第八十七話 仇討ちと援護
「絶っ対、許さへん」
リビーは沙弓を殺した女のヒトカゲ目掛けて、一直線に駆け出した。それまで大量のヒトカゲ相手にも保ってきた陣形を、姉の仇を打たんとする恨みで崩れる。
代美は叫ぶ。
「リビーッ!」
「あいつはうちがやるッ!」
駄目だ、頭に血が上っている。
行くな、という意味を込めた叫びだった。返ってきたのは揺るがない、頑な意志である。
「ノエルは手ぇ出すな! やったらノエルとて許さんで!」
こうまで言われると、リビーの説得は難しい。なによりもう行動を止めるのは手遅れだ。
代美は追いかけたい気持ちをぐっと抑える。ノエルがうずうずしているだけで比較的落ち着いていることを確認すると、班長である安茂の指揮に従おうと仰ごうとする。安茂は女のヒトカゲ――カカを食い入るような目で見ていた。
「安茂ッ……安茂!」
「っ!?」
カカに恐れていたという様子ではないが、どのような理由にしても指揮を疎かにして呆けていた安茂だ。一瞬たりとも時間を浪費できないと、代美は見切りをつける。
「ノエル、リビーを援護するぞ! ひとまずリビーに任せて、カカには手を出すな!」
「分かった」
「じゃあお姉さんもご一緒しようかな」
ノエルは言う前から動きだしており、エレオノーラはまるで散歩でもしようかという気軽な調子で後に続く。
護衛のためとはいえ、変わらず大量にいるヒトカゲ相手に恐れていなかった。エレオノーラが黒鹿毛の馬を共に連れると、単独行動は自殺行為となるので仁や安茂も共にリビーの援護に向かうことになる。
安茂が切羽詰まって言う。
「代美さんッ、あのヒトカゲのことを知っているのですか!?」
「前に遭遇して、ノエルが戦った!」
他にもネロやセンとの関わりがあること、ノエルに復讐心があることも知っているが、代美は戦闘中で余裕がないので省略する。
「他にもありそうですが、悠長にお話はできそうにありませんねっ」
「話なら後でいくらでもしてやるッ」
先ずはリビーの援護だ。カカがノエルを見つけて、殺気立っているのも気にかかる。
意外にも、ノエルはカカに対して斬りたいという意欲はないようだった。言われた通りに援護に徹している。というより、【硬化】の特性をもつヒトカゲに夢中になっていた。どうしても【硬化】中に斬りたいらしい。
「そんな暇はないだろうがッ」
代美は【硬化】が解けた瞬間に、薙刀を横凪ぎにして討ち取った。ノエルはささやかにも口を開けて衝撃を受けていたが、立ち直ってカカにちらっと目を向ける。
代美は不味いと焦るが、ノエルは次に熊のヒトカゲに狙いを定めた。体躯の差を剣技で埋めていて、苦労せず討伐できそうである。ノエルの興味を引く、強いヒトカゲはそれなりにいた。
対して、ノエルへの復讐心を持つカカは、嫌々ながらもリビーへの対応に追われている。
安茂に言った通りノエルはカカと戦った。そのときはネロの邪魔立てにより逃走を許したが、勝つことはできた。そのためノエルと同等の腕利きであるリビーも勝てる。そんな代美の予想は外れることになる。
リビーは劣勢を強いられていた。頭に血が上っていることを考えても、以前のカカ相手ならまだ対応可能だったろう。
カカの戦闘能力が上がっている。大剣の扱い方はそこまで変わらないので、技量面ではない。
「馬鹿力のせい」
カカと戦闘経験のあるノエルが言う。
確かに大剣と刀が交わったあと、リビーは次の動作が遅い。リビーは攻撃を受け流すことを得意としているのに、それが難しいほどの力なのだろう。
「このままだと、負ける」
だから行ってもいいか、とノエルは代美の許可を得たいのだろう。カカに興味が出てきてしまったらしい。
「だが……」
「ノエルは手を出すなって言われただろ」
代美は渋っていると、仁が全てを解決してくれた。
加勢してカカに斬り込んだ仁に、リビーが怒声を浴びせる。
「手ぇ出すなって言ったやろッ!」
「危ないところだったのにか? それにノエルならともかく、俺には言われていない。――お前の我儘で、俺らも殺すつもりか?」
「……ッ」
今の人数でも厳しいのに、リビーがいなくなったら持ち堪えられなくなる。
手厳しい言葉であったが、これで頭を冷やしてくれればいい。
仁が抜けた穴を埋めることになって、代美たち援護側はより苛烈な戦闘を余儀なくされる。
ヒトカゲは基本第一形態なのだが、第二形態や動物姿、異様に強い個体が混ざっている。また、ただ倒すだけでなく援護なのだ。リビーと仁の元に行かせぬようにしなければならなく、第一形態と弱い個体であっても手が取られる。
「きついな……」
この場に駆けつけるまでに連戦に連戦を重ね、ひたすら戦い続けている。代美の疲労は頂点に達していて、限界を超えていた。いつ集中が途切れてもおかしくはない。
戦えている方が奇跡的だった。
ノエルや安茂が手ごわいヒトカゲを引き受けてくれていることもあるが、燃えるような強い想いが力となっているのだろう。
呼子笛という応援要請により駆けつけたが、あと少し及ばず目の前で全滅した。
リビーだけでなく、代美だって恨みや悔しさがある。仇は討ちたいと、無謀をするほどではないが思っているのだ。
それでも想いだけで実力不足は補えず、代美は手を滑らせる。ヒトカゲにとどめを差そうとした、薙刀を振るう力が弱まった。胴体の半ばでとまることとなり、ヒトカゲは己を薙ぎ切ろうとした薙刀を奪う。その力は圧倒的で、姿形は他と変わらぬといえど見た目以上の力を持った個体だったと気付いた。
「ほいっと。代美ちゃん、もうそろ限界だね」
助けてくれたのはエレオノーラだ。代美が切ることが叶わなかった残りを、刀でスパッと斬って薙刀を投げ返してくれる。
「感謝する。だが――」
「あの子がいるから大丈夫だよ。ヒトカゲの数もようやく減ってきたしね」
エレオノーラが代美の元まで来て空いた穴は、黒鹿毛の馬に任せているらしい。もしかしてあの馬、私より優秀だったりしないよな?
エレオノーラは代美に代わってヒトカゲを引き付ける。ただ代美を助けにきたのではないらしい。安茂に顔を向ける。
「でぇ、疑問なんだけど――撤退しないの? 全滅しちゃったんだから、もうこの場にいる必要ないよね?」
無情だ。とは言わない。
誰よりも理性的で、状況がよく分かっている。
「今はなんとか持ち堪えられているけど、ヒトカゲがどぱっとやってきたときにはおしまいだよ。第三形態のカカを討つなり捕らえるなりできるならいいけど、時間がかかりすぎてる」
エレオノーラは軽やかな身を活かして、縦横無尽にヒトカゲを斬っていく。そして何を思ったのか、安茂の方向に短刀を投げた。代美は整えていた息をのむ。短刀は安茂に迫っていたヒトカゲの一体に突き刺さり、エレオノーラはヒトカゲが身動きをとめた隙にそんな短刀を掴んで真横に切り裂いた。
安茂は真顔でそれを眺める。
「お姉さんが思うに、安茂君なら撤退すべきだって分かってるよね? 班員の安全を無視して、あえてしない理由とかあったりして」
「っエレオノーラ!」
今は仲間内で争っている場合ではないと、代美は名を呼んで咎める。
安茂は困ったように眉を下げて言う。
「どうやらあのカカというヒトカゲを討つことに、知らずこだわっていたみたいです。僕としましても、話をした仲の灰身上が殺されて思うところはありますから。……リビーさんが仇を討とうとする気持ちは分かりますし」
「あのカカについて、すっごい興味を持ってたのに?」
「ヒトカゲが人間に化けれるのは本当だったと、興味深かったので」
「あはは、嘘つき」
代美も、それに関してはそう思う。
「あーあ、きちゃった」
エレオノーラに言われて、危惧していたヒトカゲがやってきたのだと気付く。追い立てられるようにして灰身上と武家もいた。
「より状況は悪いね」
「撤退しましょう。ノエルさんを目的にカカは追いかけてくるでしょうから、リビーさんも納得してくれるはずです」
安茂は呼子笛を二度続けて鳴らす。撤退だ。
「先駆けはノエルさんとエレオノーラさんでお願いします!」
「ノエル、撤退だ! いけるか!?」
「いける」
呼子笛の音の意味を分かっていないノエルには言葉で伝える。荒い息から流石のノエルも疲労しているのだと見て取れるが、相手を斬ることに対する意欲は変わらない。自信満々な様子でもある。
「調子、いい。……今ならできそう」
後半の言葉は武家の声に搔き消されて聞き取れなかった。
エレオノーラのおかげで多少身を休むことができた代美は、再び戦闘に意識を切り替える。
ヒトカゲと共にやってきた灰身上と武家だが、両者とも呼子笛の音を聞いているので撤退に動いている。まずは追い立ててきていたヒトカゲに反撃するのだが、両者の違いが顕著に見えた。灰身上に比べて、武家は苦戦している。
灰身上はヒトカゲ討伐に限って専門としているが、武家は異なる。ヒトカゲ相手の鍛錬もしているが、重点を置くのは人間相手だ。ヒトカゲが蔓延る世でも、人間同士のいざこざは起こっていた。
また、灰身上の善意の手助けに武家が反発していることから、両者の仲がよくないこともあると気付く。
元より灰身上と武家は仲がそこまでよくない。武士の特権である帯刀を、灰身上がしているためだ。武士は武士であることを誇りに思っている。ヒトカゲが蔓延る情勢により、平民である灰身上が刀を使用することは許されているが、面白くないとは思っている者が一定数いることを、上流武家出身の代美は知っていた。
「安茂。すまない、抜ける」
同じ武家として、見て見ぬ振りはできない。
武家が自力で撤退ができるならいいが、今まさにその一人がヒトカゲに襲われそうになっているのだ。代美は目についた石を拾って、そのヒトカゲにぶん投げる。見事命中して代美の方に気が向いた隙に、襲われかけていた者は立ち直って斬り倒してみせた。
代美は大声で叫ぶ。
「お前ら、ここで反発している場合か! 協力することを決めて、討伐に参加したんだろうが! ノエルの方が協調性があるぞ!」
「な……ッ! 私は背中を預けて共に戦うまでは許していない!」
武家の集団の内、状況が分かっていない一人の男が言い返してくる。代美が助けた者などは男に不満そうながらも黙っているあたり、身分差があるのだろう。鎧の質からして、武士と家来の足軽の関係だろうか。
ならば、と代美は手っ取り早く、同じ高い身分を用いることにする。
「私は灰身上だが、武家出身でもある! 伊勢の藤堂とは聞いたことはないか!」
「お前が――? ……もしや、貴方様があの藤堂家のご息女か!?」
「分かったなら協力しろ! この灰身上は私の仲間だ! 協力できないとは言わせないぞ!」
畳みこむ形で説得し、代美も撤退できるようヒトカゲの数を減らすことに尽力する。そして、代美の班と合流して、固まって撤退することを伝える。
先駆けであることから遠ざかっていくノエルに気を取られるカカに、仁とリビーは休む暇なく刀を振るってくれている。引き留めた上、殿を務めてくれるのだろう。
二人は援護する者がいなくなり、カカ以外のヒトカゲにも対応にしなくてはならない。少しでも負担を減らすために、代美は未熟なりとも薙刀を振るい、武家を追い立てた。途中手助けに来た黒鹿毛の馬を、すわヒトカゲかと勘違いして足並みが乱れるが、無事合流後、撤退していくことになる。
「すげえ……」
足軽の男が感嘆とも畏怖とも言い難い言葉を漏らす。視線は先頭で灰に塗れるノエルに向けられている。
道義がなく自分勝手な振る舞いが多いノエルは、他者から認められることはないといってもいい。代美はこんなときでも嬉しく思った。
撤退は負傷者を出しつつも、順調にいっているように見えた。カカが烏姿に化けて襲い掛かろうとする場面があったが、リビーが恨みを力に変えて阻止する。カカはその後追跡することをやめて、影に潜ることで姿を消した。
「逃げんな! 卑怯者がぁああああああっ!」
リビーの叫びは悲痛にさせた。
手負いにさせたというが、仇を討つことなくみすみす逃がしてしまったのだ。どこに行ったかも知らぬのに、探しに行こうとするリビーを、仁が必死に引き留める。恨みを抑えた結果、悲しみから咽び泣く声は、全体の雰囲気を沈み込ませた。
そんな中でも、ヒトカゲは現れて襲い掛かってくる。追いかけてくるヒトカゲの他にも、断片的に遭遇して襲われることはあった。今回のは数が多く、このままでは囲まれる勢いである。
更に追い詰めるようにして地面に影が通り、実体をもって真上に飛び出してくる。影は線状で長い二本であり、代美たちを四分割にした。しかも線状の影にはヒトカゲが括りつけられており、用はなしたと影は元の実体のない影に戻りゆく。
こうしてヒトカゲに囲まれたのだが、代美は影が戻っていく先を見ることを優先した。これをなしたヒトカゲは、確実に理性をもっている。
隘路にひっそりと立ち、馬鹿にするかのように笑っていた。カカとは異なる、新た第三形態のヒトカゲである。
「っ待て!」
その身を翻して去っていくが、代美はとめることができなかった。襲い掛かってくるヒトカゲの対応することになる。
だが、代わりにノエルが追いかけていった。邪魔なヒトカゲはあっという間に切り捨てている。その後にエレオノーラが、代美を安心させるように手を振って続く。
「いや、心配だな……っ!」
とっととこのヒトカゲを倒し、代美も追いかける。
二人の実力は確かだが、あの男の力は未知数だ。また、エレオーラの目的がノエルの護衛だと知った上でも信用ならない女である。
だが、あの男は厄介なヒトカゲを残していった。
特性持ちのヒトカゲに、代美は追い詰められる。【伸長】で長くなった腕が、曲線を描いて左腕を掠める。その一撃は思いのほか強烈で、ぐらりと体が傾く。疲労が影響して、踏ん張りきれなかった。その隙をヒトカゲは逃しはしない。
「代美さん!」
安茂がヒトカゲを袈裟懸けに斬り、体を支えてくれる。別の四分割された場所にいたはずなのに突破してきたらしい。
「立てますか?」
「あ、ああ」
ふらつきながらも自力で立ってみせる。安茂はそんな代美に気を取られすぎた。
「安茂!」
袈裟懸けにしたヒトカゲは生きていた。切断しているというのに、その状態のまま【修復】せず【伸長】で安茂の右腕を刀ごと巻き取る。びき、と骨に罅が入った音を聞こえたように感じた。
今度は代美が助ける番だ。
まだまだ動ける、と体を酷使して薙刀を下から振り上げる。その前に、安茂は目を疑うような行動に出た。
左腕でヒトカゲをぶん殴っていた。打撃は聞きにくいというのに、殴っている左腕も絡めとられる可能性があるのに、何度もだ。目はマジである。殴打だけで倒そうとしているのだろうか。よく観察すると、巻き取られた右腕を後ろに引いて、勢いをつけて工夫している。
結果。殴打でも攻撃を続ければヒトカゲは討伐できる。
安茂はすっかり固まってしまった代美の視線を受けとめ、照れたように微笑む。
「実は両利きなんです」
そうだったのか、とはならない。問題なのはそういうことではない。
代美はひいた。穏やかな物腰は偽りなのかもしれない、とやばい奴認定を下す。初対面時から持っていた印象がガラリと変わった瞬間だった。
その後、安茂は左腕に刀を持ち替えて戦う。右腕だったときと遜色ない腕前だった。




