第7話 宣戦布告、されましたけれど……
カーラ 公爵令嬢 銀髪に翠の瞳
レフ 転生者 琥珀狐 カーラの相棒
コラン カーラの想い人(両想い) 王子 金髪碧眼
ヘルン コランの姉 王女 金に近い茶色の髪 碧眼
ロナルド(ロニー) カーラの兄
シーミオ カーラの母
ロイル カーラの父
ジャスミン 町の料理店の店主
ケイト 転移者 ジャスミンの店の店員
プラシノ 風の精霊
白 沼地に住む魔物 人の姿をしている
スマラグドス本邸、中庭ーー
「お嬢様、大変です!」
侍女のメイが息を切らせて走ってくる。
いつも音もなく優雅に歩いているのに。
よっぽどの事が起こったのだな。
(ああ、どっかで聞いたパターンよ……嫌な予感しかしないわ)
カーラの膝の上で、レフはため息をついた。
嫌な予感というものはたいがい的中するものである。
「帝国の第七王女が、カーラ様に会わせろと」
だから何故あの王女は、事前に連絡を寄越さないのだ。
(まぁヘルンも神出鬼没ではあるけどさ)
自ら責任を取る大人の自由と、他者に迷惑をかける子供の奔放さは別物だろう。
「どうする、カーラ」
レフの転移術で帝国との国境にでも送り返してやろうか。
そんな気持ちをこめて、カーラの顔を見上げる。
「私がお相手をします。レフは、喋らないで」
人に懐く琥珀狐というだけで、すでに珍しいのだ。
レフが喋れるとわかったら、攫われる可能性すらある。
……そこそこの密偵や兵士では、レフの相手にはならないけれど。
カーラにとっては、レフは永遠に可愛い子狐なのだ。
膝の上から飛び降りて、尻尾をふる。
カーラは立ち上がり、凛とした声でメイに告げる。
「ここにお連れしてくれる?」
※
「私と、勝負してください!」
挨拶もそこそこに、王女は言った。
シラフのくせに、人の話を聞かないタイプの人間が、レフは苦手だった。
まわりが合わせてくれている事にも気づかないのだ、この手の人間は。
彼女の前ではただの狐として、黙っていなければいけない以上、怒りはやはり別のところに向かう。
(コランのやつ、どういう対応したのよ。穏便に帰るどころか、拗らせちゃってるじゃないのよ)
おおかた、正論でもって説得しようとしたのだろう。
しかし正論が通じる相手というのは、そもそもこういう突飛な行動に出ないのだ。
そもそも本来なら、警備という名目で来賓用の屋敷に軟禁されているはずだったのに。
この王女は勝手に抜け出してスマラグドス邸までやってきたのだろうか。
だとすれば、少し待てば、王都からも追っ手がくるだろう。
まぁ、実力行使をしてくるなら、こちらもそれで返すまでだ。
先に手を出したのは、こちらではないと。
大事な点は、そこなのだ。
「ええーっと。勝負、というのは……?」
一応、聞いておこうと、カーラが問い返す。
王女は胸を張って答える。
「貴女と私。どちらがコラン様にふさわしいか、勝負してくださいませ!」
何が彼女をそんなに自信満々たらしめるのであろうか。
レフは不思議に思う。
美貌といい、所作の美しさといい、内面の可愛さといい、カーラに勝てる点が無いぞ。
やはり、魔力の大きさを自負しているのだろうか。
レフは目を細めて、王女を見る。
人にしては、そこそこだ。
所詮は外の世界を知らない蛙の話だけれど。
(やっぱり、そういう……ことなのね……)
カーラは迷う。大人として、世間の厳しさを丁重に教えてあげるべきなのか。
しかしせっかくコランが慎重に対応しているのに、こちらが王女に怪我でもさせたら水の泡だ。
「いいじゃん、やってあげたら?」
レフがカーラの肩に乗り、王女からは口元が見えないように囁く。
完膚なきまでに叩きのめしたら、目も覚めるかもしれないし。
「そうだな。死なない程度に」
いつの間にか、プラシノがやってきていた。
面白はんぶ……ゴホゴホ。野次馬こんじ……げふげふ。
トラブルの匂いには敏感な風の精霊だ。
「私と勝負して負けたら、大人しく国へ帰っていただけるのですか?」
「そうよ! 私が負けるなんて、あり得ないだろうけど」
よっぽど自信があるらしい。それほど豪語するならば、多少の事では怪我などしないかもしれない。
「仕方ないですね……。それで納得いただけるなら。お付き合いいたします」
王女が、ニヤリと笑う。
なんだか嫌な感じだ。とレフは思った。
「とりあえずプラシノさぁ。王都にひとっとびして……あ、やっぱいいや」
そうだそうだ、良いものがあるのだった、と思い出す。
こんな時こそ、ヘルンにもらったテレビ電話の出番ではないか。
あれから改良を重ね、ヘルンは携帯版まで作っていた。
いわばコンパクト型の携帯電話のようなもの。
ヘルンは基本的にひとところに留まっていないので、壁掛け型では不便なのだった。
レフはこっそりとカーラの部屋に行き、事の次第をヘルンにチクることにした。
ああそうだ、白にも一報を入れておかねば。
国境で帝国側に何か不審な動きがあれば、沼地の白がすぐに気がつくはずだ。
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