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河村一樹から仁科愛美へ 10


「付き合ってください。しばらくは遠距離になるけど、俺も東京の大学を受けるんで」


 午前七時半。

 愛美さんとホテルで一泊した後。


 まだ人通りもまばらな、休日の街中で。


 改めて、俺は愛美さんに告白した。


 セックスをすれば満足。セックスをしたから、もう深い仲。そんなふうには思えなかったし、思いたくなかったし、思われたくなかった。


 だから、再度告白した。


 昨夜は緊張していたし、興奮していたし、頭に血が昇っていた。だから、冷静でいられなかった。高揚した気持ちに任せて彼女と寝た。


 でも、口にした気持ちに、嘘偽りなどなかった。それを、愛美さんに分かって欲しかった。


 しっかりと彼女の目を見つめて、伝えた言葉。


 再度の告白を受けた愛美さんは、少し驚いたような顔をした。驚いて目を見開いて、少し寂しそうに目を細めて、どこか悔やむように目を逸らした。


 正直なところ、今の愛美さんの様子を見るまでは、当たり前に付き合えると思っていた。これから遠距離恋愛が始まって、一年近くチャットでのやり取りが続いて、来年の春には東京で再会する。そんな付き合いが始まると思っていた。


 でも、今の愛美さんの様子は、俺の希望を打ち砕いた。心が不安に満ちた。


 この不安は、試合前に似ていた。負けるかも知れないという不安。勝ちたいという希望。不安も希望も、恐怖に似た感情になる。


 その予感は的中していた。


「ごめんね、河村君」


 愛美さんは「一樹君」とは呼んでくれなかった。まるで、この数時間の出来事が、全て夢だったみたいに。


「……どうして……?」


 喉から声を絞り出した。人通りの少ない街の空気に、消えてしまいそうな声。それでも、愛美さんの耳には届いていたようだ。


「遠距離なんて、すぐに気持ちが離れるよ。絶対に一年も持たない。近くにいたって持たないんだから……」


 静かで優しい声だった。

 静かで優しい声だったけど、はっきりとした拒絶を感じた。


 拒絶を感じたけれど、簡単に諦められなかった。俺は諦めが悪いんだ。


「そんなこと――」

「ごめんね」


 俺の言葉を遮って、愛美さんは続けた。


「落ち込んでた河村君を放っておけなくて、挙げ句に、こんなことしちゃって」


 本当に、ただ放っておけなかっただけだろうか。本当に、ただの慰めだったのか。


 そうとは思えなかった。同情以外の別の感情を、俺は愛美さんから感じていた。たとえそれが、好いた惚れたという感情でなくても。


「河村君は、これから受験勉強なんだよね。それなら、遠距離恋愛なんて気が散ること、すべきじゃないよ」


 愛美さんは話を続けた。まるで、俺に喋る隙を与えないように。


「それに、恋愛を理由に志望校を決めるのも駄目だよ。せっかく大学に行くんなら、自分のやりたいこととかやるべきことを見つけて、その役に立つ大学を選ばなきゃ」


 いつの間にか俺は、愛美さんの話を黙って聞いていた。


 もちろんそれは、彼女の言うことに納得したからではない。


 こんなこと、好きな人には言いたくないけど――彼女の言葉は、どこか薄っぺらだった。まるで、付き合わないための理由を、それらしく並べているだけのような。


 一部の言葉を除いて、だけど……。


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