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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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幕間 カティンカの思い出

 父は正義感が強い灰身上だった。今はなき父だが、その正義感をもってして数多くのヒトカゲを倒した。


 母は言う。


「お父さんも、お爺ちゃんも、曾おじいちゃんも、灰身上として立派に務めを果たしてきたわ。カティンカもご先祖様みたいに、世のため人のために務めを果たしなさい」


 母は娘であるカティンカに厳しく教育した。名誉ある灰身上の血筋を絶やさぬためであり、父なき子でも強く生きて行けるようにするためだ。

 父だけでなく、祖父も曾祖父も殉職している。親類はいないので、この血筋を受け継ぐ者はカティンカしかいない。



 血筋の才能は女の身であっても効果はあるようで、カティンカは灰身上になる。

 母の教えはカティンカの思想に色濃く影響していた。父の姿を幼い間だけでも見ていたことで、先祖を敬い、恥じぬ灰身上でありたいと強く思う。その次に世のため人のため、と世間一般では正しいとされる灰身上の在り方がきていた。


 カティンカは本部の屋敷にある武芸場で木刀を振るう。才能にだらけることなく、努力は弛みなくしていた。素振りを五百回目と体が温まってきたところで「カティンカ!」と高さの残る少年の声を聞く。

 好一対(バディ)である(りょう)が笑いを殺せず、分かりやすく揶揄って言う。


「おい、またきたぞ」

「聞こえているわ。……全く飽きないものね」


 ふうと溜息をつく。これで何度目かしら。

 カティンカより二歳年下の少年は元気よく「カティンカ!」と再度名を呼ぶ。


「なによ、壮馬(そうま)

「ねえ、また鍛錬しているところを見ていていい?」

「邪魔しなければ勝手にしていればいいじゃない。まあ、そんなことをしているより、木刀を振るっている方が有意義な時間の過ごし方と思うけれど」


 カティンカは見習いから灰身上になったばかりだ。これからもっと技量を磨いていくつもりだが、現段階ではそうたいしたものではない。見ているよりも、自ら木刀を振るっている方が力は身につくだろう。

 捻くれた言い方で助言するが、壮馬は気にすることなく答える。


「じゃあ同じように素振りしながら見ようかな!」

「……あっそ。好きになさい」


 それならば見るか素振りかどちらかにした方がいいと思うが、壮馬は融通が利かないところがあるので口にはしない。今は他者に構うよりも、自身の鍛錬だ。強い視線を感じながら、鍛錬に集中する。

 千回目の素振りと区切りが付いたら、次は木刀で打ち合う。涼以外にも、昔から付き合いのある俊嗣(としつぐ)麻央(まお)がいるので、順番にかわりがわりしていくことになった。


 同じ女の身で灰身上を目指していた、もうすぐ見習いを終えると言われている麻央とまず打ち合う。涼や俊嗣の男と違って筋力差はなく、技量がものをいう内容となる。


「壮馬に声をかけたりしないの?」


 灰身上か、その見習いの違いがあることから技量はカティンカが上だ。ただ大きな差はなく、何度も打ち合ったことがあることから相手の癖は分かっている。しかも最初は慣らしも踏まえて木刀を合わせているので、麻央は話をする余裕があった。

 カティンカはずばりと言う。


「しないわ。慣れあうつもりはないもの」

「少しぐらい話してあげてもいいのに」

「……前々から思っていたけど、やけに壮馬に同情しているのね」


 強く麻央の木刀を打てば、カンと響きのいい音が鳴り、宙に舞う。

 初心者のように木刀を手放してしまったことで、麻央は気まずそうに「ごめん」と謝る。鍛錬よりも壮馬の話に熱が入っていたことを自覚し、反省していることから、カティンカは追及することはなかった。


「その、昔の自分を見ているようで、親近感があるんだよね」

「分かる分かる。俺たちにもあんな頃があったよなー」

「俊嗣」


 涼との打ち合いは先に終わっていたらしい。話に入って膨らませないで、と咎める口調になった。

 俊嗣は気付いていない振りをして続ける。


「俺と麻央がちょうど同じときに本部にやってきてさ。俺たちと同い年なのに、遊ぶことなく鍛錬してて興味を持ったんだよな。カティンカって凛としてるから、他の奴と違って目立ってたしなあ」


 涼は頷いて同意する。


「確かに、人目引くものを持っている。剣技には切れ味があって、一目惚れしたものだ」

「うっわ。よく恥ずかしげもなく言えるよな。告白しているのも同然だぞ」

「実際したさ。だから俊嗣と麻央より遅れてカティンカに出会っても、好一対(バディ)になれている」

「そういう意味で俊嗣は言っているんじゃないよ」


 真顔で言ってのける涼に、麻央は苦笑して言う。


 カティンカは話を聞いていて照れくさくなる。話すのなら、別の場所でしてほしい。

 口を挟むことはできず、ぼそりと呟く。


「きつい性格をしているというのに、物好きね」


 涼も俊嗣も麻央も壮馬も、全員がそうだ。


 カティンカは灰身上の血筋であり、それに恥じないように努力をしてきた自負があるので自尊心が高い。

 物怖じしないで人に意見を言えるが、母の厳しい教育を受けてきたことから、人に求める水準が高い。それを満たしていない怠け者などには刺ある言い方をしてしまうことが多かった。


 父のように正義感が強く、人に慕われるような性格はしていないのだ。

 それなのに、と呆れと共に困惑する。壮馬が「だって!」と声を荒げたのには驚いて、考え込んでいた意識が現実に戻った。


「カティンカは誰よりも自分に厳しいから。人一倍頑張っている姿を見ていると文句なんて出てこないし、俺たちのことを思って言っていることは伝わってくるから。だから俺はそんなカティンカに憧れて、ずっと見ていたいって思うんだよ」

「は……」


 否定しようとしても間違ったことは言っていないので、言葉にならず吐息だけが漏れる。壮馬のまさに「憧れているんだ!」という、きらきらとさせた瞳の圧力に押されていると、俊嗣が壮馬の肩に腕を回す。


「壮馬、お前……よく分かっているじゃないか!」


 褒め殺しにしたいのか、カティンカを除いた全員でわいわいと盛り上がる。「きつい言い方だからいいのだ」という言葉を聞いて、何歩も後ろに下がることになった。


 カティンカは頭が痛くなって、片手で押さえる。

 壮馬は俊嗣たちを味方につけたので、これからは彼らと同様にカティンカの行動について回ることになるのだろう。自分一人では力がないのだと供を引き連れているようで、みっともない気持ちに駆り立てられるだろうが、拒否はできない。彼らはカティンカを純粋に慕ってくれているのだから。



 武芸場にはカティンカ立ち以外にも人で賑わっている。顔見知りしかいないので、鍛錬しに来た者には親しく挨拶を交わして受け入れるのだが、彼の場合はまずざわついた。


「珍しいな」

「いつぶりだ?」

「見かけること自体ないからな」


 物珍しさや好奇心から、彼は注目を集める。

 カティンカも同様で、名を呼んで駆けつける。


「先生……!」

「カティンカ。久しぶりだね」


 先生と仰いでいる和人は、やんわりと目尻を下げて微笑んでくれる。

 会えて嬉しい気持ちが湧き上げってくるが、和人の儚く脆い雰囲気から、直ぐに心配に変わった。


「具合はいいのですか。伏せっていると聞いていたのですが」


 和人は生まれつき病弱だ。灰身上として体を鍛えていてもそうなのだから、虚弱体質なのだろう。


「うん。季節の移り変わりで、体が追いついていなかっただけだから。心配してくれてありがとう、カティンカ」

「いえ……先生が元気であるなら良かったです」

「俺も俺も! ずっと心配していた!」

「俊嗣もありがとう」


 和人を仰ぐ者は数多く、俊嗣だけでなくあっという間に囲まれることとなった。遠巻きに話をしていた者も混ざっていることで、誰よりも先に行動して和人と一対一で話すことができてよかったと思った。


「今日は鍛錬している様子を見ようと思って来たんだ」


 和人は来る人拒まず、弟子をとっている。弟子でなくとも、指南はしてくれるので、皆気合を入れて鍛錬する。

 カティンカは前々から和人の弟子で、病弱さから指南を受けられることは貴重と分かっている。より気合を入れて、鍛錬に励んだ。


「カティンカ。肩に力が入りすぎているよ。あと右半身が前に出ているから、少し後ろに引いてみて」

「はいっ」


 和人は体に負担がないようだろう。全体を見渡せる場所で正座し、的確な言葉をかけていく。カティンカは他者にかけられた和人の言葉についても、聞き逃さずに注意して木刀を振るった。

 剣技について指南してくれる者は和人以外にもいるが、身の入れようは違っているようで、短い時間であっても成長を感じられる。


 正座していた和人だが、希望する全員に一通り指南したところで立ち上がった。誰でも使用できる木刀を手に取ったところで慌てる。

 それを見越していた和人は押しとどめる。


「大丈夫。今日は調子がいいからね」


 木刀での振り下ろしは、違和感なく行われた。伏せっていても実力が衰えていることはないらしい。

 素振りを終えると、「よし」と呟く。誰もが手を留め、和人が何をするのか興味津々だ。カティンカはあれが見られるだろうと、期待で胸を弾ませた。


「いくよ」


 カティンカが和人を先生と仰ぐようになったきっかけの『姿勢』がなされる。


 足が踏み込みのために、一歩前に出る。それだけで、空気に溶け込むように和人の姿がすうっと消えていく。その場から大きく動いていないのに見失いそうになるのを、必死に意識して捉え続けた。瞬き一つもできないと、食い入るように見ていく。


 まるで剣舞のように、見惚れる美しさだ。木刀を振るえば空気を裂く音も鳴るものだが、耳から遠いものとなっている。姿だけでなく、音さえも消してしまえるのだろうか。

 静謐で、病弱さなんて忘れさせる淀みのなさがある。無駄のない最小限の動きもあって、相対するヒトカゲは和人を知覚できずに斬られてしまうのだろうと想像した。


「なんだこれ、すごい……」


 壮馬が感嘆の声を漏らす。和人と会ったことがないようで、その実力には懐疑的であったが、カティンカと同じように一瞬で見惚れてしまったらしい。

 カティンカは誇らしくなって、自慢するように言う。


「これが『雲隠れ』よ」


 この和人の通り名は、『姿勢』からきている。目の前に存在しているというのに、捉えることができない。


 カティンカはこの『姿勢』を身につけようと決意する。灰身上になれた腕前程度ではできない難しいものだ。それでも向上心高く鍛錬を続け、数年後には短時間であるが身につけてみせた。


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