第20話 ヘルンの帰還
「ヘルン殿、よくご無事で」
ヘルンたちを連れて、沼地まで戻ってきた。
白が心配そうな顔で、出迎えてくれる。
「心配をかけたわね。鏡も割れてしまって……」
「新しい物をこさえましょう」
「ありがとう。ーーそれに、悪いわね。大所帯を受け入れてもらって」
「あのような場所でよろしければ」
何でもないことだと、白は静かに微笑む。
居室空間に全兵士をいれるのはさすがに無理があったので、洞窟のような広い空間に野営スタイルで滞在してもらっていた。いまはコランとカーラやプラシノ、トッチョたちが、皆に温かい食事を運んでいる。戦場においては、立場や身分は関係ないという人たちだ。
王子や公爵令嬢に食事を手渡される兵卒側の気持ちとしては、落ち着かないだろうけど。
ちなみにレフが運ぶとお料理に毛が混じってしまいそうなので、こっちの方に来ることにした。
レフとヘルン、そしてエリアスという魔道士の青年だけが、こちらに来たメンバーだ。
ヘルンは首を振って、頭を下げる。
「雨風がしのげればじゅうぶんよ。本当に、ありがとう」
「私に居場所をくださったヘルン殿に、こんなに早く恩返しができるとは。思いませんでしたぞ」
いたずらっぽく笑う白に、ヘルンも笑顔を返す。
「ある意味、怪我の功名かしら」
さてーー。と、白の後ろに控えていた少女に目を移すヘルン。
「実際にお会いするのは初めてかしら。王宮にいらしていた時は、お会いできなかったから」
そう言って、使者の書簡をキャンディに手渡した。
「こちらを、御一読いただける? あなたの気持ちの通りにして良いから」
読み終わった書簡を握りしめて、喉の奥から絞り出すような声で言うキャンディ。
「私が、行きます。行かせてください」
「わかったわ。一応、コランと、このエリアスも付けさせるから」
思い詰めたような表情で固くなっている少女に、ふわりと笑いかけるヘルン。
「ねぇ、そんなに深刻にならないで。こんなのはどーお?」
そう言って、部下に指示を出す。
「エリアス」
「はい」
ヘルンにエリアスと呼ばれた赤茶色の髪の青年が、レフにとっては少し見慣れた物体を、横抱きに運んできた。
(え、マネキン?)
マネキン。だろう。
デパートとかで服を着ている、あの。
素材は木と布だろうか。顔はのっぺらぼうで、髪はない。
「自動人形」
エリアスが唱えると、マネキンが自分で立った。
(やだ、気持ち悪い)
夜道でこんなのに遭遇したら、さすがのレフもチビってしまう。
「憑依術を使って、あなたの精神をこちらに移せば、肉体はこの空間においたままで、沼地の方に出て行くことができます。憑依した段階で、自動人形の容姿及び服装は本体のあなたと同期いたします」
澱みなく説明するエリアス。
何だかこの名前、どこかで聞いたことがある気がするのよねぇ。会ったことがあったかしら。このお顔にも片耳のピアスにも、覚えはないのだけれど。
あとでこっそりヘルンに聞こうっと。
「あっちだって、どうせ本体はでてこないでしょ? 鳥に憑依させるか、人形に憑依させるかの差。お互い様よ」
悪びれずに言うヘルン。そういうところ、好きだわ。
「もし、あなたがーー自動人形が殺されたら。うちの国で、戸籍を作ってあげるから。一から生まれ直しなさいな」
そう言って、優しくキャンディの髪を撫でた。
「その程度のフォローしか、できないけれど。たとえ仮の体だとしても、本体に痛みやダメージを受ける可能性は大いにあるけれど。それでも、行ってくれる?」
無駄な争いを止めるために。
「はい。私は、責任をとれる人間になりたい。自分の望む人生に生まれ直すことができるなら。伴う痛みから逃げる事は、いたしません」
しっかり前を向いて言うキャンディ。数日でとても頼もしく成長したように見えた。
(私、この子のことが好きになれそう)
ぜんぶ終わったら、お友達になってと話しかけてみようかなと、レフは思った。
ぜんぶ終わらせたら、皆で笑いあって、美味しいものを食べるのだから。ーー絶対に。




