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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第八十八話 姿勢

 男に化けているヒトカゲは機会を見計らっていたのだろう。

 人間を四分割にして連携できないようにし、そこそこ強いヒトカゲに殺させようと仕向けた。


 だが、ノエルには物足りない。

 もっと強いヒトカゲを斬りたい。


 そのためあの強そうな男のヒトカゲを早々に追いかける。


 残された灰身上たちは、負傷はするも死者なく凌ぐことはできるだろう。心配な代美のところには、安茂が駆けつけてくれる。

 散々協調して、役不足なヒトカゲに戦っていたのだ。カカ相手にも我慢して、リビーと仁に譲ってあげた。


 …………以前戦ったカカならまあいいや、リビーを怒らせたら打ち合いをしてくれなさそうだからな、と思ったからだけど。カカは成長していたため、すぐに後悔した。




 体が重い。


 数えきれないほどたくさんのヒトカゲを相手にした。先駆けにより、誰よりも多くヒトカゲを相手にしているはずだ。

 疲労により、腕と脚に重しがついているかのようだった。意識して、動きが鈍くなるのを防いでいく。


 ただ疲労はそんな不都合だけではない。


 刀の夢幻を振るうのに、余分な力が抜ける。ノエルは押し寄せるヒトカゲを斬り払い、男を追いかけていく中、はっきりと自覚する。

 余分な力がないことで、次の動きが滑らかに素早く移れる。無駄を削ぎ落として、斬るだけに特化していく。


 ノエルは戦いを通して急成長していた。

 これまで何度も鍛練してきて、長く成功していなかった『姿勢』さえも。雲をつかむような、そこにいるのにつかめない。その場に溶け込んで相手を斬るという、戦闘技術を。

『姿勢』には力を抜いた自然体を求められる。今のノエルは疲労により、とても最適な状態だ。



 ――できる。


 ノエルは思考さえも邪魔だと、空虚とする。











「ふはっ、これは期待以上だね」


 意味ある音に導かれ、思考が戻る。

 さらさらと灰が散っている。その量は地面にうっすらと灰色がかかるほどだ。


 思考は空虚としたが、記憶として振り返ることで把握することができた。

 ノエルは念願の『姿勢』を成功した。ヒトカゲはノエルを見失い、ろくな抵抗もできずに斬られて灰と化していた。


「エレオノーラ」


 後を追ってきていることは知っていたので、声には驚かない。


「お疲れ様。あの量相手に凄いね。でも、あと一体残ってる」


 エレオノーラは何が面白いのか、にこにことノエルの顔を覗き込んでくる。


「わたしが戦う」

「うん。ノエルちゃんの好きにすればいいよ」


 共に戦うか、とめるかと思っていたので、本当かとじろりと見遣る。

 ネロが傷なく捕らえようとしたことがあったことで、ヒトカゲの謎を解く鍵になると、囮にして第三形態を釣ろうとしていた。そんな囮がみすみす死んでは困る、とエレオノーラは忍びであるが護衛としてこの場までついてきているはずなのだ。また、本来の忍びの役目として、あの男のヒトカゲについての情報を知りたいはずである。

 ノエルが好きにしたら、手加減なく斬り捨てるので、情報は得られなくなる。それでもいいのか。嘘をついており、戦闘途中で邪魔することはないか。


 訝しげなノエルに、エレオノーラは変わらない笑みで言う。


「手出ししないよ。あのヒトカゲと戦うことで死にそうになっても、ね。しっかり見届けてあげる」

「……そう」


 エレオノーラはよく分からない女だ。いったい何がしたいのか。本当は何を目的としているのか。

 だが、嘘はついてなさそうだ。手出ししないのならば興味はない。


「どうせなら生き残ってね」


 応援らしき言葉をもらい、ノエルは男のヒトカゲの元に行く。



 焦りなく緩慢なのは、男がノエルを待っていたためだ。もう逃げるのはやめたらしい。そもそも襲いかかってきたヒトカゲの量からして、誘導していたかもしれない。


 男は一体だけで佇んでいる。


「よくここまで切り抜けてきた。女子でも灰身上といったところか。侮れぬ者が潜んでいる」

「……ん」


 ヒトカゲでも誰でも、褒められれば嬉しい。ノエルの剣技を、憧れを認めてくれたということだから。


「蒼だ」

「……?」

「お前の腕を称えて、俺自ら相手してやる。俺の名を胸に刻み、死ね」


 名を蒼というらしい。


 蒼は地面にできている自身の影の一部を、形を変化させながら真上の右手まで伸ばす。

 右手に収まったのは剥き出しの刀だ。影でできているため真っ黒で、刀身は日に当たっても反射せず吸収している。


 ノエルは思わず目を見開く。ヒトカゲが武器を用いたためではない。理性があるのだから使っていてもおかしくはない。カカは大剣を用いていた。そして、他にも武器を用いているヒトカゲをノエルは見たことがある。

 先生である和人(かずひと)が最期に戦っていたヒトカゲだ。武器は刀で、その腕前は和人に最終的には負けるも、長く打ち合えるほどであった。


 そのようなヒトカゲと同じ、未熟なカカとは異なる影で作られた刀を蒼は用いるのだ。ノエルは胸を膨らませる。わざわざ影を刀にして戦おうともしているのだから、その腕前はとても期待できる。


 ただ先の言葉は気に食わない。


「わたしは死なない。……憧れをなすまでは、絶対」


 憧れには煌めく剣技・飛び交う血・強き相手が必要だ。このうち強き相手として蒼は満たしている。血に関しても、相手が血のないヒトカゲなので代わりにノエルが出せばいい。だが、剣技に関しては、まだノエルが和人ほどの高みに至っていない。

 ということで、ノエルはまだまだ死ねないのである。それが例え、今のノエル以上に強い相手だったとしても。


「憧れのために、か…………お前の憧れとやらが、俺の大望を超えると?」


 蒼は失笑する。ノエルの憧れを馬鹿にする。


「はあ?」


 ノエルの腕前を称えたこと、強き相手ということで、高揚していた気分は底辺まで落ちる。怒りが衝動的に体を動かし、抜刀した夢幻と蒼の刀が交わることになる。


「なんだ、怒っているのか?」

「わたしの憧れは、凄い」


 蒼の刀は押しても動くことはない。見た目は細身であるのだが、ヒトカゲは人間と異なり、その身以上の力を持っている。

 ノエルは逆に押し返され、その力に吹き飛ばされた。家の戸にぶつかることで勢いはとまり、ぱらぱらと木片や埃が舞う。


「ふん。せっかく相手をしてやっているのに、張り合いがなくなってしまったな」


 蒼を斬り殺す。それでノエルの憧れは馬鹿にできないと、蒼とやらの待望を超えると証明できる。


 つい先ほどできるようになった『姿勢』でなそうと意識して蒼に接近するも、ノエルは場に溶け込むことができていなかったらしい。肩から斬られそうとなり、ぎりぎりのところで防御に変えて夢幻で防ぐ。今度は体が浮かぬようにしたので、足裏で地面を掻くことで勢いを殺すことができ、吹き飛ばされるも距離が空いただけに終わる。


 怒りが発散されることなく、一刀も入れられない。ノエルはその場で蒼に睨みつける。俯き加減だったことで、髪が頬まで垂れてきた。そこで髪を留めている感覚がなくなっていると気付く。おそらく戸でぶつかったときに簪が外れたのだろう。まとめていた髪が全て自然に任せて垂れ落ちている。邪魔だが、今はそんなことに気にかけていられないと放置する。


『姿勢』はできない。怒りで感情が荒ぶりつつも、ノエルは判断する。『姿勢』と怒りでは相性が悪すぎる。力を抜いた自然体のため、思考さえも邪魔だと捨ててできたことなのだ。剣技の冴えのために冷静になろうとするも、怒りは収まることはなく、蒼の言葉により大きくなるばかりである。


「さっさと殺すか」


 だから、ノエルは死なないと言った。


 ぶつり、と頭の中で何かがちぎれる。一刀が二度通じなかったことがなんなのだ。


 怒りは、同じ太刀筋で真正面から蒼に挑むことを繰り返す。刀でなく、影で殺そうと、地面の影が急激に真っすぐに伸びてきたのを、前に突き進みながら右に避けて、夢幻を振り下ろす。


「また同じことを……っ!?」


 全く同じにはしていない。修正して、より鋭く重くしている。


 蒼はノエルの成長に驚いているが、難なく防げている。なんて面白くない。まだまだ足りない。

 驚いている隙をついて刀を打ち払い、もう一度と夢幻を振り上げて下ろす。舌打ちをされてまた吹き飛ばされるが、ノエルは何度も何度も真正面から挑み続けた。


 憧れを証明する。怒りのため、同じ型で勝負した。その他のことは考えない。考えられないから一つの型に集中して何度も挑む。


「いつまでも懲りず、鬱陶しい……ッ!」


 蒼はそう言ってもノエルを殺すことはできず、頬がぴくぴくと引きつるようにして動いている。

 ノエルはもう吹き飛ばされることはなくなっていた。



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