第8話 怒らせてはいけない
カーラ 公爵令嬢 銀髪に翠の瞳
レフ 転生者 琥珀狐 カーラの相棒
コラン カーラの想い人(両想い) 王子 金髪碧眼
ヘルン コランの姉 王女 金に近い茶色の髪 碧眼
ロナルド(ロニー) カーラの兄
シーミオ カーラの母
ロイル カーラの父
ジャスミン 町の料理店の店主
ケイト 転移者 ジャスミンの店の店員
プラシノ 風の精霊
白ハク 沼地に住む魔物 人の姿をしている
罷り間違って、城を壊してはいけない。
場所を森近くの草原に移した。野次馬もついてきた。
キャンディ王女が王族にとっての魔力の必要性についてくどくどとご高説を垂れるのを聞くのも、あきてきたレフである。
(そろそろ本題に入ってよ)
「……ですから、国を支える人間として、魔力が高くなければ、お話にならないでしょう?」
「? そうですね、無いよりは、あったほうが良いかと」
第一の素養としては、民を思いやれる心かと思いますがーー。
というカーラの言葉は、もう彼女の耳には届いていなかったようだ。
(ああ、帝国貴族は魔力至上主義だったかしら)
現国王も、直系ではなく、分家筋から力で成り上がった人間だと聞いた。
「ーーまずは、魔力で対決よ!」
高らかに言い放つキャンディ王女を見る目が、皆しらっとしている。
(え、馬鹿なの? こいつ)
少し離れた木の上に、緑の髪をした風の精霊ーープラシノとレフは並んで待機していた。気づかれないよう、念話で会話する。
プラシノの疑問はもっともだった。
(スマラグドス領は、帝国とは直接接していないからさ。知らないんじゃないの? この家の人間の魔力がオカシイって)
(大丈夫か? 下手するとあのチビ、死ぬんじゃ?)
(大丈夫よ、カーラはコントロールも良いもの。……私と違って)
(ああ……)
(そこは嘘でもそんな事ないって言わないとモテないわよ)
(そんなめんどくさいやつと付きあわねぇよ)
ゴゥッ!
キャンディ王女のまわりに舞った火の粉が、レフたちのところまで飛んできた。
(あち、あちち)
(キャンディ王女ったら、いきなりね)
(山火事になったら、どうしてくれんだよ)
そんな会話もつゆ知らず。
頭上へ手を伸ばし、詠唱を行う。
手の先に集まった炎が、蛇のように空を舞って、カーラに向かう。
普通の令嬢であれば、パニックになるか泣いてしまうような迫力のある攻撃だ。自信があるのも納得だった。
ただし、普通の令嬢であれば。だ。
パチン!
カーラが指を鳴らしただけで、炎が曲がった。
うねるように空に向かったかと思うと、運悪く通りがかった大きな鴉に当たりそうになったところで、消えた。
(ああ、魔力ごと捻じ曲げたのね……)
さすが、カーラだ。
渾身の攻撃を片手であしらってしまった。
「さて、次はどうされますか?」
にっこりと微笑む。
この瞬間だけ切り取って見たらただの美女の微笑みなのだけれど、一連の流れからのこの笑顔はなかなかの迫力がある。
「や、やるじゃない。私の魔力を乗っ取るなんて」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
「つ、次よ! 従魔を呼ぶわ!」
「え、私の出番?」
つい口から喋っちゃったじゃない。
木の上から降りて、トコトコとカーラの方に行こうとするけれど。
(いえ、レフはそこから見ていて? 子供の躾は、大人の仕事だから)
と、カーラが目で言った気がした。多分そんな感じ。
カーラさん、にこにこしながら怒ってる。
そうなのだ。
普段温厚だから、忘れているけれど。
この娘は、この国一怒らせてはいけない、シーミオの血を引いているのだ。
うん。自分の出番はないなと、レフは木の上に戻る。
「フェンリル!」
キャンディ王女が叫ぶと、地が割れ亀裂から獣が飛び出した。
思わず触りたくなるような真っ白なもふもふ狼だけれど、見上げるほどに大きく、剥いた牙が恐ろしい。
が。
ゴボォ!
召喚された次の瞬間には、土魔法でできた檻に捕らえられていた。
もはやかわいそうだ。
やっぱり、カーラさん、怒ってらっしゃる。
「なっ……! フェンリル! そんな檻、壊してしまいなさい!」
従魔の力量は、すなわち使役者の力量である。
魔力バカのスマラグドス家に喧嘩を売った時点で、キャンディ王女に勝ちの目はないのである。
カーラの作った檻は、少しずつ、少しずつ、小さくなっていた。
激おこぷんぷんカーラさん、やる事がえげつない。
フェンリルは最初こそ抗おうと頑張ったが、その圧に耐えきれずに、自らの体を檻のサイズに順応させる道を選んだようだった。
だんだん、だんだん、檻と共に小さくなる。
もはや、子犬くらいのサイズまで。
カーラは飼い犬に躾けるように、優しく言う。
「待て。言うことが聞けるなら、檻を外してあげます」
グルル……。
「もう一度だけ言います。待て。できるわね?」
グル……。
「ね?」
クゥン。
「よし」
檻が消えた。
さっきまで大型のフェンリルだったはずの生き物は、その場で腹を見せてカーラに服従の意を示している。
納得できないのはキャンディ王女だけだ。
「何で、どうしてそんなに強いのよ! 何なのよ、あなた、本当に人間なの? おかしいでしょう!」
(まぁ、そうだな)
(だって、カーラだもんね)
人外扱いにも慣れてきたカーラである。
そんな事はサラリと流して、キャンディ王女に向き合った。
「こんな事をしても、コラン様の気持ちは動きません。帝国で何があったのか、貴女の本当の目的は何なのか、お話しいただけませんか?」