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欠落少女よ、憧れとなれ  作者: 嘆き雀
第四章 母か姉かの手のひらは愛おしく
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第八十五話 蒼の策略

 廃墟になり果てた町中をひた走る。ヒトカゲが飛び付いてくるのを、代美は薙刀で斬った。その流れで左手の位置を右手の下に持ち替えると、横一文字に新たなヒトカゲを薙ぎ払っていく。


 次から次へときりがなかった。ヒトカゲの数は千体以上と知らされていた通り、まさに異常だ。なぜか第一形態が朝方から姿を現しており、弱いながらもその数は圧倒的で脅威である。稀に第二形態の特性持ちや、人間の形を歪ませた巨体や動物のヒトカゲがいるのも気にかかる。

 代美はこの状況で頼りとする薙刀を握りしめる。打刀より重く長いこの薙刀は、この戦いの中ですっかり違和感なく手になじむことになった。


 元々代美と薙刀は縁がある。

 武家に生まれた女は護衛と教養で習うためだ。ヒトカゲが蔓延る世の中からいろいろな武術を学んできたなかでも、嫁入り道具として持参するものが薙刀である。灰身上になってからは一般的な打刀を振るうことになったが、まだ実家で暮らしていたときは薙刀を中心に鍛錬していた。


 薙刀は柄が長く、距離をとって攻撃できることが特徴である。その点は槍と同じだろう。逆に異なることといえば、突くことが基本の槍に対して、斬ることが基本の薙刀だ。そのため刺突に強く、斬撃に弱いヒトカゲに薙刀は有効な武器となる。


 柄が長いことで小回りがきかず、接近されたら不利となるのだが、今回の討伐では班で行動している。代美は遠距離で攻撃する役目に集中し、もし接近されても仲間が対応する。

 手が回らず対応できない状況に陥っても、いざとなったら薙刀から小刀に持ち変えて対応する。重みになるからと打刀や鎖鎌は第二支部に置いてきているが、打刀と大小で組み合わせとなる小刀は持ってきていた。


 大量のヒトカゲ相手では、鎖鎌の鎖や分銅を活かすことができない。投擲しても、手元に戻すことがとても困難だろう。代美はこの討伐の詳細を聞いて、薙刀を使用することを選んだ。

 打刀でないのは仲間が用いるので、その他を補おうとしたためだ。幸い、鍛錬すればかつての感覚は取り戻して、打刀に劣らない技量にはなった。



 このように代美は器用貧乏であることからいろいろと考えて、才能ある仲間の足を引っ張らないように努力していた。


 安茂は見ていて分かりやすい華々とした成果はないが、全体を見て必要な指揮をとる。そのおかげで仲間同士で動きが被ることなく、その判断に迷うこともなかった。時々見られる打刀の腕前も、熟練の腕前を見せている。

 エレオノーラは謎に強い馬にヒトカゲを蹴散らせていた。エレオノーラ自身は最後尾で、第二形態や執着心強く追いすがる厄介なヒトカゲに絞って排除している。灰身上の身なりで扮しているが、正体は忍びでノエルの護衛を目的としているため、余力を残している節があった。


 リビーはよく知っている通り、ノエルと十分に打ち合える腕前がある。的確な狙いでヒトカゲをしとめ、遅れまいとする代美を気遣って時々言葉を掛けてくれる。それがなんとも心強く、力が湧いてくるようでもあった。

 仁はノエルと共に先駆けを務め、露払いをする。一番負担が大きい役目を気負いなく務めていた。代美はなによりも血気盛んなノエルについていくことができることが凄いと思う。侮っていた訳ではないが、その腕前は未知数なところがあった。本人のやる気はそこまで高くないが、任せられたことはしっかりと果たす男であった。


 そして、代美の好一対(バディ)であるノエルは。


 誰よりも才能がある者だと思う。その力を遺憾なく発揮し、立ち塞がるヒトカゲを灰となしていた。流石のノエルも次々と来るヒトカゲを全て倒すことはできないが、傷を与えて後方にいる代美や安茂に回して捌く。

 足をとめないで大量のヒトカゲを相手にしているというのに、全くの疲れ知らずだった。余力を残す考えがないのだろうか。それとも余力を残した上でのこの戦いぶりなのだろうか。


 前を駆けるノエルによって灰が生じ、風で代美のいる後方に流れてくる。打裂羽織がひらりひらりとひらめいた。

 朝日を受けてその姿はくっきりと鮮明で、代美の瞳に焼きつける。ちらりと見せる横顔はヒトカゲを見据えて凛々しかった。一つにまとめ上げられた髪と灰は同じ色で、黒髪でないその色に見慣れたはずなのに、途端に現実感がなくなって神秘さを帯びる。

 打裂羽織も灰色であるので、まるで全身が灰に(まみ)れているようだった。実際、いくらかはそうだろう。それほどにノエルはヒトカゲの灰を作り出している。


 刀の夢幻が鋭くヒトカゲを斬り裂く。

 まだ子どもの域を出ない身で、どれだけヒトカゲを倒したのか。全身の灰色がそれを表しているかのようで、代美の鼓動がドクドクと大きな音を打つ。畏怖を感じたのだ。そして慟哭するかのような誰かの叫びが聞こえて、現実に戻ってくる。


 すると、いつの間にかヒトカゲが間近に迫ってきていた。代美は「うおお」と妙な呻き声を出しながら薙刀の柄で突き飛ばして一生を得る。


「近いで!」


 誰かの叫びに対する言葉である。代美にではない。

 呼子笛が鳴らされた場所には、もう到着してもおかしくなかった。速度が上げて、急いでその場所を目指すことになる。


 代美はノエルに気を取られていた故の体たらくを、なんとか知られないようと表面上取り繕っていた。こっそり仲間を窺うと、視線の合ったノエルが何をやっているのかともの言いたげにされた。


 *



 一人の少女がヒトカゲに近づく。それはあまりに無茶なことだった。


 ヒトカゲに気付かれて、少女はビクリと体を震わせる。それでも真っ黒で塗りつぶされた顔を見つめて、暫く逃げ出すことはなかった。

 ヒトカゲは数体いるので、四体ほど興味を引き付けてから走る。追いかけるヒトカゲはどんどん膨れ上がって、一人の少女に対して十から二十体ものヒトカゲが追いかけることとなった。


 カカは隘路からその展開を眺める。この哀れな少女の名は春那(はるな)という。(つむぎ)を庇い、蒼に殴られていたあの少女だ。


 春那はまんまとヒトカゲに追い付かれて、腹にまとわりつかれていた。強引に両手で引き剥がし、大量のヒトカゲから逃げ続ける。影の触手で足をとられると、惨めに転びながらも小刀を抜いて切り離し、再度逃げ始める。


 だが、その間に距離をつめられて、ヒトカゲから熱烈にしがみつかれる。左腕を巻き込んで胴体に手を回されているので、これでは両手で引き剥がすことはできない。そのため、春那は自身の体をくれてやった。自身の左腕をヒトカゲの両腕ごと切り離したのだ。


 春那は何をされても逃げ続けた。なくした左腕を【修復】して、また新しい生傷が作られても、ボロボロな体を動かし続ける。


「頃合いだな。奴らもちょうどきた」


 カカと共に眺めていた(あお)が言う。良心の呵責はないらしい。春那も紬や蒼と同様揃いの円環の耳飾りをつけているというのに、本当によく分からぬ関係性だ。



 そうして春那が逃げゆく方向に灰身上は現れた。なぜこんなところに少女がいるのかと驚き警戒しつつも、ヒトカゲから庇う。


「もう大丈夫やからね」


 灰身上の女が親しみやすい笑顔で声をかける。追いかけていたヒトカゲは、その他の灰身上にどんどんと討伐されていく。灰身上のなかでも、腕利きの集まりなのだろう。時間はかかるが、怪我なく討伐し終える。――相手が能無しのヒトカゲだけであったならば、だが。



 春那は脱力して座り込んでいた。【修復】によって力を大きく消耗したためだろう。灰身上に囲まれてしまったためか、怯えて体を震わせてもいる。


 それでも春那は役割を果たす。


「恨みは、ない。人間は好きでも嫌いでもない、よく分からない生き物だから」


 灰身上は春那を無条件で助けたとはいえ、馬鹿ではない。理性あるヒトカゲについて情報は共有しているはずだ。ヒトカゲが蔓延る、人間がいることはできないはずの廃墟に、なぜ春那がいたのか。

 灰身上は目に見える警戒をとり、いつでも抜刀できるようにする。


「けど、紬様のために。――お前たちは死んで」


 春那は勿論、灰身上に助けを求めたわけではない。ヒトカゲを誘導して、灰身上にぶつけた。そして、邪魔だからとこの場にはいない紬を想って、自身に注目を集めたのだ。


 蒼は既に動いている。


「さあ、目覚めの時間だ」


 春那が混ざる灰身上たちの足元に、蒼は()を振り抜く。正確には灰身上が立つ家屋の影に、刀に幾重もの蒼自身の影を纏ってだ。

 ものを叩きつける、ドンッという衝撃音が鳴る。その地響きは止まらない。次第に揺れは大きくなって、そいつらは出てきた。


 ヒトカゲだ。蒼はカカのときのように、影に身を休めるヒトカゲを無理矢理起こしたのだ。


 ヒトカゲは影から出てき次第、目にした灰身上に飛びかかる。灰身上は突然の奇襲にも対応する。流石は腕利きだ。とはいえ春那までに手が回らず、影の中に潜るのを見逃すことになる。そして、その他のヒトカゲへの対応できるのだって、長続きしない。

 いくら灰身上が腕利きでも、際限がないかのように影から現れ続けるヒトカゲには負ける。日がある内は現れない第一形態といっても、その数は脅威となった。


 直ぐに悲鳴は上がった。続いて呼子笛(よびこぶえ)が二度、連続で長く鳴る。

 呼子笛を鳴らした灰身上の体格のいい男が叫ぶ。


「お前ら、気合いで集まってこい! 立て直す! 応援がくるまで持ち堪えるぞッ!」


 それでも希望は絶えないらしい。

 灰身上の核となる男に寄り集まっていく。互いに背を預けて陣を作った。


 カカのところまで戻ってきた蒼が言う。


「流石は灰身上の長だな」

「長は女ではなかったか?」

「第二支部長はそうだ。だがここにはいないようだからな。ここまで出張ってきたやつらのまとめ役という意味の長だ」

「なるほどな」


 悠長に話している間にも、影からはヒトカゲが出続けている。見ものなのはカカを遥かに超える大きさの、足長の巨体だ。他にも人間以外にかたどる犬や熊、見た目では分からぬものの秘めた力を持つ、そんな魑魅魍魎がようやく出揃えていた。


「もういいか」


 カカはもう気持ちを抑えきれそうにない。


 春那を用いた奇襲は成った。次の策略として持ち堪えている灰身上に追い討ちをかけるべく、カカを投入することになっている。


「ああ、」


 最後まで言葉は待たなかった。カカはこの戦闘で得られる経験が目的だ。その相手がいる内にと、自らの意思でその戦いに身を投じる。


 背負う大剣を使って、力任せに振りぬいた。近くにいたヒトカゲもろとも灰身上を切ると、真っ二つに分かれて血を噴き出した。事実を理解できていない、ポカンとした灰身上の間抜け面はどこからどう見ても隙だらけである。


 蒼が起こしたヒトカゲは理性なんてない。人間に群がる性質を利用しているだけの、統率されていない集団だ。そのため廃墟の町から抜け出さないようにと、町の出入り口に杭を打って簡単に塞いでいるぐらいである。

 それを補う戦力として、カカは蒼に期待されている。


 カカはこの場にいる灰身上の中でも、より腕利きの者を狙って殺していく。次なる獲物として近い位置にいる傷の少ない者にしようとして、邪魔が入る。長である男の灰身上だ。


「よくもやってくれたな……ッ! さっきの少女といい、ヒトカゲを呼び出した男といい、人のなりをしていようとも、てめえらは殺す」

「……お前を相手にするには、()()私では難しいか」

「何言っているか聞こえねえよ! とっとと、死ねッ!」


 カカが他のヒトカゲより強いということで、この男は自ら片づけようと出てきたのだろう。こうしてカカを構っているうちにも、男の仲間は大量のヒトカゲにやられていく。


 男は早々に殺そうと猛然と攻めかかってきたのに対し、カカはひとまず距離をとろうとして、男の足に一本の影が絡みついて投げ飛ばした。

 カカは底冷えした声を出す。


「蒼」

「いらぬ手出しだったか」

「……いや。だが、後は私一人でいい」

「ならこの場は任せるぞ」


 カカ以外のヒトカゲもいるためか、蒼は素直に影に潜って移動する。これでもう、蒼の目を気にする必要はなくなった。


「私は、強くなる」


 ノエルに復讐するために。そのためには手段は選ばない。



 長である男は仲間の灰身上から大きく離れた位置に投げ飛ばされるも、無事であった。

 カカは手始めに【投影】により、自身の体を変化させる。初めて人間の姿になったときのようになりたい姿を強く想像しつつ、男に向かって駆けた。


 カカを人間と間違えて、群がるヒトカゲが鬱陶しかった。色を黒に変えてしまえば群がることはなくなるが、せっかく経験を積むに相応しい腕利きの相手なのだ。幸運にも、蒼は質のよいヒトカゲを()()方法を見せてくれた。同族食らいに、人間でなく犬や熊といった動物の姿をとらせること。


 新たに得た情報を使い、試していくのも経験だろう。教えてくれたネロによると、【投影】は一体につき一つの姿にしかなれないらしい。他の姿を見たことがないことから、確かにネロは人間の男一人の姿にしかなれないようだが、カカはその身を烏に変えることができた。

 弱かったカカを、ノエルの前に虐めてくれた鳥だ。そんなことがあったためか、【投影】に成功できた。人間の姿を便利と思えどそこまで入れ込んでいないことも、影響していると考えている。


 腕が翼になると、駆けていた勢いのまま足を蹴って羽ばたいた。人間大の烏となって、男の刀を持つ腕を封じるようにして掴み、上空へ飛ぶ。抵抗はあった。男を掴む足は刀で貫かれて、上昇中に暴れられるも、それだけだ。


「この、化け物が……」


 カカは男を掴むのをやめ、足を動かして刀からも振り落とす。それだけで男は何もできずに落下し、赤となった。空を飛べるということは、それほど有利なことだった。


「呆気ない」


 とはいえ、大量のヒトカゲがいてこそできたことだ。蒼により男一人が投げ飛ばされてきたことでヒトカゲが殺到し、付け入る隙があった。


 カカは空から降り立ち、人間の姿に戻る。本来厄介な男は死に、後はどうにかできそうな相手しか残っていない。それでも油断はできないので、カカに再び群がってきたヒトカゲの心臓辺りに手を突っ込み、影を用いてヒトカゲの内部を圧縮する。それを口に入れて、身の内に取り込む。

 同族食らいだ。今のカカが弱かった頃より強くなったため、魔改造を行ったときのような大きな力の変化はない。それでも何度も繰り返せば、より強くなれるだろう。


 蒼は第三形態以外のヒトカゲを蔑み嫌っている。手っ取り早く力を得ることができる同族喰らいでも、することがないくらいに嫌っていた。

 ちなみにカカは全く気にしない。蒼との今後の付き合いを考えて、気に入られている方がいいと知られないようにはしているが。


 同族喰らいの圧縮方法については、蒼からそれとなく聞き出していた。

 ちなみにカカの影を操る技量は未熟で大雑把なので、失敗することが多い。


 カカは【投影】のために影に収納していた大剣を取り出し、同族喰らいでどれほど強くなったか、剣の技量も試していくこととする。残された灰身上は長である男を殺されたことで、絶望に顔を青ざめていた。


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