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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第九十話 母か姉かの手のひらは愛おしく

 名も知らぬ少女が円環を握りしめて俯いているのを、ノエルは地面に伏した状態で見上げていた。少女の横髪は顔を隠すようにして流れ落ちており、そのことにより現れた耳に耳飾りとして同じ円環がつけられていることを気付く。

 円環単体ではなく耳飾りとしてみれば思い当たるものがある。憧れの、先生である和人(かずひと)が戦っていたヒトカゲも同じ耳飾りをつけていた。


 この少女は蒼だけでなく、和人が戦い倒したヒトカゲの仲間でもあるの?


 確信に近い疑問を持つが、先ほど突如として湧いて出てきたうら悲しさがじわじわと強くなっており、思考と感情がごちゃ混ぜとなって消えた。

 胸を締め付けられるように悲しい。蒼は死んでしまった。また仲間が減る。置き去りにされる。ああ、でも――――


 私のところまで堕ちてくれた。蒼も私と同じように何もできなかった。


 ほの暗い嬉しさが湧いて、また悲しみの感情に混ざって消える。


()()


 感情に気を取られて、少女が蒼から離れて近づいていたことに気づかなかった。ノエルはまだ疲労のため体を動かせることはできない。蒼の仇打ちは容易に想像できるので、警戒から夢幻をぎゅううっと握る。


「可哀想な子…………ごめんね」


 少女はしゃがみこんで、ノエルの頭に触れる。簪がなくなり乱れた髪を直すように優しく梳いたりもする。少女は仇討ちするつもりはないらしい。警戒が緩み、夢幻を握る指の力が弱まる。


 なんて可哀想なのだろう。

 哀れみ、罪悪感、慈しみが湧き出て、ごちゃ混ぜとなる。


 ……つい最近も、倖女(こうめ)沙弓(さゆみ)から同じように撫でられたな。


 ノエルはぼんやりとりとめのないことを考える。

 ヒトカゲ討伐の出立前。倖女の手つきは丁寧で優しく、沙弓はごしごしと荒っぽくて。その場にはリビーがいた。別れの挨拶があまりに遅いから、だからノエルは呼びに行くと撫でられることになって。リビーは倖女を母として、沙弓は姉として慕っていて。


 少女はノエルの頭を撫で続けている。

 既視感があって、ノエルは記憶に引っ掛かりを覚えた。確か倖女や沙弓でもそうだった。今はそのときよりも既視感は強く、あと少しで何かが掴めそうである。


 頭を動かし、少女を見る。焦点が合わないことで視界が霞み、ノエルが代美と出会う前の欠落していなかった記憶と重なることになる。


 その女は寝そべるノエルの頭を撫でてくれた。

 ノエルの顔をそのまま大人とした女だ。そっくりであるから前々から思い出せていて、だがその顔以外には母なのか姉なのかも思い出せずにいた。ただそれだけ欠けた状態でこんなにも暖かい気持ちになるということは、それほど大切な存在だった。



 母か姉かの手のひらは愛おしく、ノエルはその感情に身を委ね――――これは違うと舌を噛んだ。こんなもの、わたしの感情ではない。少なくとも、今のノエルの感情ではない。


 痛みで今のノエルの思考を取り戻すと、いかにおかしなことが起こっていたか自覚する。

 少女の感情が、ノエルの思考までに及ぼしていた。しかも少女は仲間であろう蒼を斬り殺した相手を可哀想だと、髪をなでて慈しむ。


 その感情が以前のノエルが抱いていた女への愛おしさと重なって、ノエルまでおかしな思考に陥るところだった。疲労のせいもあるが、いかにノエルを殺す気がなくとも少女は警戒すべきなのに、意識を落としてしまうところだった。


 舌を噛んだことで、口内で鉄の味が広がっていく。そのことに少女は気付いたらしく、撫でていた手がとまってノエルの唇の方へ動く。好機だ。

 ノエルはその手に嚙みついた。少女は驚き手を引くが、離してたまるものか。


 噛みちぎる思いなので、疲労しているといえども力はかなり入っている。とはいえ少女の指から血が流れ出るとは思わなかった。

ヒトカゲはヒトカゲだ。人間に化けていても、ヒトカゲであることには変わりない。

 ヒトカゲは外側しか人間に取り繕うことができないのではなかったのか。これまで出会ってきたヒトカゲは、理性ある第三形態であっても内側は真っ黒いもので、斬っても流れ出てくるような液状ではなかった。


 もしかしてヒトカゲではなくて人間だったの?


 ノエルは驚き混乱するも、噛む力は緩めなかった。感情が思考まで及ぼしたというおかしな体験がなかったことにはならない。


「……いいよ、好きなだけ。私の力でも少しは役に立ってくれる」


 少女は強引な方法に出て、指を抜くことはなかった。逆に指をノエルの歯に押し当て、自ら傷を抉る。

 その血は不思議なことに口内で溜まることはなかった。吐き出すことも飲み込む時間もなく溶けてしまい、熱さだけが残る。


 やはりこの少女は人間ではない。血があるといえどもヒトカゲだ。


 口内の熱さが全身に広がり、痛覚に襲われる。どうしても意識を保っていられなくなり、目蓋が落ちる。閉ざされた世界では、さらりと頭を撫でられる感覚は鮮明となる。


 母と慕われる倖女と似た丁寧で優しい手つきだ。

 そして、ノエルを大人にした顔の女は多少のぎこちなさはあれど、同じような手つきで撫でてくれた。


 そのことからノエルは女が母か姉かではなく、母であると知る。間違っていないと、心に蘇る愛おしさが肯定していた。


 *



「おーおー、やってるなあ」


 ネロは望遠鏡を覗き込み、高みの見物に耽る。


 灰身上や武家といった人間と第三形態が率いるヒトカゲが大いに戦い合っている。

優勢なのはヒトカゲだ。数の多さを活かして、文字通り人間を呑みこんでいる。ただ一部は質の良さから数に勝っている。

その人間はヒトカゲ専門の灰身上で、代美といった見知った相手がいる班だ。武士や足軽というお荷物がいるため負傷は出しつつも、その場にいるヒトカゲを討伐してみせる。一足先に蒼を追った仲間を探し始め、(つむぎ)の側でノエルが意識を失っているところを見つけ出した。


 ここからどういった展開になるのか。春那(はるな)も駆けつけたことで期待が膨れるが、紬は春那を連れて影に潜って去ってしまった。ノエルはそれ以上何をされることもなく返されることになる。


「まあこんなもんか。『亡失卿』だしな」


 好戦的でないことは分かっていたので、勝手に期待した分の落胆は後に引きずることはない。もう十分、色々なものは見せてもらった。


「『亡失卿』か。(あれ)にも似合うものをつけたな」

「お気に召したなら幸いだぜ」


 観戦には『独尊卿』であるヘイニを誘って同席している。

 俺の崩した敬語に、控えているノノは怒りで体を震わせる。ただ目付け役のカーヤもいることで、怒りを抑えて声には出さなかった。


「ねえ、ネロ。戦いはどうなったの?」


 ネロとは異なり純粋で人間をよく思っているセンが、着物の裾を引いてくる。

 ゆったりと観戦できるよう、望遠鏡を使わなければ細かい状況は分からない場所にいる。それでいて望遠鏡は一つしかなかった。


「代美とノエル辺りは生き残っているぜ」


 望遠鏡を貸してやれば、センは熱心に覗き込む。

 教育上よくない惨状が転がっているのだが、知り合いで仲がよいとあれば、そこらの人間やヒトカゲよりも大切だ。見つけ出すと、暗かった顔が多少明るくなる。


 ちなみにヘイニは貴重な望遠鏡を「ものに頼らずとも見える」と言って、肉眼で観戦している。実際細かなところまで見えているようだ。流石、五大卿の一体である。


「にしても、この後はどうなることやら」

「え? それってどういうこと?」


 ネロが大仰に話を振れば、センが反応してくれる。


「代美とノエル辺りがこのまま生き残るかってことだ。まだまだヒトカゲは大量にいるだろ? 今回の戦いを仕組んだ蒼がいなくなったとしても、連戦に連戦で、ノエルは使い物にならなくなった上抱えるとなると、そこらのヒトカゲ相手にヤられる可能性はあるだろ」

「……」


 センはぎゅっと口を閉ざす。人間にもヒトカゲにも傷ついてほしくないので、下手な言葉は口にしない利口さがある。知り合いには生き残ってほしいとしても、ヒトカゲを犠牲にした上でとなると胸中は複雑だ。


 ネロはセンの頭をぽんぽんと軽く叩いて慰めてやりつつ、ヘイニを眺める。

 さて、どう動くものか。

 ヘイニは始終つまらなさそうに観戦していたが、人間好きであるから次々と人間が死んでいくことに思うところはあったはずだ。


 どんな結末になろうとも見届けてやるだけと屋敷で言った通り、ヘイニはここまで人間側に助力することはなかった。

 だが、ここでネロは悩めるセンを助けるためという言い訳を用意した。ここまで一方的な人間側の負けは面白くない。これ以上人間の勢力を削られたら、この先のヒトカゲとの戦いにも大きな影響が出てくる。


「………………ふん。お前の考えるように動くのは癪よ」


 と言いつつも、ヘイニは人間側に助力することを決めた。


「カーヤ」

「承りました」


 指示を出されたカーヤはノノの他、控えている配下を後方に下がらせる。


「失礼します」


 カーヤ自身もそう言ってセンを抱えて下がる。

 ネロはその場に取り残される。厳密には同じように下がろうとしても、影によってその場に縫い付けられて動けなかった。


「おいおいおい、マジかよ……?」

「さあ、とくと見よ」


 ヘイニはその身を豪奢な着物に加え、王冠で飾っている。お気に入りとなった代美にあげようとした王冠だ。和洋折衷といったところだが、今のネロには慈悲なき異国の女王にしか見えない。


 女王はノノから扇子を受け取り、縦に振るう。


「ほんの少しの手助けと――――大きな腹いせよ」


 暴風と轟音が起こるのを、ネロは正面から受けることになった。被っていた菅笠はどこかに飛んでいき、髪や着物が吹き荒れる。


「おっと。手が滑ってしまった。なにせいくら我の英姿が見たいとはいえ、邪魔なところに立っておったからな」


 お、おっかねー。


 四大卿の内、純粋な力比べだと圧倒的にヘイニが一番だ。放たれた一撃は衝撃波となってネロの頬を掠めていき、振り返ってみてみると廃墟の町まで到達していて一部が吹き飛ばされてしまっている。

 おそらく大量のヒトカゲがあの場にいた。衝撃波からギリギリ免れた人間が、小さいながらもへたり込んでいるのが見える。


 ネロは冷や汗をだらだらと流す。あとほんの少しずれていたら、ネロは同じ末路を辿っていた。


「これで満足か?」

「あ、ああ……」


 ヘイニこそがすっきりしたと満足そうにしているが、ネロは何も言うまい。

 ヘイニは閉じた扇子をネロの頬に当てて言う。


「頬の傷は治しておけ。いくら痛みに鈍いとはいえ、いつまでも呆けておるな」


 くるりと反転して向かう先はセンの元だ。センにいいところだけを見せたいのは同じらしい。


「主が喜ぶ結末にはなったが……」


 ヘイニ相手は恐すぎる。次があれば脅しだけでは済まなさそうだ。


 傷は【修復】し、影の中から菅笠を取り出して被る。五大卿それぞれで異なるトレードマークになっており、なによりネロと主の思い出の、大切なものであるから外せない。



 大量のヒトカゲを集めて、第二支部の灰身上の他、大勢の人間を巻き込んだ戦いは、ノエルが統率者である蒼を、ヘイニがヒトカゲの大半を倒したことで終わりを迎える。まだ残っているヒトカゲは、生き残った灰身上に討たれることになるだろう。


 この戦いで得た話を持ち帰れば、ネロの主は人間の死に悲しみつつも喜ぶ。主はヘイニと同じく人間好きで、人間の活躍話を見聞きしたがる。

ネロとしては同族喰らいとなるものを作れる蒼が死んだのは残念だが、ノエルのおかげでネロが誰かに使って展開を盛り上げる必要はなくなり、使う用途がなかった。センがいることから、以前のように人間を陥れることもできなくなっている。


 ヘイニに流されて同意したときと異なり、ネロ自身の意思で今回の結末に満足しておく。一旦主の元に帰るかと予定を立てつつ、今はヘイニからセンを返してもらうよう内心冷や冷やとしながら立ち向かった。


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