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第3話 トッチョと沼地の白い幽霊

 村のはずれから森を抜けた沼地のそばで、トッチョは薬草を採っていた。

 日に焼けた腕で、頬についた泥をぬぐう。

 気合いを入れ直そうと、肩までの黒い髪を縛り直した。


 最近は冬が近づいてきたせいか、夏よりも探すのに時間がかかる。


 その分、買取金額も上がるので、商売あがったりという訳ではないのだけれど。


 しかし。

 魔物にも、冬眠する種類のものがいる。

 涼しくなると、暖かい国へ移動する魔物もいる。

 比較的弱くて、狩りやすい種類の魔物に多いのだ。

 なのでこの時期は、低ランクの冒険者が、魔物狩りの代わりに薬草採取をしていたりもする。

 そんな事情もあって、トッチョはいつもより遠いところまで、薬草を探しに来ていた。


 沼地、そしてそのそばの森には近寄るなと、村の大人は言う。


 でも、他に生計を立てる手段がないのだから、多少の危険には近寄らないと生きていけないんだよ。


 沼地のあたりは昔から治安が悪かった。


 盗賊が出たり、通り魔が出たり。


 幽霊が出るという噂もあった。


 最近は、何やら、新しい魔物が住み着いたらしい。


 国の偉いひとたちが来て、調べていた。


 でもその魔物は、人が悪いことをしなければ襲ってはこない。むしろ、森を守ってくれる良い魔物だと、その偉いひとたちが言っていた。


 村の大人たちは、半信半疑だったけれど。

 

 悪い魔物じゃないと、トッチョも思う。


 トッチョは、このあたりをよく知っていたから。


 新しい魔物の噂が聞こえるようになってから、悪い大人を見なくなった。


 人の物を盗んだり、弱い人から物を取る大人がいなくなった。


 夜になっても、しくしくと泣く女の人の声が聞こえなくなった。


 村の大人たちも、だんだんと理解したらしい。


 最近では、お供えをすると願いが叶うなんて噂も流れ出した。


 トッチョは、悪い大人がいなくなってから、夜にこっそり沼地を訪れることが増えた。


 月明かりの下でひとりぼっちで誰かと話す幽霊を見るようになったからだ。


 幽霊は、人間と違う。


 人間よりも、とっても綺麗だ。


 真っ白な髪は、月の光を集めたみたい。


 唇は血のように赤かったけれど、いつも少しだけ微笑んでいた。


 だからトッチョは、全然怖くなかった。


 あの白い幽霊は、いいやつだ。絶対に。


 だって、キツい感じのつり目のくせに、いつも優しい顔をしているのだもの。

 見えない誰かと話している時、とっても優しい声で話すのだもの。


 トッチョの父さんも、あんなに優しかったらよかったのに。


 トッチョはいつも、そう思っていた。


 母さんが出て行ってから、父さんの優しい笑顔は見たことがない。


 あの幽霊が、父さんだったらよかったのに。






 白は、今宵も、その気配に向かって声をかける。


 中央国領に引っ越してきた時から、その存在には気づいていた。


 最初は、何か大きい力の残滓なのだと思っていた。


 太古の昔に使われた極大魔法の残滓なのか、人知れずここで息絶えた高位の魔物の魔力なのか。


 その魔力は、白にとっては心地よかった。


 悪いものではなさそうだったので、共存することを決めた。


 変化に気づいたのは、あの時だ。


 ヘルンを探しにきた一行が、この沼地にやってきた時。


 力には、意志がないと思っていたのに。


 どうやら、そうではなかった。


 眠っていた「彼女」を起こしたのは、一匹の琥珀狐のようだった。


 その魔力は、レフをずっと追っていたように見えた。


 ずっと「彼女」をみていた白以外には、それに気づいたものはいないようだった。

 あの緑色の精霊すら、「彼女」の存在を無視していた。

 あるいは、初めて会う白の魔力と混同していたのかもしれなかった。


 そして、あの日から、少しずつ「彼女」の存在がはっきりとしてきた。


「……レフ殿は、あなたにとって」


 何なのだろう。


 レフの名前を呼ぶと、彼女は反応する。


 それを反応と言って良いのか、わからないくらいの、()()()だったけれど。


 この沼地の成り立ちは、ヘルンに聞いてもわからなかった。


 沼地は、記録のある限り、昔から沼地だったと。


 きっと、たくさんのものを呑み込んできたのだろう。


 物も、人も、人ならぬものも。


 もし「彼女」が目覚めたら、この地に何が起こるのか。


 白にもわからない。


 ただ、レフにもし何かがあったとき、「彼女」はきっと、最後の力を持って覚醒するのではないか。そう、白は推測している。


 その時、白はどうすべきか。

 できる事はあるのだろうか。

 何か、糸口はないだろうか。


 常に備える事は無駄ではないだろうと、白は今宵も彼女に声をかけ続ける。

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