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河村一樹から仁科愛美へ 9


 街中には、ラブホテルが密集している地域がある。繁華街から少しだけ外れたところ。


 俺達は、いくつも立ち並ぶホテルの一つに入った。


 心臓はキスをしたときよりも早鐘を打っていて、もう破裂しそうだった。


 思考が働かない。緊張と、興奮と、戸惑い。頭に血が昇りすぎて、倒れてしまいそうだった。


 シャワーを浴びた。俺も愛美さんも、別々に浴びた。シャワーを浴び終えて、バスローブに着替えた。二人でベッドに倒れ込んだ。初めて入ったラブホテルのベッドは、大きかった。


 広いベッドの真ん中で、その広いスペースをほとんど使わずに、きつく抱き合った。きつく抱き締めた。緊張していて、どうしていいか分からない。それなのに、愛美さんを抱き締めたいという欲求だけは、はっきりと感じていた。


 カラオケボックスのときよりも、永いキスを交した。今度は、触れるだけのキスではなかった。


 カラオケボックスでしたのは、俺にとって初めてのキス。どうやっていいか分からないから、愛美さんに唇を任せていた。


 ベッドの上で、二度三度と繰り返した。俺の唇に、愛美さんの舌が触れた。軽く口を開けて、舌が触れ合った。感覚が掴めてきて、自分の舌で、彼女の舌に触れてみた。


 キスが、深く永くなってゆく。生温かい吐息と、舌を絡める水音。触れ合う肌の感触。自分でも分かる、強い心臓の鼓動。触れ合った肌から、俺の心臓の動きが愛美さんに伝わるんじゃないか。そんな気がして、なんだか恥ずかしかった。


 俺は恋愛初心者だ。女の子と二人きりで遊びに行くのも、告白するのも、キスも、ハグも、セックスも初めてだ。だから、どんなふうに進めればいいか分からない。


 愛美さんは、上手くリードしてくれた。体が重なった。生まれて初めて、女の体を知った。


 愛美さんがリードしてくれると言っても、動くのは俺だ。初めてだから、どうしていいか分からない。たぶん、凄くぎこちない。夢中で、必死で、青臭いセックスだろう。


 喉が焼けるほど、体が熱い。ボクシングに比べたらそれほど激しい運動でもないのに、息が切れそうだった。体が火照って、驚くほど汗が出た。


 ふいに、愛美さんの手に触れた。落ち込む俺を慰めてくれた手。温かく、柔らかい手。思わず、指を絡めて握り締めた。


 愛美さんも、キュッと握り返してくれた。


 彼女の手は小さくて、指は細くて、思い切り握ったら折れてしまいそうだった。壊してしまわないように、できるだけ優しく握った。でも、壊れるほど強く握り締めたかった。


「愛美さん」


 初めて、彼女を下の名前で呼んだ。無意識のうちに、彼女の名前が口から漏れた。


 俺の下で、愛美さんは、頬を紅潮させながら微笑んだ。彼女の唇が動いて、俺の名前を呼んでくれた。


「一樹君」


 体を重ねながら、キスをした。彼女の名前を口にしたくて、何度も呼んだ。愛美さん、愛美さん、愛美さん。俺の呼び掛けに応えるように、彼女も呼んでくれた。一樹君。一樹君。一樹君。


 愛美さんの口から俺の名前が出ることが、嬉しかった。恋人同士になれたようで。付き合えたようで。初めてのキスよりも、初めてのセックスよりも嬉しかった。


 セックスが終わって微睡(まどろ)んできたとき、愛美さんを後ろから抱き締めた。いつの間にか消えてしまわないように。いなくなってしまわないように。


 嬉しかった。受け入れてくれたという気がして。


 だから、絶対に、愛美さんを手放したくなかった。


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