能性はどれくらいあるのか、もっと言えばあの夢にどれだけ信憑性があるのかについて考えていた。
確かに氏はM市出身だし年齢的に磐井さんくらいの娘がいたっておかしくない。だが実際調べてみても子供はおろか結婚の有無の情報も出てこなかった。
舞台となった邸宅は高校の通学路上にあるから見覚えはあった。行ってみたら、表札には『小屋根』とあり、その時はひと気は無かったけど庭の手入れはされていたから空き家ではなさそうだった。夢の内容を信じるなら、邸宅は磐井さんの父親の実家だ。ここはタワレコよりもGu中に近い位置にあり、祖母との仲も悪くなさそうだし、わざわざ店まで取りに行かなくてもここに配送してもらえば良い気がする。
いっそ本人に聞いてみようか、と一瞬考えたが、普通に考えて何の脈絡もなく「母親に虐待されてるの?」とか「あなたのお父さんって繭 絹一だよね?」とか聞かれたら誰でも気味が悪いに違いない。ウッ……殴られたことを思い出して腹部に痛みが。
まぁ、そもそも彼女のLINE知らないし。こんなんで居場所とやらになれるんですかね。そんな約束してたなぁ、とまるで他人ごとのように笑う。
「やけに長い夢だったなー。結構深刻そうな内容だったのに現実味のなさのせいでイマイチ深刻に受け止められないんだよなぁ」
と、焦りを貧乏ゆすりで誤魔化しながら、床に落ちていた白タオルを折り畳んだ枕に頭を埋めて独り言つ。これまた不思議なもので、夢の中ではあんなに感情は起伏し、やる気で燃え上がっていたのに、目が覚めた瞬間に主観性が抜け落ちて作り物めいたものにしか思えなくなる。この危機感のなさにむしろ危機感を覚えてイライラする。
それを紛らわそうと、佳人が勧めてくれたあの本に意識を傾注させることにした。
あぁ、次はいつ会えるのだろう。毎日二―一~六の教室を見て回っているのに。彼女の宝玉のような瞳に見つめられたら僕は……。
そんな浮ついた心で土曜に半日、今日は六時間費やし、今さっき読み終えた。貸し出し期間は二週間だから、読み返すにはかなり余裕があるが、気に入ったシリーズものは一旦全部読み通してから一冊一冊ゆっくり読み返したい派の僕としては、すぐにでも図書館に行きたい。もし『グイン・サーガ』や『失われた時を求めて』にハマったらどうなっちゃうんでしょう……。
『世界に恋したオトメ達』をリュックに入れて店跡を出ると、ウメタカからLINEでゲームの対戦とお夕飯のお誘いが。ウメタカに勝てる数少ない機会と大友家の美味しい夕飯はとても魅力的だが、本の誘惑には抗えなかった。
別に、あの人と会えるかもって期待してるわけじゃないんだからね!
「マジかよ、おい……」
思わずそう呟いてしまった。
図書館の入り口に、白いウサギの縫いぐるみが落ちていた。あの、だっこちゃん人形みたいなフォルム、間違いない。
「おいおいおいおい……」
それを拾い上げてまじまじと見つめる。この、柔らかな毛から伝わってくる温もりは彼女の体温なのか……。匂いを嗅ぎたいが、それは流石に……あぁ、良い匂い。
「いおいおいおいお……」
僕はウサギの縫いぐるみを抱えて急いで図書館がある階まで階段を駆け上った。ご注文してないのにウサギが来たよ! これは僕とあの佳人を結ぶ懸け橋だ! よーし、これを機に一気にもっとお近づきになってあわよくば……ぐへへのへ。
本を返すのも忘れて館内中を歩き回る。ウサギの縫いぐるみを持った男子が鼻息荒くして歩き回ってる様を見て、他の利用客はかなり引いている。
「いない……だと……」
失意に沈んだ僕は近くの椅子に腰を掛ける。もう帰ってしまわれたのだろうか……。
気を取り直して立ち上がる。本を返し、二巻目を借りようと棚に行ったら、
「ない……だと……」
二巻から最新四巻まで全部借りられていた。取り寄せしようにも、どの巻も予約が何件も入っていていつ借りられるのやら。泣き面に蜂とはこのことだ。
結局、何も借りずにトボトボと図書館を出る僕。ウサギの人形は名残惜しいけど落とし物として館員に届けた。もう一回くらい匂いを嗅いでおけば良かった……。
「あー、これからどうしよ。ウメタカのとこ行こうかな。でも、一回断っちゃったし……」
とつおいつ考えながら駐輪場に行くと。
籠に白ウサギの縫いぐるみが入っていて、そこに赤い蝶が止まっていた。ちゃんと届けたはずなのに。
……ここから導き出される答えはただ一つ。
この縫いぐるみは、僕の手から持ち主である佳人に手渡されることを望んでいるということだ。間違いない。じゃなきゃ、館員や利用者の目をかい潜るような危険を冒してまで僕の元に帰って来るはずがない。
普通に心霊現象だろって? 知るかそんなこと。深く考えるな、都合良く受け入れろ。
「仕方ないなぁ! そこまでついてきたいって言うなら僕は別に構わないよ! でも、持ち主が来るかもしれないし、とりあえず閉館時間までは待とうか!」
閉館後、店跡に帰宅。入って一番手前の、読みかけの本がほっぽり出された布製ソファにリュックを放り投げ、真ん中のベッド代わりのソファに寝転ぶ。
「おぉ……!」
わけもわからず歓喜の声が零れた。縫いぐるみを赤ちゃんをあやす様に掲げ、ニンマリ笑顔。どっからどう見ても不審者だけどどうせ誰も見てないんだし思いっきり気持ち悪い笑みを浮かべちゃおう! ニヒニヒ、ニヒニヒ。
「よ、よし……」
ある程度視か……鑑賞したら、僕の腕にハメてみる。確か左腕にしてたな……。
「甘美な一体感……! 美妙、宛転蛾眉、一国傾城、千金一笑、明眸皓歯、氷肌玉骨、尽善尽美……はっ! 彼女のことを想像し過ぎて、褒め称える言葉がポロポロ溢れ出す!」
頭の中の幻なのに僕を魅惑するとは、何て恐ろしい人なんだ……。
さて、次はどうしようか。
「こ、こうやって寝てるのかしら……」
佳人がどうやって寝ているのかを想像してみる。わざわざ連れて図書館に来るくらいだし相当お気に入りのはず。胸に抱えてるのか。それともこのぐらい顔を近づけたり……。
もも、もしかして風呂の時も⁉ こう、太ももに挟んで洗っていたりしてるのかもも⁉
ふとももも、ももも、もものうち⁉
ヤッバい……。妄想が止まんない。体中を男子中学生が駆け回っている。
想像力は空駆ける天馬の如し、手綱を引けば馭者が御される by明正。
とりあえず、一通り盛り上がった後に手洗いしよ……。
「……ヘンタイ」
? 何か聞こえた気が。
翌月曜日。磐井さんは始業のチャイムギリギリに教室に来た。
朝のHR後、突っ伏して寝るフリして女子数人と会話する磐井さんを観察する。ストーカーとかじゃない。純粋に心配しているだけだ。
「イワちゃん、この機に合唱部に入部してくんなーい? そしたら凄い助かるんだけど」
「アハハ、ごめんだけど部活はいいかなぁーって」
「えぇ―何で何で⁉ 放課後、忙しいの?」
「そ、それは……」
「あ、わかった! 彼氏でしょ! イワちゃん可愛いしなー」
ビクッ! 何、動揺してんだ僕。
「違うよー! 私、付き合ったことないし」
「嘘ぉ! 告白とかされなかった?」
「ないない! 一回もない! 普段、男子ともあんまり話さないし」
「そうなの? でも……」
チラッと僕の方を見る某女子(名前がわかんない)。
「たまにだよ、たまに! 珠だけに!」
「何それ、ダジャレ? イワちゃん、もっとお笑い勉強しなよー!」
いたって元気だ。タワレコで見せた顔はどこへやら。
少し安心して、リュックの中から文庫本を取り出そうとすると、
「最近、メンバーの誰もツイッター更新してなくない?」
「だってもうすぐライブじゃん。忙しいんっしょ」
「そっか! 今週じゃん、ギブネヴァのライブ! ミー子、当選したんでしょ?」
「ひっひ~、いいでしょ~? これがそのチケット! 財布にずっと入れてんだ」
一方、窓側では数名の女子がかしましい会話が耳を劈いた。最近、何かとギブネヴァの話題を耳にする。誰かCMキャンデー発射機でも使ったのかしら。
「めっちゃ欲し~! 何円出したら譲ってくれる?」
「はぁ~⁉ ハー子が全財産出してきても絶対譲んないし!」
「何々? ギブネヴァの話? てか、観た? 先週のギブネヴァの」
「『ギブネヴァのブレイク・タイム』? 当然でしょ!」
「あれ観ないとか、時代遅れを通り越して世界遅れだし!」
時代より世界が上って、どういう基準なんだろう。
ギブネヴァのブレイク・タイムって確か、彼らのサブチャンネルだっけ。
「マジそれ。んでさ、ブレイク様に『ブレイクされた』あのバンド」
「何だっけ? 名前覚えてない」
「私もー」
「そのメンバーのツイッター見に行ったらめっちゃ燃えてて超ウケた!」
「当たり前すぎ~! むしろ、ブレイク様に知られただけでも感謝しろって感じ」
「私、そのバンドの曲聞いてみたんだけど、全然心に響かなくてマジ時間無駄にしたわ~」
「面白そうだし、今からボロクソ言ってやろ。……動画消えてる! クソつまんな!」
……聞いてて、あまり気分が良いものじゃないな。教室出るか。
三限の体育は外で五十mとハンドボール投げ。男女合同だ。
あの後も磐井さんの様子を遠目で、本人に悟られないように観察していたが、見ていればいるほどタワレコで見せたあの顔が嘘のように思われる。明るく、ノリが良く、前に出過ぎない。僕も知っている磐井さん過ぎて逆に怖い。
「うっわ大友、五〇m、六秒三かよ! 何食ったらその図体でそんな速く動けんだよ!」「カレー」「嘘つけや!」「てか陸部より速ぇじゃん! もうザコにしか見えないっしょ?」「いや、全然」「謙虚―!」「つうか大友って中学の時、陸部で全国行ったんしょ?」
「……ああ」「だから入らなかったんだ! ウチの陸部はザコ過ぎるから」「アイツら、教室ではクソ陰キャなのに部内でだけ超テンション高くてマジキモイよな」「それな! 全員、運動出来なさ過ぎて体育祭とか使いモンにならないから大友が頼りなんだよな」
ウメタカに群がる生徒を見ながら、一人寂しく桜の木の陰で体育座りしながら授業が終わるのを待つ。大きく口を開いて、欠伸―ム。ちなみに僕は六秒四。褒めて褒めて。
「結局、何が言いたいんだ?」
ウメタカの目つきが鋭くなる。その場にいた男子の顔が引きつる。
「褒めそやされるのは嬉しいが、どうして他の奴を貶めるようなことを言うんだ? 俺を上げることで他の奴を下げるんだったら近づいてくるな。不愉快だ」
ハッキリ言っちゃった。カッコよ。てか、陰口を人一倍嫌うウメタカの前で堂々と叩くとか蛮勇にも程があるよ。
「お疲れ。一人だけずば抜けてデカいから傍目から見ると棒倒しか玉入れみたいだったよ」
「デカくなりたくてなったわけじゃないんだがな」
青筋がまだ若干残っているウメタカに声をかける。
「結局、選ばれるのは継橋かよ……」「アイツ、大友に守られてるからって調子乗ってるよな」「つか、今年の文化祭、アイツ出禁にしないとまた滅茶苦茶にされんじゃね?」「何で退学しねぇんだよ、マジでムカつく」
聞こえてるよー。嫌悪で歪んだ顔を見ると気まずさと同時に嗜虐心がそそられる。ミミズとかカエルを女子に近づけて反応を楽しむアレと似ている。そこまで言うなら、あの時僕はどうすれば良かったのかぜひ教えてもらいたいね!
ウメタカのこういう実直なところは本当に尊敬する。空気が悪くなったり周りから浮くのを恐れて付和雷同に徹する人間が多い中、それを物ともせずに『不愉快』とまで言ってのける。そんな人物の親友を名乗れている自分を誇っても思い上がりにはなるまい。
ここにも桜咲いてるんだな、と小さく呟いて、ウメタカはドスンと腰を下ろす。
「前の一五〇〇mの時より疲弊してんじゃん。『俺が元・Ta中陸上部部長 大友梅高である‼ 以上‼』って一喝して吹っ飛ばしちゃえばいいのに」
「ああいうノリはホント好かん。変に馴れ馴れしい上に誰かを小馬鹿にして笑い者にする空気には耐えられない」
「うっわ、僕の嫌いなやつだ……。『人を弄って笑い取れる俺って面白い』って思ってる奴が一番ダサいって気づかないのかな」
「何より、俺の口からマイナスの言葉を引き出そうと会話を誘導する意地の悪さが苛つく」
「いるいる、そういう人。そんで色々脚色したのを言いふらして対立を煽って、自分は知らぬ存ぜぬで、陰ではほくそ笑んでんの」
「詳しいな……」
「それが嫌で話しかけられないように距離置いたら、今度はこっちのデマを言いふらすし。本当、人間って面倒な生き物だよ」
「まぁ、でも社会に出れば、そういう面倒な部分とより一層向き合うことになるんだ。メーセーはもっと人間と関わることに意識を向けるべきだな」
「やだ! 人間なんか大嫌いだ! 社会出ずにウメタカの家で暮らす!」
「居候は募集していない。あと、俺も人間だ。お前も人間だ」
「黙るんだ! 僕はヘンタイだ!」
「それは知ってる。……あの磐井にあそこまで心を開かせられるんだから素質はあるはずなんだがな」
「? 磐井さんは取っつきやすくない? 気軽に話しかけてくれるし、他の人と会話してるのも良く見かけるし」
するとウメタカは、目頭を指で押さえ、
「……その察しの悪さは相変わらずなのか」
「え? 何だって?」
「いや、別に。喉乾いたから水飲んでくる」
立ち上がってノソノソ水道へ向かっていった。
何で急に磐井さんが出てきた? もしかしてウメタカって……⁉
「ホント、皆から愛されてんなぁ。磐井さん」
体育の次はコミュニケーション英語。普段は習熟度別にクラスが分かれているから、彼女の様子を伺うことが出来ない。おいおい、ガッカリするなよ僕。
と、思っていたら。
「今日はBreak timeということで、標準クラスの人達と一緒にRecreationをします」
僕達のクラス担当の先生がそう宣言する。
やるのは『ミュージシャンババ抜き』といって、呼び名の通り、ババ抜きの要領で海外アーティストの写真が書かれたカードを引いていき、最後に『スティーブ・ミラー・バンド』を持っていた人が負け。バンドのセレクトが明らかに先生の好みで、『クイーン』以外知らないから気が乗らない。例えば『ジーザス&メリーチェイン』って知ってる? 恥ずかしながら僕は知らなかった。
思いがけない幸運と言うべきか、僕を含む六人グループの中に磐井さんもいた。
「……」
「……」
少しも目が合わない。真正面なのに。磐井さんが話しかけてくれないと完全にボッチなんだよね。クラス委員長いるし(別クラスだけど今年もやっているらしい)。
気まずい空気のまま、ゲームはスタートする。
委員長がカードを一枚ずつ配ってくれる。僕の時だけ嫌そうな顔しないでよ。
さて、最初にどれだけ減らせるかな。
……あれ? 一組しかペアができなかった。七枚のままスタートかぁ。
ゲームは最後の二人になるまではかなり順調に進んだ。次々とあがっていく人達、ペアができる気配のない僕と磐井さん。お膳立てにしては露骨が過ぎるよ、神様。
終盤。僕の手持ちには『バーニング・ウィッチーズ』『バングルス』『グローリーハンマー』の三枚。彼女はこれにジョーカーである『スティーブ・ミラー・バンド』を含む四枚。
僕が引く番。
「これ?」「……」
「うーん、これ?」「……!」
「こ、これ?」「……」
さっぱりわからない。こんなに感情を隠すのが上手かったっけ?
「ドロー!」
引いたカードは──『バーニング・ウィッチーズ』
「よし!」「うぅ」
これで僕が二枚。その後、磐井さんが『バングルス』を引く。これで僕が一枚で彼女がジョーカー含む二枚。勝利まであと一歩だ。
だが、ここから僕達の血で血を洗う鍔迫り合いが始まった。
二枚が一枚。一枚が二枚。ジョーカーを引いてしまって懊悩。そんなことの繰り返しでお互い心地良い疲労感を覚えている。
「まだやってんの」「ここだけ長くない?」「この二人放置してメンバーチェンジしない?」
外野がうるさいが、今はそんな些事に気が散るほど僕も彼女も柔な神経してな──。
「は、恥ずかしい……」
あー、うん。そうだよね。僕が夢中になり過ぎなだけだよね。勝手に『お互い』って括ってごめんね?
周りを見れば、既にゲームが終わった人達が別のグループになってまたゲームを初めている。時計を見ればゲームが始まってから三十分が経過していた。
「ふー。これで終わりにするか」「ううん、まだ……!」
僕が一枚。磐井さんが二枚。ここで『グローリーハンマー』を引けば僕の勝ち。
僕から見て左側のカードに指を当てて彼女の反応を伺う。ジーッと瞳の中を隅々まで眺めるように。
「ふ——む」「……んんっ⁉」
次に右側。彼女から一切目を逸らさずに、何なら彼女が視線を逸らした先まで追う。
「ふ——む」「ち、ちょっと……見過ぎ……」
なるほど! わからん!
いつぞやのように右上を見ていないか観察しているんだけど、全然変化がない。おかしい、見つめ過ぎて磐井さんの睫毛の先まで網膜に焼きついているのに。
「ドロー!」「やった」
Oh……No。ジョーカー……。ヒース・レジャーもホアキン・フェリックスも好きよ。
後ろ手に回してカードをシャッフルする。前に持ってきても一切変えず、このまま勝負。
揺さぶりをかけられても平気の平左だ。
ずっと真正面を向いて無表情を演じる。ちなみにジョーカーは僕から見て左だ。
右、左。一往復だけ……?
「よし……!」
磐井さんが引いたのは──右。
「負けた——!」「やった」
体を大きく仰け反らせる。この悔しさは、スマブラでウメタカとお互い三〇〇%超え+残機が互いに一の末に敗れたあの時に匹敵する。要するに、凄く悔しい。
カードの山にジョーカーを置いて、
「めちゃ惜しかったー。イケると思ったんだけどなー。あそこで動かしておけばなぁ……」
磐井さんは勝者(六人中五位)の笑みを浮かべて僕の負け惜しみを聞いている。
「最後はえらくあっさり引いたけど、もしかして左にあるってわかってたの?」
僕がそう尋ねると磐井さんは、してやったりって顔でこう答えた。
「人が嘘をつく時は右上を見るって、誰かさんが言ってたから」