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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第八十六話 守りたかった家族

 討伐しに行くヒトカゲがいる地まで、移動しているときのことだ。


「皆とこうして出かけんの、楽しいなあ」


 表情を綻ばせて言うと、そんな沙弓(さゆみ)に仲間は呆れる。


「出かけるって……遠征なんだから、遊びに行く訳ではないのよ」

「分かっとるって! でもいつもは二人か、多くても四人やったもん。皆でわいわいしながらいっぱい話すの、楽しくない? なんたって今日は、副支部長だっておるし!」

「最近は中々話せなくて悪かったな」


 元々の顔が厳ついため、普通に話していても笑っていても恐がられるのが副支部長の尚義(なおよし)だ。言動は荒いので、初対面では尚更である。

 といっても、その分気さくな性格なので、慣れてしまえば恐さなんてなくなる。沙弓も実際そうだった。大切な家族となり、支部長の倖女(こうめ)と揃いで父母的存在である。灰身上になってからは、共に戦う仲間となった。


「副支部長なんやし、仕方ないのは分かっとるよ。なんてったって、今回のことがあったんやしなあ」


 廃墟に蔓延るヒトカゲの調査に、本部や他支部、武家、その他男手への応援要請と受け入れの手配、近くに住まう者への避難の説得……。

 指を折って、沙弓が知りうる限りを数える。多忙で話せないことは当然で、文句はない。


「だから、皆も今のうちに楽しんだ方が得やで! 気を張り巡らせるのはまだ早いやん。これから起こることのためにも」

「沙弓……」


 これから千を越える数のヒトカゲを討伐しにいく。ヒトカゲに対し人間の数は足りなく、予想できるのは人間側にも起こりうる死だ。それは沙弓にも、身近な者にも例外とはならない。


 最期になるかもしれないのだから楽しめるときは楽しんで、幸せを享受したい。


「あはは、暗くするつもりはなかったんやけどなあ」

「だとよ、お前ら! 沙弓にこう言われちゃ、たまらねえな」

「……そうねえ」

「ほんとだな」

「え、ちょっと待って。それってどういう意味!?」


 沙弓はよく妹であるリビーの方がしっかりして世話を焼いている方だと言われている。直接的だと、馬鹿っぽいとも言われていた。


 膨れっ面になって不満を表すと、どっと笑いが起こる。暗さが払拭されたのを感じて、ああ、よかったと心の底から安堵し、楽しめた。



 死ぬことは恐い。それでも仲間が、家族が死んでいくのはもっと恐かった。

 そのため沙弓は今回の討伐に参加したのだ。


 家族を守る。


 沙弓が灰身上になった理由は、今でも変わっていない。

 だが、死ぬとしても、飛び抜けて強いわけではない沙弓が最後まで残るとは思っていなかった。


 *



 ここは地獄だ。


 家族が犬の形をとるヒトカゲには噛みつかれ、肉が抉れる。【伸長】により痣が作られるし、腕や足など取られれば大量にいるヒトカゲの元まで引きずり込まれた。体を余すことなく纏わりつかれ、埋もれて見えなくなる。死だけでない、恐怖を味わうことになる。




 必死に刀で抵抗して、時間を稼いでいた。尚義の元に集まって、大量のヒトカゲの勢いを凌いで。

 そんな中、新たに現れた理性ある第三形態のヒトカゲにより、尚義は死んだのだ。上空から落ちて、あっという間に赤になって、ピクリとも動く気配のないままヒトカゲに埋もれた。


「そ、そんな……」


 頭が真っ白になったのは、おそらく沙弓だけではない。大切な家族の一人が、それも尚義というこの場で一番の実力者が死んだ。信じられない、と思考停止に陥る。

 ヒトカゲと戦闘中では致命的だった。一人、小さな呻き声と共にヒトカゲがいる方に引きずり込まれる。沙弓たちは事実を事実だと呑み込み、対応しなければなくなる。――今生きている家族を守るために。


 でも、どうやって?


 尚義はこの状況における希望だった。尚義がいて、大量のヒトカゲ相手にも持ち堪えられた。


 このまま皆、死んでしまうん?


 家族の死で感傷に浸ることはなくとも、絶望に打ちのめされる。

 いつ応援が来るのか分からない状況で、そもそも応援が来ることができるかも不明だ。


 どうせ死ぬんなら、苦しみ少なく死んだ方がいいんじゃ……。


 そんな絶望に思考が引きずられていたのを、家族の一人の咆哮が吹き飛ばす。


「お前だけは殺してやるッ!」


 どろどろと粘り気のある、どす黒い憎悪だ。憎悪は力の源になりえるも、状況を打破する強力さはない。


 今は人間の(なり)をしたヒトカゲを討とうと、一人だけ無理にヒトカゲの集団に押し入ろうとしていた。憎悪を晴らすことなく、死んでしまうことは見るも明らかで――そんなの、嫌や。


 体は考えるよりも先に動く。憎悪に染まった家族の打裂羽織をえいやっと引っ張り、代わりに沙弓が半歩前に出る。

 一人突出した目立つ人間に、ヒトカゲは猛威を振るう。押し寄せてきたヒトカゲに対して死を抗う術はなかったが、沙弓には家族がいる。まだ死んでほしくない、生きている家族がいるのだ。


「二人して死に急がないでくれる?」

「死のうとした馬鹿はともかく、家族思いの馬鹿は俺らを信じてくれたんだろ」


 こんな地獄でも笑顔はある。不釣り合いなことだが、第二支部の家族らしい。


 ヒトカゲの猛威を増えた人数で押し返して、憎悪に染まっていたワーナーという男ががくしゃりと顔を歪める。ごめん、という涙声から、冷静になってくれたことが知れた。


「さあ反撃、とはいかないけど、踏ん張りどころだな」


 士気は上がるも、地獄は地獄として変わらずある。

 家族の暴走を庇うため助けに入ったが、そのために空いた穴からヒトカゲが飛びつく。致命傷にならぬ負傷に留めて立ち位置を変え、再び守りを固めてなんとか応援を待つのだが、尚義を殺したヒトカゲがいる。


「来るぞッ!」


 理性ある第三形態のヒトカゲだ。背の高い女に化けて、大剣を大振りに下ろすのを、家族の一人――冬彦(ふゆひこ)が刀で対応する。巨大な烏とは異なる姿であるからか、尚義を簡単に殺してみせた強さはないように見えた。

 沙弓はどんな状況にも臨機応援に対応できるように視野を広くしつつ、目の前のヒトカゲを凌ぐという器用なことをする。

 沙弓の立ち位置からして、第三形態のヒトカゲの動きは視界の端で捉えることができた。重そうな大剣をでたらめに振り回している。同じヒトカゲを巻き添えで切断しているが、躊躇う様子はなかった。人間の形をしていれば、同じヒトカゲであっても群がられるためだろうか。仲間意識はなさそうだ。


 第三形態のヒトカゲが言う。


「技量はやはり負けるか」

「こちとら必死に鍛錬してんだ。単純な力ならともかく、易々と負けてたまるかよ」


 そして、その技量はヒトカゲの力を上回り、大剣を持つ左腕を斬る。第三形態であっても痛覚はないらしく、怯むことなく距離を大きくとって【修復】で左腕が元通りとする。


「練習台としては丁度いいが……数を減らすか」


 切断された腕にもヒトカゲは群がっていた。それを第三形態のヒトカゲは力をもってしてヒトカゲごと拾い上げ、後方に投げ捨てる。腕は灰になりかけていて、さらさらと通ってきた後を残しているのが目についた。


 見とれてはいない。ただ大量に押し寄せるヒトカゲへの対応から、第三形態のヒトカゲまで相手にはできなかった。

 先程とは一線を画した速さで、第三形態のヒトカゲは肉薄していた。沙弓は運が良かった。大剣を横凪ぎされたとき、刀が腹前にあったことで死を免れた。隣にいた男は悲惨にも体が上半身と下半身で真っ二つになっているのを、大剣による衝撃で吹き飛ばされた沙弓は直視することとなる。


「ワーナーっ」


 沙弓はその男の名を呼ぶ。家族想いだからこそ、悪を持つに至った男は、返事をしてくれることはない。


立花(りつか)(たける)……っ」


 どんどん家族が死んでいく。戦っていた相手の冬彦が残されている辺り、人を選んで摘んでいるようだった。


「嫌や……やめてッ!」


 沙弓は吹き飛ばされた先にいたヒトカゲが緩衝材となったことで、負傷は少ない。斬撃以外は効果が薄いヒトカゲなので、立ち直って襲い掛かるのを、沙弓は「どいて!」と刀で切り倒す。

 ヒトカゲの数は家族と共に戦っていたときより少なかった。吹き飛ばされたことで、ヒトカゲの密度が小さい場に来ていたのだ。


 今まさに第三形態のヒトカゲと戦っている家族の姿は、すぐに見えなくなる。群がってきたヒトカゲしか見えなくなってしまっても、沙弓は諦めない。家族の叫びが聞こえるから、まだ生きている。


 叫びが聞こえなくなるまでには、少なくない時間があった。沙弓はそれまで生き延びた。右手に打刀、左手に小刀と不格好ながらも手数を増やし、受けるしかない攻撃を見極める。痛むところはあれど、五体満足であれた。


 ばさり、と巨大な烏が羽ばたいている。

もう相手にする人間はいないと、余裕そうに空から地上を見渡している。


 ああ、皆死んでしまったんや。


 沙弓は理解してしまった。涙で頬が濡れる。感傷の次は絶望――とはならなかった。代わりにあのヒトカゲを倒すことができない、その悔しさを味わう。


 ぎゅっと歯を噛みしめて、涙で視界が見えなくならないよう我慢して二刀を振るい続ける。

 沙弓は最後に一人生き残ってしまったが、それは守るべき家族がいなくなったことではない。なぜなら沙弓の家族はいっぱいいるのだ。この廃墟の町に他班として、第二支部で待っている家族もいる。家族以外にも守りたい、優しく親切な人たちだっている。


「あ゛あ゛あ゛あああああああああああああッッ!」


 慟哭を声いっぱいに上げて、恐怖を誤魔化した。


 沙弓はもう死ぬだろう。この大量のヒトカゲからは逃げることは無理だ。そのため、残り僅かな命を使ってより多くのヒトカゲを倒す。


「よく耐える。……私はそれを評しよう」

「…………ぁ」


 影が差して、思わず見上げた。その全体像は間近すぎて把握することはできないが、副支部長の尚義を殺した相手の姿ははっきりと覚えているので、何者かは簡単に予想がつく。


 思い出が駆け巡る。


 廃墟の町までの道程で、死した家族と楽しく笑いあった。第二支部長の倖女(こうめ)が遠征前に優しく抱きしめてくれた。リビーが応援に来てくれて、本部で過ごした日々を語ってくれた。やけに多いヒトカゲに危機に追い込まれていると、尚義が格好よく倒してくれた。冬彦が剣技を時間をかけて、一つひとつ分かりやすく教えてくれた。夜、お邪魔した長屋で寂しいね、と立夏と思い出を語った。リビーが行ってくるわ、と本部へ旅立つ後ろ姿に、大声で声をかけた。灰身上になりたい、と傷ついて寝床で横になっている健に伝えた。健がヒトカゲ討伐により負傷しているのに、心配いらないと笑いかけた。新しくできたい妹が嬉しくて、遊ぼうと手を引いた。さゆねえ、と不安そうに呼ばれた。


「さゆねえ!」


 リビーの声が聞こえる。


 声に導かれて、振り向いた。ヒトカゲとヒトカゲの間を縫って、奇跡的にその姿が見える。

 駆け抜ける思い出の中で、何度もリビーを見た。第二支部に来た当初の、幼く不安そうな姿はどこにもない。天才リビーと耳に慣れるほど繰り返し言っていた通り、才能に溢れ努力も怠らない、立派で自慢な灰身上になった。


「りびー、」


 応援に駆けつけてきてくれた、大好きな妹。


 死にたくない、一緒に生きていたいと手を伸ばす。

 リビーとの距離はあんまりにも遠く、離れていて。




 ぐちゃり。


 肉が潰える音がした。










 *



 その慟哭はとても聞き覚えのある声で。


 嫌な予感をしつつ、その場に到着する。

 姉と慕う沙弓とは最期に目が合い、リビーが何かする余地なく死んだ。



 沙弓は巨大な烏に足で潰された。囲んでいたヒトカゲもろともで、よく見えた。


 烏は人間に化ける。

 女の姿でいようと、刀を抜くことに躊躇はなかった。


「絶っ対、許さへん」


 沙弓だけではない。おそらく他の家族も殺している。


 リビーはその女を見据えて、一直線に駆けだした。


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