第八十三話 突入
三日ほどの距離にあると言っていたが、討伐対象のヒトカゲがいる場所にはその日のうちに辿り着けなかった。ノエルは歩みが遅いせいだと思っていたが、次の日の早朝に別にあった理由を説明される。
「今朝の内に到着できるよう、調節していたんです。ヒトカゲが一番活発的な逢魔が時は避けたのですよ。本来なら全てのヒトカゲを討伐できたらいいのですが、難しいということで、第二形態だけに狙いを絞って討伐することを優先したみたいです」
年嵩ということで班長を務める安茂が言う。班長だけが呼び出され、そこで話を聞いてきているため一番事情を把握している。
代美が小さく呟く。
「難しいというのは、やはりヒトカゲの数がそれほどまでに多く勝っているのか……?」
「士気に関わるので、詳しく言えないところですよねえ」
独り言を拾い上げた安茂に、代美は「もうそれが答えのようなものだぞ」と再度呟く。相手が班長の立場であるから、あまり強く出られないのだろうか。
「作戦を聞いてきたのでそちらについても説明すると、これから人間が放棄した町にいるヒトカゲを討伐するのですが、僕たちは突入班です。逃がして他に被害が出ないように包囲し待機する班もいますが、若手ながらも何体もヒトカゲを倒してきた実力者揃いで、やる気も十分ということでそうなりました」
「ノエルやな」
「ノエルだな」
「ノエルちゃんだねえ」
「ん」
ノエルは誇らしくなって胸を張る。生暖かい視線を貰うことになった。
「特にノエルさんですが、他の方々も評価されていますよ。第三形態のヒトカゲと遭遇するも、撃退したり捕えたりしたそうですからね」
「ありがたいことに機会に恵まれていたからなあ」
リビーはとてもそうとは思っていなさそうな、苦々しい表情になる。
「とにかく、そういうことで突入班になったのですが、その際に杭を目にすると思います」
「杭?」
「町の出入りが可能な場所には全て打たれているそうです。元々はなかったもので、ですがただの木の杭で害はないそうなので気にせず通り抜けてください。その後は突入班で手分けして、ヒトカゲを討伐していきます」
安茂はそこで一度切り、全員を見渡す。
「杭がある時点で察しているでしょうが、意図は不明でも、第三形態という理性あるヒトカゲの存在が窺えます。ヒトカゲの数からしても、これまでと異なる討伐となると予想されます。十分に警戒をし、その上でも予期せぬ事態が起こっても、落ち着いて冷静に対処していきましょう。まずなによりも自身が生きて帰ることを念頭に、そしてヒトカゲを討伐して人々の不安を取り除く。……とまあ、班長らしく偉そうなことを言いましたが、こんな感じに頑張りましょう」
眉を下げ、一気に覇気がなくなる。
そんな安茂に皆は苦笑を禁じえなかったようだが、ああ、おうなどと言うので、ノエルは声に合わせてこくりと頷いておく。いっぱいヒトカゲを斬るぞ。
その後は直ぐに出立することとなり、三刻ほどで到着する。町はこれまで見てきたような賑やかさは欠片もなく、森閑としている。
「さあ、行きましょうか」
別の班に続いて、ノエルたちも突入していく。
出入り口となる道に打たれている杭は木でできており、侵入を阻むように塞いでいる。といっても本気で塞ごうとしていないのか、別の目的があるのか、乱雑な打ち方であり縄で繋がれてもいない。仁や安茂では少し狭いと感じられるだけの幅が空いているので、易々と通り抜けられた。
だが、エレオノーラが連れてきた馬には厳しいので、男手により無理やり一本抜くことになる。
「ノエル、協調性を忘れるなよ」
「分かってる」
口酸っぱく言ってくる代美には飽き飽きする。せめて協調性が必要なときだけに言ってほしい。
町は建物や生活の道具と人が住んでいた痕跡だけを残し、廃墟となっている。そこに蔓延るヒトカゲを一体見ることができ、だが先行していた班によって討伐している最中であった。危うげない様子から助力の必要はない。
「逢魔が時でないとはいえ、ヒトカゲが少なくないか?」
「昨日の偵察時もそうだったみたいです。以前はもっと多くの数を確認していたようですが……どこに潜んでいるか分かりませんし、慎重に進んでいきましょう」
先頭にノエルと仁、真ん中に代美とリビー、最後尾にエレオノーラと安茂という陣形で進んでいく。
ノエルは満ち満ちる気合を発散して暴走しないようにと、先駆けの配置に認められていた。隣が仁であるのは男の持つ筋力があるためだ。技量よりも、単純な力を求められる場面に備えている。
安茂については班長ということで全体を把握できる最後尾に。エレオノーラも馬をつれていることで、邪魔にならないよう安茂の隣となる。代美は接近戦に向かない他の武器を用いていることから真ん中に。リビーは消去法で代美の隣だ。あとは好一対が近くなるように、前後と左右を調節されている。
ちなみにエレオノーラと安茂は余り者同士で、即席の好一対を組んでいる。上手く連携できるかどうかは知らない。
「あの家に何かいる」
建物内なので目で見えないが、ノエルの感知に引っ掛かったので知らせる。外を進んでいてヒトカゲは見つけられなかったことから、家に入ってみることになった。
「何かの罠でないといいけどな」
「多分、違う」
それは潜ませた気配ではない。ただ屋内にいるだけだ。
「お姉さんもノエルちゃんに賛成だね。警戒しすぎも疲れちゃうから、ちゃちゃっと行っちゃって」
「ん」
「エレオノーラが言うことは理解できるが、ある程度の警戒は持つんだぞ」
家の玄関は開けっ放しとなっている。内部は風で砂が入り込んでいて汚いことから、土足のまま踏み込む。なるべく音を忍ばせて接近し、ノエルはそれに小刀を投擲した。
天井に張り付いていた小さなヒトカゲだった。その姿は人間でなく、蝙蝠である。
羽を小刀で縫い付けられながらも、じたばたともがいている。なんとも弱く間抜けでいるが、これでも第二形態だ。日がある内から活動できるため、油断はしない。
「天井まで斬らんといてよ」
そのような技量にノエルはいない。
夢幻で蝙蝠型のヒトカゲだけを斬る。パラパラと灰が落ちてくるのだけはどうしようもなく、小刀を回収次第とっとと家の外に撤退する。ただでさえ歩けば埃が舞うというに、嫌なことだった。
馬がいることで外で待機していたエレオノーラが声を掛ける。
「早かったね」
どうだったの、とは聞いてこない。ノエルと同様に普通のヒトカゲであることは分かっていたし、無事でいたノエルたちを見れば何事もなかったと分かる。
ただ一点については代美が伝える。
「珍しいことに、蝙蝠のヒトカゲだったぞ」
「へえ。そこまで動物の形をしているのはいないのにね」
だが、それだけのことだ。異常なことだと騒ぎ立てることにはならない。
それからはヒトカゲを見かけることはなくなった。近くにヒトカゲの気配を感知することもない。班で進むべき道は決められているので、警戒して進むだけとなる。
遠くでは戦闘音が聞こえてくるので羨ましかった。そんなあるとき、悲鳴が聞こえてくる。地面から振動も伝わってきた。
「あっちで何か起きたみたいだね」
「呼子笛が聞こえますね。第三形態……応援要請もです」
呼子笛は連絡用に一つずつ班長が持つことになっている。安茂は鳴らし方によってそれぞれつけられた意味を、聞き分けて知らせる。
ノエルは今すぐ駆けだしたいのを我慢して、「行こう」と誘う。
「なによりも救援されとるからな。危険で罠があるかもしれんけど、行くしかないやろ」
「そうですね。ただ隘路は避けて行きます。影にヒトカゲが潜んでいたときは危険ですから」




