第九十一話 目覚めの後
「目が覚めたか」
ノエルは目覚めの後もまどろんでいたので、代美の声かけにより意識がはっきりする。ほっと安堵した顔が近くにあった。
「あの少女は?」
「開口一番それか。あとお前が握っているのは打刀ではなく私の腕だからな――――痛い痛い痛いっ」
迂闊にも寝ぼけて握っていた代美の腕は放り、夢幻を探す。代美が痛がりながらも指差す先に布で包まれた何かがあり、ノエルはかけられていた布団も放って布を広げる。刀身の半ばで折れた夢幻を見て、ああそうだったと心がずんと沈んだ。
「……もうあの少女はいない。それに既に討伐戦は掃討戦に移っている」
「わたしもやる」
「丸一日寝ていた奴が何を言っている! 大人しく安静にしておけ。ノエルが好みそうな強いヒトカゲもそういない」
「少しはいる。やる」
「全くああ言えばこう言う…………この調子なら元気そうだな」
「ん」
代美はノエルの額に手で触れる。
「熱も下がっているな」
それも含めて元気だって頷いたのに。
代美の言い方によると、少女の血による口内から全身の熱さは、実際に発熱の症状として現れていたようだ。また、意識を失うほどの痛覚も、今はすっかりなくなっている。
疲労感に似た体のだるさはあるが、丸一日寝ていたせいだろう。蒼に家屋まで吹き飛ばされたときの負傷は打撲と擦り傷と軽症の範囲内なので、嘘偽りなくノエルは元気といえた。
強いていうなら、お腹が空いていることか。
ぐうぅと腹の音が鳴る。
「ふっ。食欲はあるようだな」
「……ん」
「大食いのノエルのことだ。大量に作ってもらうか」
大食いではないのだが、今はいつも以上に腹にものが入りそうだ。量を減らされないよう、代美が人に頼みに行くのを黙って否定しないでおく。
「さて。食事がくるまでに話を進めていくぞ。まず、仲間――――私たちの班員は全員無事だ。負傷こそしたが、生きている」
「そう」
「お前なあ、もっと仲間の心配をしろ。一番負傷しているのはノエルだが、いつ誰が欠けてもおかしくはない戦闘だったんだぞ」
「代美とかね」
「んん゛っ、否定はできないな。だが、ノエル。他の班はそうだったんだ」
物憂げな表情をしているが、ノエルは感化されることはない。あの少女が使った、おかしな術がなければなおさらだ。
「はあ、これからの課題だな。……次はノエルの話を聞かせてもらうぞ。私たちと離れて男のヒトカゲを追った後、どうなったんだ」
「エレオノーラから聞いてないの」
「他のヒトカゲと戦っていて、よく見れなかったと言っている」
エレオノーラはそういうことにしたのだろう。
代美は本当か、と目で言外に訴えている。
「ん。本当」
「堂々と嘘をつくな。知っていたら、エレオノーラから聞いていないのかとは言わないだろう」
手を刀の形にして、軽くこつんと頭を叩かれる。
「全く。怒らないから素直に言ってみろ」
「……エレオノーラは多分見届けた」
「多分?」
「後半は知らない」
蒼との戦いに集中していたので、エレオノーラの視線は気にしていなかった。
「詳しく聞かせてくれ」
「……エレオノーラに」
「両方から話を聞く。それに多分なのだろう?」
怒られることはなかったが、どちらにせよ説明する手間は出てくるらしい。
ノエルは諦めて説明することにする。
「蒼を追って斬り倒した。その後に疲れ切って動けないでいたら、少女が現れて悲しい気持ちとか哀れみの気持ちにさせられた。指を噛んだら血が口の中で溶けて、熱くなって苦しくなって気絶した」
代美は考え込んで、説明不足なところを質問してくる。
「蒼というのは、あの男のヒトカゲのことか?」
「ん」
「斬り倒したというが、捕えることはできなかったのか? 第三形態だったのだろう。話はできたのか?」
「話はした。けど憧れを馬鹿にしたし、単純に斬りたかった」
「憧れを馬鹿に、か。道理に反する部分はあれど、馬鹿にされるものではないから気にするんじゃないぞ」
「証明できたからもう気にしていない」
「……そうとう頭にきていたみたいだな。他にも話をしたのか?」
「自尊心が高そうなことは言っていた。内容は覚えていない」
「そうか」
ノエルが憧れ以外には興味のないことを代美は知っているので、さらりと流してくれるのは楽でいい。
「少女については私の方でも遭遇している。小柄で素朴な顔立ちの者だろう。悲しい気持ちにさせられたところは、もっと詳しく説明してくれないか。よく分からん」
「蒼を殺された悲しさとかいう少女の気持ちを、わたしの気持ちにさせられた」
「ヒトカゲの持つ特性か……? ネロとセンが【分身】していたし、第三形態は第一・第二形態と比べて個性的な特性を持っているのかもしれないな」
「かも」
その【分身】と比べて、少女の気持ちにさせるものはかなり毛色が異なると思うが、人間にはできないのだから同じ特性という枠組みでいいだろう。
「で、指を噛んだことについては」
代美の声質が一気に低くなる。目は座っていた。
「どうしてそんな無茶をしたんだ。相手の怒りに触れて殺される可能性は考えなかったのか」
丸一日寝ていたことに配慮して、怒りの声を押し殺してはいた。
ノエルは代美の叱りを、完全に聞き流すと察されて話が長引くことになるので、半分ほどは真面目に聞いておく。運ばれた食事のおかげで話は一時中断したので、食後になると代美は落ち着いていた。
「次は私の話だな」
指を噛んだことについては話し終えている。
代美もヒトカゲに血があるのかということに気付き、ノエルが高熱と痛覚が出たことから人間の体には良くないものだと判断した。少女がヒトカゲだと疑っていないのは、【影移動】を使って逃げられたのを見たためだ。
「ノエルが蒼を追いかけて行った後、皆で協力して包囲していたヒトカゲを討伐して直ぐに、私たちもまた追いかけたんだ。ノエルとエレオノーラを置いていくわけにはいかないし、相手は第三形態だからな。そして途中でエレオノーラと合流して、少女とノエルを見つけた」
少女が意識のないノエルに触れていたことで、死んでいるかと思いとても焦ったらしい。
触れていたというのは、頭を撫でていたということだろうか。初対面であるはずなのに馴れ馴れしい。…………そういえば、名乗ってもいないのに、ノエと呼ばれたな。
「まあエレオノーラがノエルは生きていると言うし、少女は戦う意思がなく、新たに別の少女――――こちらも第三形態のヒトカゲが現れたことで、二体を相手どることになるからな。強さが未知数で、私たちが疲労していることもあって見逃すことになった」
「そう。……一人目の少女については、わたしを知っているかも」
「記憶喪失前に関わりがあったかもしれないということか!?」
「あとその記憶も少し思い出した。母に撫でられたことがある」
「……なんというか、驚きの連続だな」
驚きを過ぎて呆然としていた代美が、次にふんわりと笑いかける。
「よかったな。大切な記憶を思い出すことができて」
ノエルは憧れをなすことに重きを置いていて、その他はどうでもいいと思っている。
だが、代美が心底嬉しがっているのを見て、小さく頷いておいた。なんとなく否定しづらい。
「この調子で思い出せればいいんだがな」
無理だと思うことも胸に留めておいた。
代美は絶対に諦めないだろうし、今回のようにほんの少し思い出すことなら可能性がある。




