表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/21

仁科愛美から河村一樹へ 10


「付き合ってください。しばらくは遠距離になるけど、俺も東京の大学を受けるんで」


 朝になって。

 ホテルから出て。

 

 人もまばらな、朝の街中。


 改めて、私は一樹君に告白された。


 私はもうすぐ、東京に戻る。離れ離れになる。


 それでも一樹君は、私に告白してきた。遠距離恋愛になったら、セックスできないのに。それでも、好きという気持ちを伝えてくれた。


 一樹君の告白が、私に思い知らせた。彼は元彼とは違う、と。私が寝てきた男達とも違う、と。


 一樹君を可愛いと思う。彼の純粋さが大好きだ、とも思う。でもこれは、きっと、恋愛感情じゃない。


 一樹君を見つめた後、私は、彼から目を逸らした。胸が痛い。もし私に、後ろめたい気持ちがなかったなら。もし私に、彼のような純粋さが残っていたなら。私の心に、黒い気持ちがなかったなら。


 きっと、自分の気持ちを、正直に伝えられたのだろう。


 でも私は、正直にはなれない。一樹君に知られたくない自分がいるから。


「ごめんね、河村君」


 だから私は、嘘をついた。


「……どうして……?」


 一樹君の声は小さくて、悲しそうで、朝の空気に溶けてしまいそうだった。弱々しい彼の様子に、胸が痛くなった。でも、胸が痛くても、本当のことは言えない。言いたくない。


「遠距離なんて、すぐに気持ちが離れるよ。絶対に一年も持たない。近くにいたって持たないんだから……」


 できるだけ優しく、諭すように言った。年上ぶった口調で。若い子の過ちを正すように。


「そんなこと――」

「ごめんね」


 私は、一樹君に喋らせなかった。


「落ち込んでた河村君を放っておけなくて、挙げ句に、こんなことしちゃって」


 私が一樹君と寝たのは、慰めるためじゃない。放っておけなかったからじゃない。薄汚い優越感を満たすためだ。男を見下していたかったからだ。元彼に裏切られて、何もない自分になった。そんな自分よりも、男を下に見たかった。


 だから、色んな男と寝た。だから、一樹君とも寝た。


 泣きそうだった。涙も嗚咽も堪えて、私は喋り続けた。


「それに、恋愛を理由に志望校を決めるのも駄目だよ。せっかく大学に行くんなら、自分のやりたいこととかやるべきことを見つけて、その役に立つ大学を選ばなきゃ」


 自分でも分かっている。今、私が口にしている言葉は、何て薄っぺらなんだろう。自分を隠すために重ねたハリボテ。無様で惨めな、()()ぎだらけの嘘。


 その日以降、一樹君は、何度も私に告白してきた。とはいえそれは、極力私に配慮していた。学校内で付きまとったりしない。チャットでのメッセージの数も、常識の範囲内だった。


 実習期間が終わって、私は東京に帰った。


 実習期間中は、一樹君のメッセージに返信していた。でも、東京に戻ってからは、それもしなくなった。かといって、ブロックするわけでもない。ただ、彼から送られてくるメッセージを、涙が出そうな気持ちで見ていた。


 一樹君には、東京に来ないでほしい。私の側になんて、来ないで欲しい。


 純粋な気持ちで、私に好きと言ってくれた一樹君。もし彼に恋人ができたなら、絶対に裏切ったりしないだろう。元彼とは違う。私と寝た男達とも違う。


 そんな一樹君の中で、私は、綺麗な私でいたかった。元彼に裏切られて自暴自棄になった私じゃない。男を見下すために男と寝ていた私でもない。


 一樹君を悔しさの底から救い出した、優しい年上の女でいたい。


 だから、どうか。

 私を、ただの思い出にして。


 失恋の思い出にして、胸の奥にしまっておいて。


 これから先、恋人ができて。

 いつか結婚して。

 幸せな家庭を築いたとしても。


 ふとしたときに思い出せる、苦い、でも綺麗な失恋の思い出。


 あなたにとって、そんな女でいさせて。


 一樹君のメッセージが、今でも私のスマホに届く。返信することのないメッセージ。目に映る、一途な彼の気持ち。


『愛美さんが好きです』


 私は、スマホをキュッと抱き締めた。

 


(終)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ∀・)説得力すごいですね。すれ違ってしまうその背景がノンフィクションじみているんですよね。ただだからこそ読了後に感じる読み応えというのは凄いです。 [気になる点] ∀・)日活ロマ〇ポル〇の…
[良い点] こういう作品見るとマジで文才欲しいってなる
[良い点] 良きですよ……(/_;) とても良きでした。・゜・(ノ∀`)・゜・。 こんなロマンティックなものをまさかおっπ聖人の一布さまが書けるとは……。←失礼 ロマンティックでありながらリアリ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ