第9話 少女の心
「あははははっ! ーーはーぁ。ここまで見事にやられては、取り繕う方が惨めだというもの。何ひとつ敵う事がないと、諦めもつきますわね」
これでも、引き際は心得ている。
選ばれない事には、慣れている。
やれるだけは、やったのだ。
父もわかってくれるだろうと思いたい。
いい子の自分のままでは、やんわりと断られてお終いだ。
プライドも何も投げ捨てて、捨て身の作戦のつもりだった。
それも、完敗だ。
自嘲するように笑う。
キャンディは、帝国の王宮で「要らない子」だった。
兄は十二人。姉は六人。
王宮には、自分よりも、魔力も勉学も美貌も優れた兄姉たちが、たくさんいた。
必要のない子だったから、分家筋の公爵家に養子としてお世話になった。
それは良い。公爵は実の父より何倍も優しくて、キャンディは幸せだったから。
記憶もない母のかわりに、公爵夫人はキャンディに心を砕いてくれたから。
遊学中の、コラン殿下が、キャンディの先生役をしてくれたのは、偶然だった。
社交の場で意気投合した継父に頼まれ、学校が休みの間の期間限定で、キャンディについてくれたのだ。
淡い恋心がなかったといえば、嘘になる。
だって本当の王子様が、キャンディに優しくしてくれたのだもの。
けれどそれは、初恋だと言うのもおこがましい憧れだった。
自分の理想を、相手に投影していただけだ。
そして、皇帝ーー実の父はそんなこと、気にもとめていないと思っていた。
今回の、提案をされるまでは。
コラン殿下との婚約を勝ち取り、隣国の内政に食い込もうという策だ。
どこまでも貪欲な父のことだ。
狙ったものは手に入れてきた人だ。
王座だって。
実父にとって、キャンディは駒だ。
反論は許されない。
断れば、公爵家にどんな咎がいくかわからない。
キャンディに、選択肢はひとつしかなかった。
「たとえ面識があったとしても、婚約となると、一大事です。うまく行くとは限らないのではないですか?」
(現に、コランはすっかりカーラにご執心だしね)
カーラの言に、レフも頷く。
たしかに、今思えばあの態度はまずかったと、キャンディ自身も思う。
何としても、突破口を開こうと、躍起になっていた。
「私の知るコラン様は、誰にも平等に優しくて、誰にも執着していなくて、どこか達観されていた。お互いの国に利があれば……多少強引にでも押し続ければ、あるいはと」
そう思ったのだけれど、それは計算違いもいいとこだった。
「我が国では、魔力こそ本人の魅力。力で男女関係に決着をつけることは珍しくありません。でも」
(子供の浅知恵だわね。変に狡猾な手口を使われるより、むしろほっとするけれど)
それは、あくまでレフの考えだけれど。
「でも、コラン様は、違いますね。それに、あの頃とは別人のようです」
昔のコランは、困った顔をしながらもわがままを聞いてくれた。
それはきっと、本当に守りたいものがなかったからなのかもしれなかった。
「カーラ様の、おかげなのですね」
コランが変わったのは。
「つけいる隙など、ないのですね。よく、わかりました」
※
「私は、大人しく帰ります」
そう言う王女のどこか晴れ晴れとした表情に、子供らしさが垣間みえる。
素の王女となら、もっと違う出会い方をしていれば、友達になれたかもしれないのにな、とレフは思った。
「お土産が無いのも国に帰りづらいので、せめて貿易の発展について話し合いの場をいただけないでしょうか」
「私からも、お伝えいたしますわ」
「ありがとう存じますーー」
美しいカーテシーをするキャンディが、初めて王女らしく見えたレフなのであった。
「キャンディ様。しかし、このままでは」
「ロベリア」
勝手に口を出した従者を、厳しく諌める。
その顔は、まさしく王族の威厳をたたえていた。
「弁えなさい」
「失礼、いたしましたーー」
ギリ、と唇を噛む侍女。
納得がいっていないようだ。
従者でさえこの様子だ。
はたして帝国の皇帝が、貿易程度の手土産で納得してくれるのか。
まともな国であれば王女の非礼を詫びて手打ちに持ち込もうとするだろうが、まともな国はこのような絡め手を使いはしない。
(もう一波乱、ありそうねーー)
湿っぽい空気がたちこめる。
暗くなってきた空を見上げる。レフは抱いた胸騒ぎに蓋をして閉じ込めた。




