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河村一樹から仁科愛美へ 5


 病院に行って精密検査を受けたが、どこにも異常はなかった。当たり前だ。だが、今後の問題等もあるから、診断書を取らされた。今回の件は、完全な傷害事件だしな。面倒だから示談にするけど。


 俺は被害者だから、この事件が、俺にとって問題になることはなかった。試合出場に影響が出ることもなかった。


 トイレで殴られて三日が過ぎ、インターハイ予選の日になった。


 ボクシングの試合は、一人につき一日一試合。決勝は日曜日だ。


 俺は、当たり前のように決勝まで勝ち上がった。木曜、金曜、土曜の試合は、すべてKO、もしくはRSC――レフェリー・ストップ・コンテストといって、プロで言うTKOのようなもの――で終わらせた。


 そして、日曜の試合になった。


 インターハイ予選バンタム級――五十二~五十六キログラムリミット――決勝。


 当然のように、相手はあいつだった。ずっと勝てなかった相手。ずっと勝ちたかった相手。こいつに勝てるなら、いっそ死んでもいい。それくらい勝ちたかった。だからこそ、トイレで頭の悪い不良に殴られても、我慢できた。可愛い仁科さんを目の前にしても、口説こうなんて思わなかった。


 全ては、こいつに勝つために。

 

 自分で言うのも馬鹿みたいだけど、俺は頑張った。練習量はかなりのものだったはずだ。天才とまではいかなくても、秀才と言えるくらいの才能だってあると思う。コンディションも良かった。しっかり地に足がつきつつも、体は軽かった。不良に殴られた影響なんて、微塵もなかった。


 パンチは切れていた。動体視力も冴え渡っていた。反射速度もよかった。言い訳なんて、どこを探しても見つからない。それくらい、ベストコンディションだった。


 ただ、相手が強かった。

 ただ、相手が俺より上だった。

 俺は秀才だけど、相手は天才だった。


 判定までもつれた試合で、あいつの手が上がった。勝者として、あいつの名前がコールされた。


 全てを、あいつに勝つために費やした。全てを、あいつに勝つためにやってきた。


 でも、とうとう、一度も勝てなかった。


 あいつとの戦績は、七戦全敗。


 あいつは、インターハイが終わった後にプロ入りする。あいつと戦うことは、たぶん、もうない。


 すべてが終わった。


 インターハイ予選決勝の翌日。地元のスポーツ新聞に、あいつのことが掲載された。高校七冠を狙う天才の、最後のインターハイ。そんな見出しだった。


 あいつのコメントが載っていた。


『相手の河村君は本当に強かったです。今まで何度も戦いましたが、全国で戦ったどの選手よりも強かったです。一年のときに初めて戦って、そのときに本当に強いと思って。河村君との試合が一番大変だし、一番緊張するし、一番恐かったです。河村君に勝ったんだから、全国については自信しかないです』


 俺を称えるような、あいつのコメント。


 でも、悪いな。

 嬉しくない。誇らしくもない。

 ただ、悔しい。

 あいつに勝つこと以外、全て諦めたのに。あいつに勝つこと以外、全て我慢したのに。


 結局、俺は勝てなかったんだ。


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