第八十九話 憧れは凄い
「俺たちよりも劣った存在のくせに」
ノエルは劣っていない。
「人間はいらん。殺してやる、支配してやる」
その前にノエルが斬り殺す。
「一介の灰身上なんぞに邪魔されることではないというのに」
名が知られていないだけで一介ではない。
「どこからそんな力が出てくるという! 女子の身ではあり得ぬ力だぞッ」
とても怒っているからでは? 火事場の馬鹿力というやつかも。
力の根元がどこからであれ、蒼の力と拮抗する。鍔迫り合いとなり、目の前の男は認めたくないと凄まじい形相でいる。
「俺の大望はこんなところで終わりはしない」
地面の影から複数の鋭利な棘が飛び出て、ノエルを串刺しにしようとする。
これまでの影による攻撃は狙いが甘いところがあり、ノエルが何度も真っ正面から挑むことができたほどであった。だが、蒼も怒りによってか、狙いがより正確に数も増して攻撃してくる。
ノエルはその場に留まることはできないと、跳躍しつつ躱す。一点に集中したいので、夢幻で影を斬ることはない。
避ける条件から後方に移動する。真っ正面から斬るのに影が邪魔だな。
「その刀は防ぐことしかできなくなった?」
「ッ!!!!」
挑発は簡単に乗ってくれた。
蒼は右肩前に柄を握る両手を置き、刀身をやや後ろにして構える。影の動きはない。刀と影を同時に用いられるほど、蒼は卓越した技量にはない。
だが、刀だけでもノエルは蒼に敵いはしなかった。真っ正面から散々挑んできた中には、刀だけでいなされたこともあった。
ノエルの首が斬り飛ばされる。
蒼の研ぎ澄まされた殺気と剣技により、そんな死の光景を見る。挑発は効果抜群だったらしい。
それでもノエルは臆さない。蒼の最高の一刀が振るわれるとしても、これまで散々打ち負けた事実があっても、真っ正面から挑むのをやめはしない。
次の瞬間、ノエルは蒼を越える。
憧れを証明する。
「わたしの憧れは凄い」
刀と刀が衝突する。
どちらも狙いは変えていないが、その上で刀が交わった。
勝敗は勿論ノエルが勝った。蒼の刀を押しのける。
「盲目的な……ッ」
蒼は咄嗟に影を使う。ぶわりと大きな塊が蒼とノエルの間に入り込み、夢幻の行く先を邪魔した。
「俺の勝ちだ」
なんて卑怯なのだろう。
人間にはない影の力。刀で敵わぬと思ったらその力を使い、出鱈目にも強い威力を発揮する。
夢幻は刃の半ばで折れた。砕けて欠片となった部分が日を反射して、眩しく目に染みる。
夢幻は唯一無二のノエルの大切な刀だ。
どこに行くにしても持ち歩き、毎日の鍛練で振るわない日はなかった。手入れをして、これからもずっと愛用し続けると決めていた。
蒼が刀を振るう。
それはこの戦いでノエルが散々挑んできたのと同じ真正面からの振り下ろしで、勝利を確信したための油断がある。
こんな奴には負けない。
悲しみは脇に置き、打開策を考える。
前にも刀が折れたときはあったが、そのときは小刀と代美が貸した打刀でなんとかなった。だが、今は小刀を抜く動作も、この状況を助けてくれる者もいない。エレオノーラは見届けるだけだ。そもそもノエルは誰かの力を借りたくはない。
考える時間など一瞬だ。
迫る刀にはうだうだと考えるよりも、体が勝手に動いてくれた。片足を一歩後ろに下げて、折れた刀で受け流す。
鍛練で何百何千も繰り返して体に染み付いた、先生である和人の憧れの剣筋をなぞったのだ。
――やはりわたしの憧れは凄い。
ノエルは蒼のように油断はせずに、そのまま剣筋をなぞって上段から斬り込んだ。
*
蒼の生まれは恵まれていた。
「なんだてめえ。一緒に行くか?」
理性が芽生える前から彼等を追いかけていた。
人間に化けることも、言葉も覚えていないヒトカゲであるのに、兄は気立てよく蒼を拾い、爺は受け入れてくれた。
蒼はそんな彼等について回った。そのため彼等が慕った紬がいる所属に入ったのは、自然な成り行きだ。
蒼は紬に特別な感情なんて抱いていない。何をするわけでもなく、いつも塞ぎこんでいたことで、彼等を心配させたことに対する負の感情さえあったが、慕うなんてことはなかった。
「人間なんて支配してしまえばいい」
いけないと言われるもこっそり彼等についていった先の町で、蒼は人間の男に嬲られた。その男を【投影】して人間に化けられるようになったが、悪い印象が覆ることはない。力ある彼等がこそこそと人間から隠れて生活することも耐えがたかった。
「それはならん」
爺に主張を一刀両断されて不満はあったが、人間への支配のため一人勝手に動くことはなかった。動いたのは彼等が死した後だ。
行方不明となって帰ってこない彼等を探していると、どこから情報を得たのか、紬から人間に殺されたと知らされた。
そうして彼等という抑えがなくなった蒼は、人間を支配するために動いたのだ。
そこらのヒトカゲを集めて、蒼自身は嫌悪する同族喰らいや【投影】で強化する。春那には廃墟の町に能無しの雑兵を引きつけて留め置くなどの雑用をさせ、見つけ出した逸材のカカには策略に嵌めた灰身上の相手をさせる。
策略を理解できる第三形態は少ないが、蒼にもその時期があったとは思いたくないような能無しの雑兵でも、数が集まれば力となった。目的の一つである第二支部の灰身上を潰すなど、策略は順調に進んでいく。――そうであったのに。
蒼は体を両断される。
灰色の髪の灰身上は頬を吊り上げていた。
「フラウ兄貴、枝暮爺……」
蒼は彼等の名を呟く。
負けてしまったのはこの灰身上と戦う前に影の特性を多用していたことで、体力を消耗したためだ。蒼はフラウには影の特性を、枝暮には剣技を教わっていた。力が万全であれば、彼らに師事してもらっておいて負けるようなことはなかった。
【影移動】で逃げることもできず、斬られた箇所から体が灰となっていく。
人間を支配するという大望は、彼等が言った通りしてはならないことだったのか。いや、彼等の助けがあればなせたことだと蒼は信じて疑わない。
彼等がいてくれたらよかったのに。
蒼の最期は慕っていた彼等を想って終わる。
突如うら悲しさが湧いて出てくる。
蒼は感じ取るだけで、それ以上何かを考えることはできなかった。
*
ノエルは疲労の積み重ねから、力尽きて倒れていた。蒼が灰と化していくのを地面に伏した状態で眺める。
少女がやってきたのはそんなときだ。
素朴な顔立ちの小柄の少女が歩み寄る頃には、衣服を除いた蒼の全てが灰と化していた。
少女は灰と共に何かを拾い上げる。指の隙間から見えるのは二つの円環で、大事なものなのかぎゅっと握りしめる。
「また、死んじゃった」
蒼を斬り倒した直後に倒れたノエルだ。少女との距離は近く、手に力を入れて折れた夢幻をしっかりと持つ。
警戒すべき相手だ。
それなのに、なぜか少女を見ているとノエルはうら悲しい気持ちになって仕方なかった。




