ヒロインズパニック
こういうのも面白そうだなと思い書いてみたものの連載の見通しが立たない為、冒頭のみ短編で失礼します。
※主題は恋愛ですが、恋愛要素までたどり着いていませんのでご注意。
「嘘……でしょう!? 」
転生者シシリィ・アーレイド男爵令嬢は蜂蜜色の大きな瞳を揺らしながら、震える声音でつぶやいた。
——まさかそんなことがあるなんて、と。
*
時を遡ること3年前——。
肌を突き刺すような冷たい空気の中、まだ日も出ぬうちから孤児院裏の井戸で必死に水汲みをする1人の小柄な少女がいた。
寒さに震えながら水汲みをしていたその少女はふいに動きを止めると、今し方汲み終えた井戸水を覗き込んだ。
その水面に映っているのは薄ピンク色の髪に蜂蜜色の大きな瞳と桜色の小さな唇が印象的なあどけない美少女である。
少女の顔は彼女のとある記憶の中で輝くばかりの美青年達と心ときめく恋愛模様を繰り広げるヒロイン――シシリィ・アーレイドを幼くしたような顔立ちをしていた。
そう、シシリィは物心ついたときから別の世界で生きていた人間の記憶――いわゆる前世の記憶によれば、この世界は乙女ゲーム『輝く乙女のラストラヴァディ』の世界であるという。そしてなんと、シシリィはそのゲームのヒロインらしかった。
毎日食事にありつけるのかも怪しくらい貧しい孤児院で過ごすシシリィにとって、その華やかな記憶は彼女の心の支えだ。その記憶の通りならシシリィは近いうちにアーレイド男爵家へと引き取られることになるのだから。
「これはきっと頑張っている私に神様がくれたチャンスなのよ。……絶対に、素敵な王子様との幸せを掴んでみせるんだから!」
よし、と気合と共に水の入った桶を枝のような腕で持ち上げたシシリィはヨロヨロと運び始めた。
この後しなけれなばならない食事の準備も、しんどい孤児院の掃除も、人のご飯を狙う他の孤児達とのご飯争奪戦も——その輝かしい未来の為なら何もかも耐えることができた。
その2年後、シシリィは男爵家の私生児として引き取られる事になり、輝かしい未来への第一歩を踏み出したのである。
それからさらに1年の月日が流れ、ついにシシリィはこの国の貴族学校へ通う日を迎えた。
アーレイド男爵家で過ごした1年間は孤児院とは違った意味で最悪だった。男爵は引き取って義務は果たしたとばかりに放置だし、男爵夫人とその娘からは庶子だなんだと嫌悪され、使用人には面倒ごとはごめんだとばかりに遠巻きにされる。
それでも毎日3食美味しい食事にはありつけるし、ふかふかの寝床で眠ることができるし、かわいいドレスも着られるのだ。その待遇を思えば、居心地が悪さも我慢できた。
「ふふ、ついに始まるのね」
馬車の中でシシリィは嬉しそうに笑う。なにせこれから待つのはシシリィの記憶にある輝かしい未来——素敵な殿方とのきらきらしい出会いだ。
このために今までずっと耐えてきたのだから、楽しみでしかたがないのだろう、彼女の頬はほんのり朱に染まっている。
正直礼儀作法も勉強も不安な点は残っているが、それはこの学校で学んでいくつもりだ。
この1年必死で貴族の教養を身につけた甲斐あって、急拵えの家庭教師から及第点をもらっているので顰蹙を買うような事態は避けられるだろう。
出来れば友達も作りたいな、と蜂蜜色の瞳を輝かせながらシシリィは馬車の外——前方に見えてきた憧れの校舎と視線を向けた。
「絶対に幸せを掴むのよ、私」
いつかの日のように、シシリィはよしと小さくつぶやいた。
そうしてついに学園の入り口についたシシリィは御者に差し出された手をとり馬車を降りる。
最初のイベントはこの校門。その相手はこの国の第2王子だ。
イベント内容はわりとベタで、突然の風に飛ばされたシシリィのハンカチを王子が掴む、といったものである。庇護欲をそそる見た目に加えシシリィの令嬢らしからぬ裏表のない笑顔に新鮮さを感じた王子が興味を持ったのがきっかけで他のイベントに発展していくのだ。いわば導入イベントと言って差し支えない。
何故護衛もおらずに1人でいるのかなど気になる点はあるものの、シシリィにとってはある意味チャンスだ。シシリィは深呼吸をすると自身の制服を見下ろして小さく頷くと校門をくぐりぬける。
トクリトクリ——高鳴る胸を押さえながら1歩、2歩、と歩みを進めたちょうどその時。
シシリィの背後から強い風が駆け抜けていった。
「あっ」
シシリィのハンカチが、ふわり、風に舞い上がる。それは例の記憶と全く同じ光景だった。
ハンカチはふよふよと不安定に宙をただよい、やがて吸い寄せられるように王子の元へと落ちていく。
その数――7枚。
――ちょっとなんなのよこれ!?
1枚ならいざしらず7枚ものハンカチを両手で受けるハメになった第2王子はというと困惑しきった表情で立ちすくんでいた。
シシリィは懸命に記憶をよびおこしてみるが、ハンカチが7枚も王子に飛んでいく展開はない。
というかもしあったらそれは恋愛劇などではない、å喜劇だ。
本来はハンカチを追いかけなければいけないのだが、不測の事態を前にシシリィもまたその場を動くことできなかった。それは、今ここで動いて果たしてあの記憶どおりになるのか自信がなかったからである。
「(あ、後の6枚はどこから……)」
シシリィが慌てて周囲を見渡せば、6枚のハンカチの持ち主であろう人物はすぐに見つけることができた。なんせ、校門の近くで不自然にきょろきょろと周囲を見渡していたのだ、わかりやすいにもほどがある。
それは6人の少女だった。髪や目の色は全く違うが、皆華奢で庇護欲を誘う美少女という共通点があった。誰もが皆、驚いたような、困惑したような、あるいは警戒するような表情を浮かべていた。
そうしてその場に居合わせてしまった7人の可憐な少女達の視線が交錯した、次の瞬間。
――自分以外の6人もまた、自らと同じヒロインである、と。
彼女達の乙女の勘がささやいたのだ。
これはそう、異なる世界から転生してきた7人のヒロイン達による愛と友情と裏切りの物語。
他の6人を出し抜き、輝かしい未来を掴まんとする少女達による仁義なき戦いの幕開けであった。
別世界線からの転生ヒロイン達が己の知識を駆使して攻略ガチンコバトルしてたら面白そうだなと思ったので書いてみました。シシリィの前世ではシシリィがヒロインの恋愛ゲームでしたが、他の少女達の前世ではそれぞれの少女達がヒロインのゲームあるいは本、あるいは劇でした。
なので全員とも紛れもなく正当なヒロインです。
ちなみにシナリオはそれぞれの世界線ですこーしずつ違うので誰がイベントを起こすかによって今後の展開も微妙に変わってきます。……がんばれシシリィ。
あとヒロイン7人となると攻略対象に該当するメンズ達も色々と大変そう……頑張れ。