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仁科愛美から河村一樹へ 8

 

 外とは違う、薄暗いカラオケボックス。時間無制限のフリータイム。定員が二人の部屋だから、少し狭い。


 暗くて狭い室内で、私達は、思う存分歌った。食べて、飲んで、また歌う。その繰り返し。


 タッチパネルで一緒に曲を選ぶとき、私と河村君の距離が近くなった。肩が触れ合った。手と手が重なることもあった。


 私と寝た男達は、こんな状態になったら、すぐに私の体に触れてきた。当たり前に私の胸に触れて、当たり前に服の中に手を入れてきた。


 でも、河村君は、そんなことなんてしなかった。むしろ、どこか照れたような顔になっていた。暗いから分からないけど、もしかしたら、頬を赤くしていたかも知れない。


 そんな彼が、可愛かった。

 可愛い彼と一緒にいることで、私の心まで洗われるようだった。


 楽しい時間は、過ぎるのが早い。室内の時計の針は、まるで壊れているかのように早く進んだ。暗いせいだろうか、時間が経つごとに、河村君の頬の赤みが増しているようだった。


 いつの間にか、午後七時を過ぎていた。そういえば、と気が付いた。歌いすぎて、少し喉が()れている。


「そろそろ出ようか」


 時間も時間だし、これ以上歌うと喉がやられそうだ。


 私の言葉に、河村君は表情を曇らせた。「あ……」と声を漏らすと、私の方に手を伸ばしてきた。


 彼に、腕を掴まれた。


「どうしたの? 河村君」


 私の腕を掴む彼は、幼い子供のようだった。夕暮れの公園で、家に帰ろうとする友達を引き留めるような。まだ遊ぼうよ。もっと遊ぼうよ。そんな声が聞こえてきそうだった。


「いや、あの……えっと……」


 河村君は、少し困ったように口をつぐんだ。言いたいことが上手く言えない。そんな様子。もう高校生の、私より背の高い男の子。でも、可愛い。


 何かを考え込むように、河村君は目を泳がせた。暗い室内を移動していた視線は、再び、私のところに帰ってきた。


 彼の唇が動いた。


「好きです」

「……」


 好きです。確かに河村君は、そう言った。


 誰に? 

 私にだ。


 私の頭の中で、古い記憶が蘇った。私がまだ、今の河村君より年下だった頃。


 高校二年の頃。修学旅行の旅館の中。お風呂上がりの私。髪の毛が、少し濡れていた。私を待ち伏せていた元彼。二人とも、学校指定のジャージ姿。


 あのとき、私は、今と同じ言葉を聞かされた。


『好きです』


 じっと私を見つめる、河村君。その姿が、元彼と重なった。里香さんと寝た元彼。誰とでも寝る女と、寝た元彼。セックスできれば誰でもいい元彼。

 

 私を裏切った、元彼。


 そんな奴と、同じ告白をしてきた。


 ――ああ、この子もか。


 心の中で、そんな声が漏れた。


 私を裏切って、誰とでも寝る女とセックスした元彼。影で私を揶揄しながら、それでも私と寝た男達。


 今まで、河村君を、純粋で可愛いと思っていた。ひたむきで、真面目だと思っていた。


 でも、違った。河村君も、元彼も同じ。あいつ等と同じ。もう可愛くない。


 そんなにセックスしたいんだ。じゃあ、いいよ。したいなら、してあげる。


 私は微笑んだ。なんだか滑稽で、無様で、可笑しかった。河村君に手を伸ばして、彼の両頬に触れた。ゆっくりと、彼に近付いた。自分の唇で、彼の唇に触れた。


 ほんの数秒の、触れるだけのキス。舌を入れたりはしない。それは、まだお預け。


「ね、河村君」

「……はい」

「河村君って、お泊まりとかは大丈夫なコ?」

「……一応、ウチに連絡しておけば」


 私達は、カラオケボックスから出た。


 行く先は、当然、ラブホテルだった。


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