第八十四話 先駆け
ヒトカゲが影から現れてきても対応できる速度を維持した、出せる全速力で駆ける。
その方向からは、先程までは全く見かけなかったヒトカゲで溢れ出ていた。一ヵ所に寄り集まっていたのか、道を埋め尽くしていく勢いだ。他班が切羽詰まった様子で討伐するも、直ぐに追いつかなくなるのが目に見えていた。
「先に行くぞ」
仁が速度を上げ、一足先にヒトカゲを斬りにいく。ノエルは代美に名を呼ばれたので、張り合うように前に突出することはなかった。
「殆どが第一形態だ!」
「なんで日の元に出れるかは知らんけど、それなら臆することないな」
ということは、つまり。
「ノエルさん、遠慮はいらないよ! ただ足は止めないで! 討ち漏らしは――」
「うちらの役目なんやから、奪わんといてよ!」
「分かった」
しなくてはならないことは把握した。
ノエルは一歩に入れる力を強くする。飛び込むようにして、仁に迫るヒトカゲの一体に抜刀した夢幻を振り下ろして倒した。
仁が言う。
「右は任せろ」
「仕方ない」
「今のうちだぞ、そんなこと言えるのは」
そして、ノエルと仁は先頭を走り、足をとめることはなかった。邪魔なヒトカゲは斬り払う。
そのためヒトカゲ一体に対し、一撃しか与えられない。刀が届かぬ位置にいるヒトカゲには一撃も与えられない。
だが、気にすることはなかった。
リビーと代美が傷のあるヒトカゲにとどめを刺す。エレオノーラと安茂がついていくのに支障が出ない程度で、どちらも打刀を用いて倒す。
代美が鎖鎌でなく、それでいて打刀でもなく、薙刀を振るうのには見慣れなかった。背丈を越える長柄を操り、ヒトカゲを薙ぎ払う。
出立前の鍛練で初めて見た薙刀だが、技量には問題ないようだ。鎖鎌とはいまいち比べられないが、打刀と同等の技量があるように思える。今の状況では長い間合いをとれることで一歩踏み込んでいく必要なく、打刀よりもヒトカゲを討伐できているのではないか。
ノエルはヒトカゲの特性である【伸長】により影で夢幻を絡め取られたのを、前に引き寄せられる力に逆らわずに接近して小刀で斬り倒し、そう思った。
「ノエルちゃんが手こずるぐらいだし、この子に手伝ってもらおうかな」
「手こずってない!」
ほんの少しよそ見をしていただけだ。ヒトカゲの数は多くなってきたとはいえ、まだ速度を落とさず対処は可能である。
大声で叫んだことから聞こえているはずなのに、エレオノーラはこの子――黒鹿毛の馬を放つのを変えなかった。
馬が嘶き、ヒトカゲに臆することなく先頭に躍り出る。それどころかヒトカゲを蹴散らして、人間が追いつけない速さで姿を遠のいてしまった。なんという馬だろう。
「これで負担はだいぶ軽くなったな」
仁は楽ができて良いだろうが、ノエルは良くない。相手を奪われた。
そんなノエルの不満を感じ取ったのか、代美が言う。
「力を温存できていいだろう! 後でその分強い相手とやりあえるぞ!」
確かにそうかもしれない。
ならば、もう十分に体をほぐし終えているので、とっとと登場してほしい。
その期待にヒトカゲは応えた。
地面の揺れは感じていた。その振動でものが動いているのも見ていた。だが、真横の家を破壊してその巨体を現したのには、予兆を感じ取っていても想像つかないことである。
「なんだあれは!?」
「へえ。見たことないぐらいに大きいね」
代美が驚愕して叫ぶのに対し、エレオノーラは冷静だ。
一階建ての家から頭が飛び出るほどの巨体だった。それも足が歪に長い。頭から胴体までと同じ長さがある。
のっしりとした一歩は動きこそ遅いが重みがあり、起こった振動から弾んでしまいそうだった。
家を崩しながら押しのけてきたヒトカゲは、ノエルたちを目指してやってきたようだ。凹凸の小さい真っ黒な顔をじっと向け、腰を曲げたことで頭部や頭が垂れ下がってくる。人間でいうところの、落ちたものに手を伸ばして拾う動作だ。このヒトカゲは人間を拾おうとするらしい。
巨体によって日が遮られ、ノエルたちは影に覆われて暗くなる。その時点で既に全員が行動を開始している。
「人が捕らえられています! 救出を優先してください!」
安茂はノエルに言っているのだろうな。
ノエルとしてもヒトカゲを斬るのに人間は邪魔なので、不満なく救出を優先する。
ヒトカゲは親指一本で男を一人掴んでいた。その手でもって、ノエルたちを拾おうとしていたのだ。ぐでりと動く気配のない男を解放するために、さっそく親指を狙う。ヒトカゲに捕まえられる役の囮は仁がしてくれていた。ノエルはその狙いから少し外れた後方に立ち、男を捕えている親指を斬ろうとする。
「……っ!」
硬いっ。
ヒトカゲの体というのは刃を当てればすっと斬れるものだが、この巨体は違った。刃が通らないで弾かれたことに、ノエルは目を見開く。
囮となっていた仁も避けて反撃していたが、何も結果をなせずに「チッ」と舌打ちする。
「この巨体でやりやがるか……っ! 【硬化】を使うぞ!」
ヒトカゲの特性の一つに【硬化】がある。その身を硬くして、金属の盾のように攻撃を防いでしまうのだ。
この場合、どう対応するのか。
「【硬化】ごと斬る」
次は斬るぞ。
「馬鹿っ。連続で斬るんだ!」
代美に叱られるが、不正解ではないとは思うのだ。ただノエルの技量が足りていないことから斬れないだけである。
普遍的な正解は【硬化】は持続性がないので、その特性が解けた隙に攻撃することである。
悔しい思いをして、代美が薙刀で親指の第二関節を薙いで男を救出したのを見届ける。男は地面に落ちて全身をぶつけることになるが、微かに身じろぎしたので死んではいないようだ。代美の代わりに仁が乱暴に抱え込んで、一時離脱する。
親指と男を取られたヒトカゲは怒ったのか、暴れ始めた。遅い動きが重みを保ったまま速くなり、ドタドタと足で踏みつけようとする。その上、蹴りつけようとしてきて、狙われた代美が地面の上を転がってすれすれに避ける。土煙が舞ったため、そのあとの蹴りつけは狙いが甘く当たりそうにもならなかった。
「後は一気に畳みかけるぞ」
「うちも手伝うで。こんな奴にいつまでも時間はかけられへん」
リビーはエレオノーラと共にこの巨体以外のヒトカゲを受け持ち、戦闘に邪魔が入らないようにしていた。だが土煙により引きつけて討伐するのが困難になり、そもそも巨体の暴れっぷりで同族討ちが発生している状況になっていた。
そこからはノエルとリビーが左足を斬り落とし、均衡を崩して倒れて両手を支えに立とうとしたところを、代美が左手首を薙いだ。全体の状況を見ていた安茂が加わって、手足を全て斬り離してもいく。
このヒトカゲは図体がでかいが、頭が悪いことで討伐は想定より難しくなかった。厄介そうに思えた【硬化】もここぞという使いどころが分かっていない。ノエルが【硬化】ごと斬る技量を披露するまでもなかった。
だが、完全に倒しきるには骨が折れそうだ。手足がなくなったというのに、まだ灰とならない。どうやら細かく切り刻んでいかなくてはならないようだ。
【修復】や【伸長】といった他の特性もなく、身を震わせているだけとなったヒトカゲにいつまでも構っていられない。
ノエルたちは遅れてやってきていた他班に、後処理を任せる。同じ灰身上であったが、文句なく引き受けてくれた。ヒトカゲの手から救出した男についても、仁が「押し付けてきた」と言葉を飾ることなく戻ってくる。
「まあ、彼らより僕たちの方が実力があるようですから。この先のことを考えればそれが妥当ですし、彼らもよく分かっているようです」
溢れ出るヒトカゲの中に道を切り開いていったことで、どちらが上か甲乙つけられたらしい。安茂が柔らかな口調で物言う。
そして、巨体以外のヒトカゲをコツコツ討伐していたエレオノーラが、先に進むことを促す。その先には未だ絶えることなくヒトカゲが溢れ出てきている。
いつの間にか戻ってきていた黒鹿毛の馬は、自分はまだまだやれるぞと言わんばかりに前足で地面を掻いた。




