第九十三話 推測
第二支部は崩壊寸前だった。第三形態のヒトカゲはそれを狙っていたのか、討伐戦に参加した第二支部の灰身上の殆どが死亡か行方不明である。信じがたいことに副支部長の尚義も死亡しており、第二支部長である倖女は悲しみに暮れながらも立て直しを含めた後処理に奔走していた。
唯一安堵できることは、ヒトカゲに数では圧倒的に劣って勝率は絶望的だったにせよ、勝てたことだ。
策略を立てたであろう第三形態の目撃されている四体の内、一体はノエルが倒した。この蒼というヒトカゲは多くの被害を齎したと考えられている。少ない生き残りの灰身上や武家の者たちが、影の中に潜めていた第二形態や第三形態を取り出したり、誘導したりして襲わせてきたと証言していた。個々的な強さだけでない、頭の良さを活かしてくるヒトカゲを倒せたのは大きな功績である。
また、大量のヒトカゲに直撃して倒すことになった超常現象もある。家屋を粉々に壊し地面にも跡を残した強烈な風圧は、皆が噂する神によるものか、様々な影の特性を持つヒトカゲによるものか。どちらにせよ人間側を救い、勝利に導いたことには違いない。
討伐戦から掃討戦へ移行し、廃墟の町にいるヒトカゲは全て討伐した。ヒトカゲに呑まれて無残な有様となった遺体も回収し、殉職者の葬式も終えた。
そんな一段落がついたところで、倖女は内密にとある男と会う。
「お疲れのようですね」
「私は安全な場所で待っていたのだし、このぐらいなんてことはないわ。負傷したあなたと比べれば、ね」
男は右腕に包帯を巻いている。討伐戦でのヒトカゲとの激戦により、骨に罅が入ったらしい。
「そんなことはありませんよ。第二支部の守りは必要なことで、それに第二支部長は事前準備や後始末と十分すぎる働きをしています。僕もそうですが、皆心配していますよ」
「そう……ありがたいことね。でも、このぐらいでちょうどいいぐらいだから」
家族の大半を失った悲しみを忘れるぐらいの忙しさなら、打ちひしがれて動けなくなることはない。
「弱音を吐くのはここまでとして、本題に入りましょうか。――――安茂」
今回限りではなく、討伐戦の以前から何度も会って話をしていた。
埋没するような標準的な容姿をもつ安茂が微笑することで、警戒感をなくし好感を持ちやすくなる。ノエルや代美のいる班に組分け、接近させたときにも役立ったはずだ。
「討伐戦や掃討戦に第二支部長と代美さんの関係悪化もありましたので、味方に引き入れる誘いはしていません。ですが、情報収集や裏付けはできました。皆さんの人柄に信念、これまで遭遇してきた第三形態についても詳しく聞けました。裏付けに関しては第二支部長や我らが第三支部長の話と相違ありませんでしたよ」
倖女はリビーから聞いた代美やノエルに関する話を安茂にしている。本部所属となったリビーの話に偽りはなかったと知り、人知れず安堵する。
そして、安茂は第三支部所属で、その支部長である結から命を受けて、この地の第二支部まで訪れている。話というのは、直接安茂が結から聞いたものだろう。
倖女と結は第二支部長と第三支部長として、協力体制を築いていた。代美から非難された本部長の木丞を疑う理由は、結の話に起因する。
「ノエルさんは話を聞いただけでは分からないことが多かったですが、関わってみるとただ憧れに真っすぐなだけですね。代美さんは心意義の高い灰身上であり、ノエルさんを大切に想って助けとなっています。リビーさんは……第二支部長の方がよくお分かりですね」
「ええ、そうね」
目の前で家族を殺され、仇討ちもできず荒れていたと人伝に聞いて心配したが、仲間のおかげで前向きになれていると本人から話を聞けている。
安茂は「僕の感想ですが」と前置きする。
「この三人は第三形態と必ず遭遇していることで本部長と関わりがありますが、性格や信念からして裏で密接に繋がっていることはなさそうです」
「裏ねえ……」
討伐戦では激戦ということで人間性が現れやすい討伐戦を通して、安茂はノエルや代美、リビーと関わってきた。倖女はただの感想で流すことなく聞き入れるが、考えを共有することはできなかった。
「本部長と密接に繋がっていないことは同意するけど。安茂も裏があるという点は結と同じように思っているのね」
倖女は今の立場について長い――――そこそこなので、木丞との付き合いはそれに見合ったものである。木丞は『狂犬』と通り名を持つほどの手に負えない獰猛さがあるが、灰身上としてヒトカゲから人や世を助けようとする心意義はあり、仲間を大切にする気持ちは強い。刀の腕利きだけでなく、本部長となる資格をしっかりともって選ばれているのだ。
倖女は木丞を疑う要素はあるとは思うが、前々から木丞を知っている身としては疑いきれないところがある。
協力体制を築いている中、非難されることを承知で倖女は意見を言ったが、安茂は予想に反して「いえ、仮定で言っただけですよ」と答える。
「第三支部長は本部長をとても疑っていますけど、今回のことを受けて僕は多少違う考えもあると思い至りましたから」
「へえ?」
倖女は協力体制を築くにあたって、結と直接会って話をしている。
立場が高い者同士で、支部は離れているので普通はそう会う機会はないが、結は奔放な性格で仕事を人に押し付けて各地を出歩いている。そうない機会である四部長会議では出席もしなかったが、その後に接触されて協力体制を築くことになった。
倖女は結の言葉を思い出す。
胸を張って自信満々に話す内容は衝撃的だった。
『旅をしているとな、ヒトカゲによく襲われるのだ。第一、第二形態はともかく、言葉こそ話しはしなかったが理性のありそうな奴でな』
支部長を務める結がなんとか勝てる強さで、本部が置かれる信濃を中心に襲撃は多発したという。
『私は勘がよく、上はヒトカゲに関する何かを隠していると元々感じていていた。支部長になった身でもそれは分からぬもので、そのため私はそれを探るために旅をして、仲間にも探させていた。そんな中で愛羅の行方が分からなくなった。そして、目撃が途絶えた先である信濃で、危うく私も行方知らずとなるところだった』
今となっては隠している何かは推測できる。
百年も経ってようやく明らかにされた、第三形態のヒトカゲに関することか。
襲撃されるほどの理由を考えるならば、信濃に探られたくない何かがあるのか。人間に相違ない容姿に化けられるヒトカゲが、人間に紛れて生活しているのか。
人間に化けられると知って、一番に考えるのはそのことだ。
そして信濃には本部が置かれており、愛羅は本部付近で行方不明となっている。
結はそこから本部長である木丞に繋げて、強く疑っている。終幕の灰身団の高い立場であるなら、ヒトカゲについて情報統制ができ隠し立ては容易だ。
数か月も連絡が取れず行方不明となっている愛羅はおそらく死んだのだろうと悼み、それをなした相手に怒っていた。結だけでなく第三支部の者達は同様に、一丸となって方方に動いている。
安茂はその内の一人だ。だが、怒りに染まらず、真実を見つけ出そうと曇りなき眼で倖女を見る。
「愛羅の姿に化けるヒトカゲがいました」
「っ!」
「第二支部の灰身上の多くを死に追いやり、リビーさんが仇討ちをし損ねたカカです」
第三形態と戦ったその報告のために、安茂の班員は全てを呼び出して話を聞いている。
そのときは倖女との繋がりを隠すために言わなかったのだろう。
「……カカは愛羅の仇にもなるのね」
「はい。ですが、代美さんから話を聞くと、カカはネロというヒトカゲによってつい最近強さを得たそうで、行方不明となった時期には間に合いません。それに、やっていると推測している内容から、単独で行っているものとも思いません」
安茂は淀みなく話すことで自信が見られ、倖女は真実に近づいていると実感を持つ。緊張により鼓動が速くなりながら、話の続きを待った。
「僕が同じ班として関わった中で、一番気になったのはエレオノーラさんです。ノエルさんの護衛として側についていましたが、討伐戦に参加するのをとめることや蒼とは一人で戦わせることになったことと、執拗に守ろうとする意志は見えませんでした」
安茂は一呼吸し、言い切る。
「僕はエレオノーラさんが怪しいと思っています。彼女は忍びで、指示を出しているであろう相手は本部長だけではありませんですよね」
「まさか……っ」
「上は他にもいます。本部長より高い立場の者が二人」
「疑えというの?」
木丞より高いとなれば、もう終幕の灰身団の頂点とその補佐である。
「可能性がほんの少しでもあるならば、どんな方であろうと考えから除外する理由がありませんよね」
「……そう、ね。そうよね」
「見定める機会は――――」
「分かっているわ。今年の大会ぐらいしかないわね。第二支部が壊滅寸前で行われるか議論があるでしょうけど、私が後押しておくわ。余裕がないからこそ、このぐらいの手伝いはさせて」
安茂とは他の情報収集した話を聞かせてもらい、第三支部に一旦帰還して報告するという。出歩いている結にも、時間はかかるがいずれ話はいくとのことだ。
木丞への疑いに固執している様子が見られる結を説得して、大会での見定めや情報収集に備えるらしい。
倖女は討伐戦があったために時間がなく、味方に引き入れるとは反対に代美には警戒を抱かせることになった。今後は第二支部の立て直しに奔走することになるので、第三支部には協力する時間は作れない。唯一大会を開催することだけ手伝うと約束し、後は安茂に任せることになった。
第四章完。
次の更新は幕間と閑話です。




